第13話
何度か剣を振っていると、足音が聞こえてきた。
剣の振りを緩めると、シイナが近づいてくることに気づいた。
「シイナ、起きたのか。傷の具合はどうだ?あ、オレの傷の方はバッチリだ。ありがとな」
ひとまず汗を拭いて言葉をかける。
「ん。大丈夫みたい。もう痛くないよ」
どういう理由かわからないが、治癒の奇跡は本人には効きが悪い。
傷の痛みを過度に意識してしまうからだ、とか言われているが、使えないオレにとってはよくわからない。
だが、もう何ともないようでよかった。
「剣の練習、続けていいよ。見ていたいから」
そういって、シイナは近くの長椅子に腰掛ける。
「そうか。分かった」
そういって剣を再開するが、見られていると思うと少し落ち着かない。しかしシイナを追い返したくもない。
しばらく、オレが剣を振る音だけが響く。
「ねぇ、テイル」
「なんだ?」剣を振る手を休めずに返事を返す。
「昨日はありがとう。テイル、かっこよかったよ」
「ありがとな。ってもそのかっこいいとこ、オレ全然覚えてないんだよな。だからこうして練習してっけど」
「ん。テイル、いつも練習してるよね。村の隅っこで剣ふってたの知ってるよ」
見てたのか。自主練がバレててこっぱずかしい。
でも意識は剣に。振りが甘くならないように細心の注意を払う。
「ねぇ、テイル」
「なんだ?」よし、剣に意識が戻ってきた。
「好き」
「俺も好きだぞ。ずっと妹みたいに思ってる」ん?今シイナなんてった?
「そうじゃなくて、異性として、好き」
剣がすっぽぬけた。
ほとんど何も考えられずにシイナの方を見る。
木剣でよかったなー、とか、人いなくてよかったなーとか頭の中でどうでもいいことのように小さく思う。
「あの時、テイルが殴られて倒れた時、怖かった。死んじゃうんじゃないかって。すごく、すごく怖かった」
シイナは自分の膝に顔をうずめて、泣きそうな声で言葉を続ける。
「村を一緒に出発した時、うれしかった。またテイルと一緒にいられると思った。サンドイッチ、すごくがんばったんだよ?」
シイナの言ってることがほとんど頭に入ってこない。そうか、サンドイッチ俺のためだったのか。
「ずっと言えないかな、って思ってた。私、怖がりだから。今の関係、壊れちゃうのが怖かったから」
「でも、みんな死にそうになって、これからこういう事、何度もあるかもしれないって思ったら、言わない方がずっとずっと怖くなったの」
「だから、私は、テイルの事が好き。」
いつのまにか、シイナは目の前に来ていた。
「テイルは、私の事、好き?」
その問いに答えを返すのは、現実に換算して1秒の時間が必要だった。
「す、好きだと思うけど……。ごめん、よくわからない。お前のこと、妹みたいに思ってたし。こ、これからちゃんと異性と好きになれるよう……がんばる、から、ダ、ダメか?」
「ん。いいよ。テイル、大好き。」
シイナが抱き着いてくる。どうしたらいいのかわからない。手を回した方がいいのか? え、でもズルくねぇ?
でも彼氏彼女になったんだし……なったのか? オレの回答ダメじゃね? 0点? 100点? どっち?
そうやってなにも出来ずにいると、シイナの方から離れて、走って宿の方に行ってしまう。
最後に振り返って恥ずかしそうに手を振ってくれたのを見て、オレはそのまま地面に倒れるのだった。
◇
シイナとテイルは、うまくいったみたいだな。
長年の重石が取れたような感覚だ。僕は宿の窓から離れて、再びベットに横たわる。
打撲の痛みはもうほとんどないが、矢の傷はまだじくじくと痛む。明日には消えているといいが。
町長さんは、傷が癒えるまで好きなだけ宿を使ってくれ、と言っていたらしいからお金の心配だけはしないでいい。
だが僕のせいで2人の冒険者登録が遅れるのはあまり気分が良くないし、僕だって早く正式な冒険者になりたい。
しかし、改めて思い出す。
テイルのアレはいったいなんだったんだ?
シイナは見ていなかったようだが、あの時テイルは剣を両手で扱っていた。
師匠から習った技で、剣を両手で扱うものは一つも無い。そもそも、あんな構えも存在しない。
なのにテイルは、まるでその構えを知っていたかのようにごく自然に、当たり前に使った。
それともう1つ。僕から剣を取り上げる時、テイルと目が合った。
テイルの右目、あんなに赤かったか?
なにか、瞳の奥で炎が揺れているような……。
僕は、そのことを言えなかった。だから、テイルはさっきも片手で剣を練習していた。
強くなってほしくないわけじゃない。テイルにとって攻撃が当たらないのはコンプレックスだった。
両手に握りが変わるだけで当てられるようになるなら、その方がずっといい。
だけど、僕は……一言でいえば、怖かった。あの剣に、うすら寒いものを感じた。
あの技は、あの握りは、あの構えはどこから来たものなのだろう。
あの、炎が揺れるような赤い瞳は、なんだったのだろう。
調べなくてはいけない。
テイルに、本当のことを伝えるために。
僕の不安が、ただの杞憂だと証明するために。
―― 第1章 完 ――
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