第43話 半血の願い


 俺が必死に泣きついたおかげで、イビキを掻きながら寝ていたシズクちゃんの瞼がゆっくりと開いた。


「ムゥゥ……なんじゃ騒がしいのう!!」

「シズクちゃん!どうしよう俺、吸血鬼に噛まれちゃったんだ!俺も吸血鬼になっちゃうのか!?」

「はぁぁ?お主、何を訳の分からないことを言っておるんじゃ!」


 シズクちゃんは訳が分からないと言った様子で体を起こす。そのまま部屋の中を見回し、ハイネさんの姿を見つけた。そして彼女の姿と俺の態度を見て納得がいったようで、静かに立ち上がる。


「なるほどのう。小娘が吸血鬼の血を引くものだったという訳か。しかもどうやら……半血みたいじゃな」

「ッツ!黙りなさい!私は高潔なデリエルの血を継ぐ者!!幾ら神と言えど、半端者呼ばわりは許しません!」

「別に蔑んでいる訳ではないぞ?半血であろうと、吸血鬼じゃからな!随分久しぶりに見たものじゃから、驚いてるだけじゃ!」


 シズクちゃんの言葉に怒るハイネさんをよそに、珍しい存在を目にして嬉しそうにはしゃぐシズクちゃん。俺の事など忘れて盛り上がる二人に、俺は泣きながら訴えかける。


「なあなあ!!そんな事より俺は吸血鬼になるのか!?背中から翼が生えちゃったり、蝙蝠になっちゃうのか?お日様の元を歩けなくなったらどうしてくれるんだぁ!!」

「うるさいのう!我等神が吸血鬼になるわけなかろう!そもそも、小娘の牙如きではお主の体を傷つけることすら出来ぬわ!」

「そうなのか!?あーーーーよかったぁぁぁ!!」


 シズクちゃんが面倒くさそうに俺の首筋を確認した後、パシンと手の平で叩いて見せる。自分の手でも傷が無いことを確認した俺は、やっと安心することが出来た。これでようやく、この襲撃事件に目を向けることが出来る


 俺は両目から垂れ流している涙と鼻水を拭い、ハイネさんを睨みつけた。


「ハイネさん!どうしてこんなことしたんだ!本気で俺を吸血鬼にするつもりだったのか!?」

「そんなことしませんよ。私はただ……」


 俺の問いかけに対し、悔しそうに唇を噛み締めて顔を背けるハイネさん。そんな彼女を見てシズクちゃんは吐き捨てるように告げた。


「神の血を吸って、純血になろうとしたわけか」

「ッツ……!!」


 図星だったのか、ハイネさんの表情が一変する。その表情だけでも、純血と判決に大きな差があることは察することが出来た。だが、こんなことをしてまで純血にならなくてはならないのだろうか?今のままでも暮らせているというのに。


「どうして純血になりたいんだ?今のままでも普通に暮らせているじゃないか」

「どうしてですって?……良いですねぇ貴方は!どうせ何の苦労もせずに神として自由気ままに生きてきたのでしょう!?そんな貴方に、私の何が分かるというんですか!!」


 憎悪と怒りが篭った瞳で俺を睨みつけるハイネさん。今にも俺に殴りかかろうとするハイネさんをシズクちゃんが制し、変わりに彼女が怒った理由を話してくれた。


「吸血鬼はとてつもなくプライドが高い種族でな。自分達の血に誇りを持っておる。じゃからこそ、半血は半端者と呼ばれ、嫌われておるのじゃ」

「なんだそれ。純血と半血で何か能力に差があるとか、そういうことじゃないのか?」

「そんなものありはせん。吸血鬼にとって『血』こそが全て。それほどまでに神聖なのじゃ」


 まるで大昔の悪しき風習とでも言わんばかりの無いように、開いた口が塞がらない。純血と半血に明確な差があるわけでは無いのに、そこで差別をするなんて思春期の子供でしかやらないレベルの虐めだ。


 俺が困惑している間に、シズクちゃんが再びハイネさんへと話しかけた。


「理解出来んのう。吸血鬼であることを隠して、人間として生きてきたのじゃろ?どうして純血になりたいのじゃ?純血になれば、人間と偽ることは出来なくなるのじゃぞ?」

「ふっ……それが何だというのです!!純血になれるのであれば、こんな生活直ぐにでもやめて、一族の元へと向かいます!」



 拳を握りしめ力強く語るハイネさん。俺達と出会ってから、これまでに話してきた内容全てが嘘であったのだ。しかし、どうしても俺の胸に引っかかるものがある。


何度も口にしてきた、母のためにという言葉。どうしてもあの言葉だけは、彼女の本心としか思えなかった。


「お母さんの愛したこの地を守るっていう話……あれは嘘だったのか?」

「……嘘ではありませんよ。ただ、今の私にはやるべきことが有る。それだけです」


 そう語る彼女の瞳が一瞬揺らいだのを俺は見逃さなかった。


「話はこれで終わりです。さぁナオキ様、私に貴方の血をくださいませんか?私の牙では傷がつかなそうですので、このナイフで指先を少し切っていただけます?」


 どこから取り出したのか、小さなナイフを俺のベッドへと投げ捨てる。俺はそのナイフを拾い上げて、そのままシズクちゃんに手渡した。シズクちゃんは何も言わずに神の引き出しへとそれをしまう。


「普通に痛そうだから嫌だよ。それに、ハイネさんが新領主で居てくれた方が俺にとっても都合が良いだろうしさ」

「そうじゃそうじゃ!頼まれてほいほいくれてやるほど、神の血は安くないのじゃ!!」


 彼女が抱えている全てを知ることは出来ない。けれど、お母さんの事を大切にしている事だけは俺にも分かった。どうにか話し合って、ハイネさんにも納得してもらわないと。


 俺達の態度を見たハイネさんは、残念そうに息を吐いた。諦めてくれたのかと思った次の瞬間、彼女はピンクの上着に手をかけ、それを脱ぎ捨てた。


「そうですの?血を下さるのであれば、かわりに私の純潔を貴方に差し上げますのに……」


 ハイネさんの金の瞳がキラリと光る。俺の両目は既に彼女の慎ましい胸に釘付けだった。


「へぇあ?ああぁっと……ちょっとくらいならあげてもいいかな?」

「おおい!お主何を『魅了』されとるんじゃ!ワシの身体をみるがよい!!」


 そう言って俺の顔を無理やり自分の方へ向けるシズクちゃん。彼女の体型に興奮するわけにもいかず、俺の両目はゆっくりと窓の方へと移動していく。外からこぼれる月の光に、俺の心は洗われていった。


「どうじゃ!ワシの身体も随分魅力的じゃろ!!なんせ、立派なお姉さんじゃからな!」

「あ、うん。ごめんもう大丈夫」


 シズクちゃんの両手を離し、縮こまった愚息と共に俺はベッドへ寝転んで目を瞑った。

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