第39話

        ◇


「……ふむ。やりすぎたか。やはり人間は脆い。」

 我を拘束しようと不敬にも首に槍をかけてきた人間も、左右の縁側にいた人間も吹き飛んだ。

 折角甦ったというのに、それを伝える者を失ってしまうとは。

 ……いや。


 眼前に飛んでくる4本の弓を魔法で蒸発させる。

「残ったものがいたか」

 1人は剣を地面に突き刺し微動だにしない男。

 1人は弓をこちらに撃ち、きびずを返し逃げる子供。

 そしてもう1人の少女が我目掛けて突き進んでくる。

「ほう、面白い。少しは楽しめそうだ」

 我は挑んでくる少女に礼を失することが無いよう、構える。


        ◇


 ……助かった。が、これからどうなる……?

 僕の心臓は恐怖と命の危険で縮こまっている。

 あの、魔王と名乗った男が黒い球体を地面に落とした時、テイルが反応してくれた。

 地面に剣を突き刺し、全身から赤い気流を迸らせて黒い衝撃波を防いでくれたのだ。

 テイルは冷静だった。

 僕たち3人があっけに囚われていることに気づくや否や、「作戦を!」と叫んだのだ。

 そして、ユイミは弓で牽制した後に街に戻り、住民を逃がす役割を。

 シイナは僕に〈陽炎の揺らぎミラージュ〉をかけ、男の気を引く囮役を。

 僕は〈陽炎の揺らぎミラージュ〉で透明になったことを利用して男の横を突っ切り王城に入り、王に魔王復活の旨を伝える役割を担った。


 そしてシイナと共に走り出す。

 シイナが目つぶし液を投げるが、男はそれを手も触れずにいとも簡単に蒸発させてしまう。

 しかし、隙をみて投げていた煙幕が男の足元で破裂し、男の視界を覆う。

 シイナはこの後状況に応じて動くことになる。

 男が煙幕から抜けてくるようならシイナは危険だが僕は役割を果たせるだろう。

 王に危険を伝えて、今可能な限りの増援が見込めるはずだ。

 しかしそうならなかった場合どうなるか。

 あいつは自分を魔王と名乗った。そんな男が透明化と煙幕だけで横を突っ切らせてくれるかどうか……。


 ……くそ。案の定、というべきか。

「ふむ、我を無視して先に進む愚か者がいるとは。この先になにがあるかは知らぬが、不敬極まりないな?」

 煙幕の中なので足元が見えないが、何らかの手段で足を地面に縛り付けられてしまった。

 こうなったら、

「シイナ! 先に進め!!」

 僕はそう叫び、剣を抜いて男の首を狙う。……が、黒い朧のようなマントが動き剣を弾く。

 そして男はシイナがいるであろう方向に3本の竜巻を召喚した。

 あれは……〈蹴散らす暴風サイクロン〉か? 上級魔法を同時に3つも……?

「さて、これで女は身動きがとれなかろう。貴様らの作戦がどういったものかは知らぬが、これで目途は潰れたか?」

「く、くそ……!」

 ダメ元で剣を振り回すが、先ほどのようにマントに阻まれる。

「後は貴様の処理よの。いかな作戦といえ、我に不敬を働いたことに代わりはない。ここで死ぬか?」

 そういって、男は……魔王はその手で僕の顔を掴んだ。骨が軋む。ここで死ぬ……?


「……ほう? 貴様、そういうことか。これは面白い。ここで殺すのはつまらぬな。後の興が冷める。しかし、罰は必要よな。ならば……、ふむ、こうするか。貴様なら耐えるだろうよ」

 なんだ? 何を言っている? 僕を殺さないだって? 僕は魔王にとって何か意味のある存在なのか?

 そこまでしか考えられなかった。

「う、うああああああああああああああああ!? ――!!――――!?――!――!!!!」

 魔王の手から、なにかか僕の中に入ってくる。目を、頭を蹂躙する。

 痛い苦し気持ち悪痛痛い痛い苦し痛痛い痛……!!!!!!!! 


        ◇


「みなさん! 逃げてください! 魔王がよみがえりましたわよ! 逃げてください!!」

 わたくしは街のメインストリートで叫び続けます。

 露店街の人々はあの衝撃波をみたのか直ぐに危険だと判断なさって逃げてくださいましたが、ここまではその衝撃が伝わっていないようです。

 多くの人がわたくしのことをうろんな瞳で見るだけで、逃げようとはしてくれません。

 そんな彼らにわたくしはクロスボウを向け、何本かの矢を放ちます。

 もちろん当てはしませんが、事故で当たったとしても仕方ありません。ここで悪逆の汚名を被ろうと、今は人々を逃がすのが先決ですわ。

 あとでイグドラシル商会から謝罪を出すか、最悪わたくしを切ってもらえばよいだけの事。

 イグドラシル本社まであと少し。そこで人員を動かせれば楽になるはず……。

 そんな時、人の声が届くはずのない距離が離れているというのに、ハー様の余りに悲痛な叫びが街に木霊しました。


 早く駆け付けたい衝動を堪え、本社に指示を出したのちに王城前広場に帰ると、そこには凄惨な状況が広がっておりました。

 身体の前面に傷を負ったのか、剣を地面に突き刺したまま微動だにしないテイルさん。

 風魔法の餌食になったと思われる、全身なます斬りに遭い血に沈むシイナさん。

 そして魔王の姿は既に無く。

 そこにいた最後の1人は、あまりにも大きな悲鳴を上げて意識を失ったハー様でした。


        ◇


 ……さて、

 甦り、空を飛び、海を眺め、大地を踏みしめた。太陽が我を照らす。

 我が封印されてから幾年の時が流れたのか知らぬが。

「ふむ。これが人間の作った世界というものか。面白い。実に面白い。この先を見てみたくもなるが……」

 そこで一度言の葉を切る。古の因縁を思い返す。

「盟約は盟約よな。当然、我も好きにさせてもらおう」

 そして力を行使する。黒い光を天に放つ。


 そして

 青い空と青い海が、緑に染まった大地が、そして何より、白く輝く太陽が、変わる。

 赤く凪ぐ空、赤く蠢く海、紫に侵された大地、黒い光を放つ太陽が、世界の全てを覆った。



 ――――そして、数日が経った。

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