第40話

        ◇


「はっ!」

 意識が覚める。長い間眠っていた気がする。

 オレ、何をしたっけ。ええと、そうだ。確か勇者像が砕けて……


「あら、テイルさん、ようやくのお目覚めですわね」

 ユイミの声だ。そっちに顔を向け……っていってぇ! 皮膚が引っ張られる!

「あまり動かない方が良いですわよ。顔や首など、肌が露出している部分の大半がやすりで削られたような状態になっていましたので」

 うげ、想像するだけでグロい。

「治癒魔法はかけてありますが、やはりまだ治っておりませんか」

 ユイミには珍しく心底疲れたようなため息をつく。

「テイル、おはよ」

 シイナの声だ。今度はゆっくりと振り返る。シイナの姿をみて目を見張った。

 全身が包帯だらけなのだ。片目は完全に見えないし、他に肌の見える部分なんて唇と指先くらいなものだ。

 見ていて辛いのが、髪だ。元は肩下くらいまであったはずの綺麗な銀色の髪が不ぞろいにいたるところで切れていて、肩に全くかかっていない。

 上半身こそ起こしているものの、とても痛々しい。

「シイナ、その……」

「ん。大丈夫だよ。ユイミが連れてきてくれたシスターさんに治してもらったから。跡も多分のこらないだろうって」

 シイナの笑顔にいつもの柔らかさがない。髪の状態も知っているんだろう。シイナは昔から髪を大事にしていた。

 見ていて辛い。


 そこで気づいた。

「ハーヴェイ! ハーヴェイはどうした!?」

「ハー様はテイルさんから見てシイナさんの奥にいらっしゃいますよ。外傷は全くありません。……ただ、まだ目を覚ましてはおりませんが」

 まだ? そういえば、さっきも『ようやくのお目覚め』、『まだ治っていない』って言っていた。

「……ユイミ、オレは何日寝ていたんだ? シイナはいつ頃起きたんだ? ……ハーヴェイは、どれだけ寝ているんだ?」

「シイナさんはあの事件の夜には目を覚ましておりました。今は、あの事件から4日目の昼すぎになります」

「4日……」

 そんな長い間寝ていたのか。

 それだけ時間が経っても、ハーヴェイは目を覚ましてないのか……。


「それと、わかりやすい報告がもう1件。窓の外をご覧ください。……みれますかね?」

 多分それくらいならなんとか。ゆっくりと首を動かす。

 そこには、ひたすらに人を不安にさせるような、深く赤い空があった。

「事件のすぐ後にこのような現象が確認されました。空だけでなく海、草木、太陽の色まで変わっております」

 まじかよ……。言葉が出ない。


「……と、申し訳ありません。仕事の時間ですわね。隣にいますので、何かあれば声をかけて頂ければ。失礼しますわ」

 そういってユイミはそそくさと部屋を出て行ってしまった。ん? 隣?

「ユイミ、今すごく忙しいみたい。魔王が復活しちゃったんだから当たり前だよね。ここはユイミのところの本社だって。できるだけ一緒にいたいからって、無理して部屋をつくってくれたの。今まで、休憩の時はこっちにきてずっと話相手になってくれてたんだよ」

 そうだったのか。ユイミには感謝しないといけない。


「……ハーヴェイ。早く目覚めるといいな」

「ん、そうだね。早くユイミを安心させてあげて欲しいな」

「ああ。オレ達も早く傷を治して、ユイミの負担を少しでも軽くしてやろう」

「ん。せめて自分の事は自分でできるようにならないとね」




 そうして、さらに3日後。魔王復活から1週間が経った。

 ハーヴェイはまだ目覚めない。

 オレとシイナはほぼ回復して、今はハーヴェイと共に元の宿に戻っている。また3人部屋に戻すのは面倒だったので別の部屋ではあるが。

 シイナは髪の毛を整えた。今はベリーショートになっている。

 シイナに『また伸ばすから』と言われて、小さい頃にオレが『髪の毛は長い方が好きだ』と言ったのを思い出した。


 ユイミは寝る暇もないほど忙しいのか、だんだん目のクマが酷くなってきている。宿には一度も戻ってきていない。

 ユイミの気分転換になればと、昨日から昼はシイナが、夜はオレがユイミのところに行って、食事を共にしている。


 多分、オレ達が知らないだけで世界で色々な変化が起きているんだろう。

 初めて会った日にユイミは自分のことを『結構気楽な身』と言っていた。

 そのユイミが目にクマを作らなければならないほど世界が目まぐるしく動いている。

 ユイミがオレ達に何も言わないのは、情報の更新が早すぎて話したところでそれが一瞬で意味のないものになってしまうからだろう。

 何もできないのが歯がゆい。


 ……いや、落ち着こう。何もできてないわけじゃない。

 身体を休める。ハーヴェイの様子を見る。立派にやるべきことだ。

 それをオレ達が自分でできるようになったからユイミの負担が減ったんだ。自分を卑下するのは今じゃない。

 それでも心の中の暗雲は晴れない。なにか重石が乗っているかのように毎日が息苦しい。

 ハーヴェイ、早く起きてくれ。起きて、いつものようになんでもないようなふてぶてしい顔を見せてくれ。

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