007 デッドエンド

 



「やっぱりそうなんですね。私、今のあなたより強いんですね」




 メアリーはにこりと笑って、穏やかに言い放った。




「つまり――殺される側から、殺す側になった、と」




 立場の逆転を平然と宣言し、マグラートに歩み寄る。




「よかった、それはよかった。だって今の私……どろどろに煮詰まった憎しみで頭の中がいっぱいで、復讐のことしか考えられないんです」




 一歩一歩踏みしめながら、暗い炎を瞳に宿す。




「私からお姉様を奪ったお前をどうやって殺してやろうか。殺してやる、殺してやる、殺してやる。その言葉で頭の中をいっぱいにするとですね、とても馴染む・・・んですよ。体に満ちる力との一体感が出て、気持ちも高揚するんです」




 言葉通り、メアリーの頬は紅潮し、口角は釣り上がり、高ぶる感情が表情に現れる。




「だから殺さないと。そうでなくとも殺さないと。マグラートさん。お前だけは、お前だけは、お前だけは絶対に許さない。お姉様の恨みを、私の恨みを。殺してやる、ここで何があってもどんな手を使ってでも絶対に絶対に殺して殺して殺して殺し尽くしてやるうぅッ!」




 うっとりしたようにも見える目つきで、しかし同時に憎悪も秘めて。


 言ってしまえば情緒不安定に、彼女は背中の拳を振り上げ、頭上よりマグラートを叩き潰す。


 彼は直前で横に飛び、転がりながら受け身をとった。


 ズシンッ、と死骸の鉄槌が大地を叩き、揺らす。




(冗談みてぇな威力だな。あの奈落の底で、アルカナに目覚めやがったのかよ! 欠番・・の中で、この女の能力に該当するアルカナは――おそらく『死神デス』。死体にまつわる能力だったハズだ)




 彼にはアルカナに関する知識があった。


 だからメアリーの力が何なのか、自ら答えを導き出す。




「てめえ、食いやがったな? 崖の下にある死体を、全部ッ!」


「はい、ごちそうさまでした!」




 死体の数だけ魔力が満ちる、それが死を司るアルカナ『死神』。


 食らった死体はその肉体の糧となり、身体能力も、肉体の頑丈さも、比べ物にならないほど向上する。


 拳を振るい、マグラートが避ける。


 隠者を放ち、それを薙ぎ払うついでに殴りつける。


 避けて、逃げて、反撃して、しかしダメージは一切与えられず――メアリーはマグラートを追い詰めていく。


 そしてついに、メアリーが伸ばした長い腕が、彼の肩を掴んだ。




「苦痛、お返ししますね」




 引きちぎられるマグラートの腕。




「が、あぁぁぁああああッ!」




 彼は叫びながら、前のめりに転げる。




「これでおあいこ・・・・です。私のほうは、もう治ってしまいましたけど」




 折られたメアリーの腕は、すっかり繋がっていた。


 一方で腕を失ったマグラートは、血を流しながら地面を這いずり、歯を食いしばる。




「死なねえ……俺は、この美しい世界のために……行く末を見るまで、死ねねえんだよ……!」


「身勝手な使命感ですね。それで死んだ人間は、醜いからと切り捨てられて終わりなんでしょうか。私にはあなたのほうがよほど醜く見えますが」


「我欲を貫いて何が悪いッ! この世界にはまだ、排除すべきゴミがある! 俺に殺されるべき人間が沢山いる! だから隠者ハーミット、頼む、俺を生かしてくれ……!」




 祈るように声を絞り出すマグラート。


 すると彼の姿は、足元からすぅっと消えていった。




「消えた! 隠者の能力って、見えない物体を自由自在に変形させて操ること、ですよね。なのに、こんなこともできるなんて! 自分自身の体を能力で包んだんでしょうか?」




 答えはない。


 仮に答えたとしても、もう彼の言葉はメアリーの耳まで届かないだろう。




「気配もない、音もしない、足跡だって残らない。小賢し……すごい能力です。殺し屋としてはとても便利そうですね!」




 きょろきょろと周囲を見回すメアリー。


 少なくとも、今の彼女はまだ、マグラートがどこに消えたのか感知できていなかった。




「ですが身を隠すのに魔力を割く分、攻撃に回す分は少なくなります。ただでさえ、私の骨を貫けないのに。ねえマグラートさん、聞いてますか? まさか――逃げたりは、していませんよね?」




 ◇◇◇




 マグラートはメアリーに背中を向け、逃走していた。


 大量出血する傷口をもう一方の手で抑えながら、顔を歪め、駆け足で夜の森を進む。


 もちろん流れる血も、隠者の能力で見えなくなっていた。




「はぁ……はぁ……依頼は、失敗だ……クソッ、終わったと思ってケータイ処分しちまったッ! あはははっ、散々だな俺ェッ! ふうぅ……まったくよォ、依頼人に……ボスにどう説明するってんだか……ドゲザパーティーでも開くかねェ」




 土下座で済めばいいのだが。


 アルカナ使いを殺しはしないだろうが、あの暴君どもがどんな処遇を下すか。


 今からマグラートは楽しみで仕方がなかった。


 楽しみだと思っていなければ、やっていられないから。




「ははっ、だが、生きてりゃドーにかなる。命さえあれば楽しめる。今日の敗走だって糧なのサ、生きてさえいれば。そう、生きてればいい。生きてりゃ殺せる。ライフイズハッピー、ライフイズジェノサイドだ! あははははっ!」




 そう思い込むのに成功したなら、これはもはや敗走などではない。


 ウイニングランだ。


 あとは出口に向かって、愉快に笑いながら駆け抜ければいい。




「あははははっ! ははっ、はは、は――」




 だが――メアリーは、いつの間にか彼を追い越して、その真正面に立っていた。


 そして見えないはずのマグラートを、真っ直ぐに見据えて、手のひらをかざす。


 手のひらの皮膚を貫いて、体内から現れたのは――尖った骨の塊。




死者十人分のテン・コープス埋葬砲ベリアルカノン




 ドォンッ、と反動にのけぞりながら、彼女は手のそれを撃ち放つ。


 狙いはマグラート。


 骨塊は彼をめがけて正確に、高速に、真っ直ぐ飛んでいき――その腹を削り、抉り、貫いた。


 自らの腹部にできた大きな穴を、呆然と見下ろすマグラート。




「は……ごぷっ……ぶ、ぐ……っ」




 口から血液が吐き出され、隠者の能力も解除される。


 メアリーは彼に歩み寄りながら、冷たい言葉を吐き捨てた。




「逃げられませんよ。お姉様を殺したあなたには、苦痛の中で自らの行いを嘆きながら死ぬ以外の選択肢は必要ないのですから」


「ど……して……っ、俺の……いば、しょ……を……はー、みっと……は、完全、な……」


「お姉様を殺したのはあなた。そして死神の谷にお姉様の死体を運んだのもあなたです。だから、あなたの服にはお姉様の毛髪が付着していた」




 それはせいぜい一本か二本程度。


 だがそれだけでも十分だ。




「そして今、お姉様は私の中にいて、私と一つになっています。繋がっているんですよ」


「そんな、方法、で……ぐ、ぷっ……ちく、しょう……せっかく、アルカナ使いに……なれた、の……に……こんな……ば、しょ……で……」




 まるでまともな人生を送ってきた人間のように、後悔を口にするマグラート。


 メアリーは、心底冷めていた。




「お前のような外道に、お涙頂戴で死なれるのは不愉快です。とっとと死んでください」




 だから、断末魔すら許さずにぶちゅっ、と両手で頭を潰した。


 それで終わり。


 マグラートの体は穢らわしい血を流しながら地面に投げ捨てられ、メアリーの胸部から顔を出した獣どもが、その死体を食い荒らす。


 フランシスを殺した恨みを完全に晴らせたかと言われると、答えはノーだ。




(こんなクズの命だけで、私が失ったものと等価値になるはずがない)




 それでも、殺さないよりは、ずっと気持ちは楽になった。


 それに、まだ殺すべき相手はいるから。


 父も、母も、兄も、スラヴァー家の人間も、自分と姉の命を奪った彼らには全て平等に罪がある。




「さて、それでは次の復讐に向かいましょうか」




 食事を終え、スカートを揺らしながら、意気揚々と出口を目指すメアリー。


 背中から生えていた腕は消え、ドレスの破れた部分も修復される。


 なぜならそのゴシックドレスは、『死神』の能力によって作られたものだからだ。




「ロミオ様、私が戻ってきたらどんな顔をするんでしょう」




 情けない表情で驚いてくれるだろうか。


 その顔を想像するだけで、メアリーの頬は緩んだ。



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