008 ジェノサイドパーティー
翌日の夜、街の中央にそびえ立つビルの上層階に、ロミオの姿があった。
大広間で、貴族たちがスーツに身を包んだ彼を取り囲み、談笑している。
そしてロミオの隣に立つのは――メアリーの罪を暴いた女、ジュリエットだった。
「しかし昨日の今日だというのに、こんなに沢山の人たちが僕らの“婚約パーティー”に参加してくれるだなんて。僕は幸せ者だ」
「ロミオ様の人徳あってのことですわ」
「ふふ、みんなジュリエットの顔を見たがっているんだよ。メアリーのような出来損ないとは違う。才能と野心に溢れた君こそ、僕の妻にふさわしい」
「ロミオ様……」
ジュリエットの顎を持ち上げ、顔を近づけるロミオ。
彼は、メアリーと出会う前からジュリエットと恋人同士だった。
(父上に命じられ、仕方なくメアリーと婚約したが、本当なら僕はジュリエットと結婚するはずだったんだ。だが……なぜだ? 父上は、“格下”の貴族であるジュリエットを妻にすることを、あんなに嫌がっていたというのに。なぜ急に、『三文芝居に付き合えば結婚を許可する』などと言い出したんだ?)
あんなことがあった翌日に、すぐさまこのパーティーは開かれた。
貴族たちは様々な邪推を繰り広げたが、ロミオ自身も父の考えが理解できないのだ。
何を聞かれようとも答えられないのは、決して隠しているからではなかった。
(まあ、僕としてはメアリーが死のうが何だろうが構わない。最初からあの女に興味は無いのだから。父上の考えがわからないことも今に始まったことではない――だったら、余計なことを考えるだけ無駄、か)
今のロミオにできることは、このパーティを楽しむことぐらい。
彼は唇を離すと、ジュリエットの腰に手を回した。
「見てごらんジュリエット、このフロアから見える景色を」
「ええ、見えますわロミオ様。下々の民が、わたくしたちの未来のために身を粉にして働く姿が」
「この建物は、僕の力の象徴だ。父は近々引退し、公爵は僕が引き継ぐことになる。そうなれば、この景色は全て、僕とジュリエットのものさ」
「ふふっ、やはりロミオ様は素敵ですわ。あなたの歩む覇道に、どうか生涯寄り添わせてくださいな」
そう言って、頬にキスをするジュリエット。
囲む貴族たちもにわかに盛り上がる。
それに気分をよくしたロミオは、ジュリエットとともに、さらに窓に近づいた。
ここはロミオがビルを作る際、特に力を入れた部屋で、壁は全てガラス張りになっている。
見栄を張るためだけに、王国の最新鋭技術を使ったというのだから、スラヴァー家の財力は大したものである。
「本当に綺麗な夜景……見ているだけで、この街を全て支配したような気分になれます」
窓に手を当て、しみじみとつぶやくジュリエット。
だが次の瞬間、影が彼女の見る夜景を遮った。
「……え?」
首をかしげるジュリエット。
彼女が状況を把握するより先に、メアリーは手の平を突き破り、骨の刃を伸ばす。
「使用人の分――生首一つ、お返しします」
そしてその刃で、ガラスごとジュリエットの首を切り落とした。
ロミオの目の前で、ゴトリと、婚約者の生首が落下する。
何が起きたかわからないジュリエットは、口を『え』の形に開いたまま絶命する。
パーティー会場は一瞬、静寂に包まれ――
「う……う……うっ、うわぁぁぁぁあああああああっ!」
ロミオの恐怖に震える絶叫で、一気に混乱が広がった。
メアリーは窓ガラスを割り、広間に降り立つ。
その間に、ロミオは部屋の隅っこまで全力で逃げていた。
「メアリーだとぉッ!? どうなっている! け、警備兵ぃッ! あいつを殺せ! 今すぐだッ!」
「は、はいっ!」
突如として現れた、死んだはずのメアリー。
ロミオはまるで何が起きたか理解できなかったが、とにかくあれが“危ないもの”だということだけは理解できた。
部屋の警備をしていた兵士たちは勇敢にもメアリーに立ち向かい、銃口を彼女に向ける。
白い光とともに、無数の魔力弾が放たれた。
バババババッ、とつんざくような発砲音が鳴り響き、人々の叫びすらもかき消す。
流れ弾が窓ガラスを割り、テーブルを砕き、並んだ料理を飛び散らせる。
だが当のメアリーは、その場から動かずに、無防備に弾丸を受け止めた。
煙に包まれ彼女の姿が見えなくなると、銃撃は一旦止まる。
しかし煙が晴れたその場所には、メアリーが傷を受けながらも、平然とした様子で立っていた。
さらに、受けたばかりの銃創は、蠢きながら現在進行系で塞がっていく。
「……傷が、癒えているのか? 何者なんだ、あれは。本当にメアリー・プルシェリマなのかッ!?」
「そうですよ、ロミオ様。恨みを晴らすために、死神の力を借りて、地獄の底から蘇ってきたんです」
「ふざけるな亡霊がっ! お、おいお前達、何をやっているんだ早くあいつを殺せ! 他の貴族どもも、王国の魔術師の端くれなら、僕を守って見せろっ!」
腰を抜かした王子が見せる、あまりに無様でみっともない命令。
だが逆らえる者はいない。
再び兵士の銃が火を吹いて、貴族が放つ様々な属性の魔法がメアリーに叩きつけられた。
その弾幕の中にあっても、彼女は倒れない。
口元に笑みすら浮かべながら、白煙の中で後頭部のあたりに手を伸ばす。
するとズシュッ、と皮膚を貫き、体内から“骨の柄”が突き出した。
メアリーはその痛みにわずかに顔をしかめながら、それを掴み、ズルルルゥッ――と一気に引き抜いた。
しなりながら、曲がりながら引きずり出されたのは、背骨の形状をした、しかしそれよりも遥かに長い、三メートルほどの骨の棒。
彼女が両手でそれを握ると、先端が変形し、歪曲した幅広の刃が現れる。
それは――“鎌”だった。
腰と肩をひねり、弦を限界まで引き絞るように構えるメアリー。
そして、刃は空を薙ぎ払う。
「
ザンッ――と、メアリーがそれを振り切ると同時に、広間に静寂が訪れる。
音のない世界で、彼女に迫る弾丸、魔術、そして立ち込める煙は、まるで空間そのものが裂けたかのように、両断される。
少し遅れて、彼女に銃を向けていた兵士たちの、魔術を放っていた貴族たちの体が、ずるりと横に
無様にへたりこんでいたロミオを除いて、メアリーの視界に入った全ての人間が切断され、傷口から血の噴水を噴き出す。
「う……うわっ、あああぁっ、うわぁぁぁぁあああああああっ!」
失禁しながら叫ぶロミオ。
死体が噴き出す血を浴びながら、彼に近づくメアリー。
赤く染まった鎌を手に、死神は少女の
「ま、待ってくれ! 僕じゃない、僕じゃないんだ!」
「何がですか?」
「殺し屋を雇ったのは、父上だったんだよぉ! 殺すように命令したのも! きっと国王たちと結託したんだ! そうに決まってる! だから僕は悪くない、僕を殺さないでくれぇっ!」
「スラヴァー公爵と、お父様たち……ですか。わかりました、ではそちら
メアリーは鎌を振りかざす。
ロミオは鮮血の刃を見上げ、目を見開きながら小刻みに首を振る。
「僕は見逃してくれるんじゃないのかっ!?」
「誰が言いました、そんなこと」
「や、やめてくれ……頼む、頼む、お願いだ! 命以外なら何でも差し出す。金も、土地も、権力も、望むものをあげよう。何ならもう一度結婚したっていい! そのほうがプルシェリマ家にとっても都合がいいんだろう? だって、僕はスラヴァー家の跡取りなんだ。未来を担う、貴重な、尊い命なんだよぉっ!」
「知ってますよ。ロミオ様の命は、誰よりも大切にすべきものです」
「だったら!」
もちろん、そんな言葉でメアリーが止まるはずもない。
むしろ、相手の命は尊ければ尊いほどよい。
「――だから殺すんです」
これは、復讐なのだから。
「ひっ――」
メアリーが鎌を振り下ろす。
スッ、とロミオの真ん中に線が入り、赤い血がにじむ。
「あ……あ……」
そして体は切り取り線通りに綺麗に分かれ、真っ二つになってべちゃりと倒れた。
メアリーが鎌から手を離すと、それは形を失い、手のひらから彼女の体内に戻っていく。
「復讐が何も生まないなんて嘘ですよね」
胸元が膨らみ、体内から無数の獣の頭部が這い出してくる。
それらは首を伸ばして、散乱した屍肉を食い荒らした。
「だって、こんなに気持ちいいんですから。ふふっ、ふふふふっ、あははははははっ!」
死体を取り込む快感に頬を赤く染めながら、メアリーは高らかに笑う。
その姿を、わずかに開いた入り口の隙間から、カメラのレンズが捉えていた。
◇◇◇
翌日、ロミオ死亡のニュースが国中を駆け巡った。
犯人が王女メアリーだという事実も、大きな注目を浴びた。
彼女は指名手配され、国中から追われる身となった。
もちろん、各新聞の一面はその話題一色。
だが、その場に居合わせた人間が皆殺しにされため、被害者と犯人の名前以外の情報が無く、どこの新聞社も記事の内容に頭を悩ませていた。
しかし、とある一社だけは違っていた。
「大スクープだなお前! 今日の話題、あの記事で持ち切りだぞ!」
「はぁ……まあ」
オフィスにて、編集長に褒められる、メガネをかけた冴えない男。
彼はメアリーが虐殺したあのとき、同じフロアにいたのだった。
元は、ロミオの婚約を記事にするよう、彼自身に呼ばれてパーティーに参加していた記者である。
「たまたま外の空気を吸うために、部屋から出てただけだったんですが」
「それで唯一の生き残りになったんだ、とんだ悪運だな。がははははっ!」
豪快に笑う上司とは裏腹に、男は苦笑いするばかりだ。
彼はふいに視線を落とし、デスクに乗せられた新聞に目を向けた。
そして、暗い声でつぶやく。
「よく笑うよ。本当に、恐ろしかったのに。あれは……あんなものはもう、人間じゃない」
新聞の一面に掲載されたのは、鎌を手に、ロミオと対峙する血まみれのメアリーの写真。
見出しには、大きくこう書かれていた――
『鮮血王女、皆殺す』と。
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