第20話

 イグドラシル商会。

 その名前を知らない人は多分この世界に1人もいない、そのくらい有名な大商会だ。

 『過去に天高くそびえたと言われる大樹の如く、揺り籠の中から棺に入るまで貴方の全てをサポートします』という謳い文句を示すかのように、あらゆる歳の衣服、食料、薬品に始まり、各種職業が使う必須道具、家庭用品の全てを世界規模で販売している。

 店舗のない場所には移動商隊が定期的に来てくれる徹底ぶりだ。

 その充実度は『今から死ぬまで絶対にイグドラシル商会のもの以外買ってはダメ』という謎制限を受けたとしてもほぼなんの支障もきたさないレベルらしい。

 実際オレが生まれた時に使われた揺り籠はイグドラシル商会製だし、剣と背負い袋もそうだ。背負い袋の中身を出しても恐らく半分以上がイグドラシル商会のものだろう。


 そんなイグドラシル商会の社員が目の前の女の子? いや、その前に商会ってことはあの高額簡単依頼の元凶!?

 いやでもハーヴェイは味方だっていってたし、いったいどういう事???


「ハ、ハーヴェイ、これってどういう……?」混乱しててうまく舌が回らない。

「どうもこうも、そのまんまだ。彼女は冒険者で、それと同時にイグドラシル商会の人間ってことだ。尤も、僕はまだウラがあると思ってるが、んー、そうだな」

 ハーヴェイは少し考えて、オレにもわかりやすいように解説してくれる。


「彼女は、イグドラシル商会は間違いなく他の商会とは違う目的を持って動いている。安い討伐依頼を取っていたのは村や街という、商会の要になる生産者と消費者を同時に守るためだ。お金儲けという意味もそこに繋がるな。村や街が無くなれば商品は売れなくなる。商売あがったりだ。遺跡に関する質問は『彼女の裏に遺跡に詳しい人間や解析班のような役割を持つ人間はいるのか』って意味だ。さらにいうと、彼女は僕たちがこうなることを出会ったときから予見していた。これはこのカフェに入ってすぐの会話で言質がとれてるな。だから、イグドラシル商会直営のこのカフェで、先に人払いを済ませて待っていたのさ」


 わ、わかったような、わからないような……? シイナの方を見ると、こともなげにお茶をすすっている。

「シイナはわかってたのか?」

「んー、最初のうちはよくわからなかったけど、ハーヴェイが『敵視するな』っていったから、大体察した。私達を活用してくれる方の、商会の人だって」

「あら、わたくしどものことを高く評価して下さっているようでなによりです♡ 南西の村の方々は実力、正義感、将来性どれをとっても申し分ありません。他の商会が目をつけてないうちに恩を売っておいて損はないと思っております」

 ここからはわたくしが説明いたしましょう、とユイミがハーヴェイの後を引き継ぐ。

「今の他の商会のやり方、冒険者の動き方が長く続けば、この国は破滅を余儀なくされるでしょう。潰れた街村、戦い方を忘れた冒険者、増える害獣。元はといえば我々商会が力をつけすぎたのが発端ですが、このままでは国の繁栄は望めません。ゆえに、政府はわたくしどもにこう持ち掛けてきたのですよ。『他の商会の力を削いで、国力を維持、可能なら増進してほしい。成功の暁には国家全体を以てわたくしどもを支援する』と。そして、わたくしどもはこれを受諾いたしました。今はその事業実現のための下準備を急ピッチで進めているところですわ」


 は、話がデカすぎる……。これ、遺跡に行く話をしにきたのと全然違うじゃないか……。

「ハ、ハーヴェイ、お前、こんなに大きな話になるってわかってたのか?」情けないが、どうやっても声が震える。

「いや、さすがにここまでは予想してないぞ。大当たり枠、そうだな、1割か2割くらいでこうなるかも、とは踏んでいたが」こともなげにハーヴェイが告げる。

「で、ここまでの情報を持っていて、それを商会の同意も必要とせずに話し、冒険者をスカウトする権限を持っている一般社員はなかなかいないな」

 ハーヴェイの瞳がユイミを捉える。

「もちろんお教えしますとも。ここまで来たら一連托生。共に地獄に堕ちてもらいましょう。わたくしの本当の名前はユイミ・イグドラシル。我が身可愛さに同業者を裏切り政府の側についたコウモリ、イグドラシル商会直系の三女になります」


 お嬢様じゃん!!!!!

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