第44話 光る指輪

 翌日、俺達とハイネさんは馬車に揺られて次の村へと向かっていた。俺の隣で嬉しそうに酒を飲むシズクちゃん。その前には仏頂面で俺のことをジーっと見続けているハイネさんが座っている。


 結果から言うと、俺はハイネさんに血をあげなかった。別にナイフで指を傷つけるのが怖かったとかそういうのではない。彼女が純血になりたい本当の理由を教えてくれるまで、一旦保留という形にしてあるだけ。勿論このことは彼女には伝えていない。


 土地神として見守ると決めた以上、干渉しすぎるのは良くない。彼女が純血の吸血鬼になる事で、トルネア領の発展に繋がるのであれば心置きなく血をあげられたのだが。そうでない以上、慎重に考えざるを得なかった。


「えーっとハイネさん。次に行く村はどんなところなんだ?」

「……別に普通の村ですよ。何の変哲もない、普通の村です」


 ブスっとした態度で俺に返事をするハイネさん。どの後もなんとか会話を続けようと模索するも、二言で会話を終了させられてしまう。馬車の中はどんどん気まずい空気で満たされていった。


 話す内容が無くなってしまった俺は、何とかハイネさんの興味を引こうと彼女の事について話題を振ることにした。


「あのさ。半血ってことは両親のどっちかは吸血鬼なんだよね?やっぱりお母さんが純血の吸血鬼だったの?」


 俺の質問にハイネさんの眉がピクリと動く。ようやく会話をする気になったのか、彼女は俺の眼を見て静かに話し始めた。


「そうです。母は吸血鬼でありながら、古い考えに異を唱えた唯一の存在でした。その結果人間である父と結婚し、私が生まれたのです」

「へぇー。でもさ、こんなこと言っちゃあれだけど……お母さん、よくお父さんと結婚したね」


 俺の言葉にハイネさんはクスリと笑みをこぼす。彼女も同じ思いをしていたのか、窓の外を眺めながら、過去を思い出すように語り始めた。


「あれでも母には優しかったんですよ。母も父の容姿を好いていました。何より父が領主であることで、半血である私を守ることも出来ましたから」

「守る?もしかして、純血の吸血鬼に襲われたりしたのか?」

「幼い頃に何度か襲われました。その結果、父は私を外に出さないように部屋に閉じ込めたんです」

「そうだったのか……純血の吸血鬼は結構過激派なんだな」


 想定はしてはいたものの、予想よりも遥かに重い話に思わず身が固まってしまう。それでも、あのバッカスが娘の身を案じて部屋に閉じ込めるとは。行き過ぎてはいるが、父としての務めを果たしている事に驚きを隠せなかった。


 そんな過去の話に華を咲かせているハイネさんの顔が次第に暗くなっていく。そして、時は彼女が10歳になった月まで進んだ。


「母は私の存在を受け入れてもらうために、一族の元へと話に向かったそうです。部屋に閉じ込められている私を見て、可哀想だと思ったのでしょう」

「まぁそうだよな。吸血鬼が襲ってこなければ、ハイネさんも自由に家の外に出られるだろうし。お母さんが直接説得しに行ったお陰で、今外に出れてるんだな」


 『家族の絆』をしみじみ感じるとても良い話だった。娘を思う母の行動が、彼女に自由を与えてくれたのだろう。だからこそ、ハイネさんも母のように純血の吸血鬼になりたいと願ったのかもしれない。


 そんな俺の考えに反するように、ハイネさんは怒りの籠った声で呟いた。


「違いますよ」

「へ?じゃあどうして外に出てるんだ?滅茶苦茶危ないじゃないか!」


 俺は咄嗟に馬車の外に顔を向ける。それを見たハイネさんは落ち着いた様子で首を横に振ってみせた。


「母は殺されました。半血の汚れた吸血鬼をこの世に産み落としたとして、八つ裂きにして殺されたそうです。その母の命をもって、私はこの世で生きて行くことを許されたのです」

「え……嘘だろ?」


 意味が分からないと呆然とする俺に、彼女は左手に着けていた指輪を見せてくれた。指輪には美しい赤と黄色の宝石が散りばめられている。その指輪を摩りながら、ハイネさんは静かに語っていく。


「10歳の誕生日の日、帰って来ない母の代わりにこの指輪が届きました。届けに来たのは純血の吸血鬼。その男が私を見てこう言ったんです。『母の形見を受け取るがいい』と」


 指輪の上に涙が一滴、ポトリと零れ落ちた。それからとめどなく彼女の両目から涙が零れていく。いつの間にか薄目を開いて話を聞いていたシズクちゃんも、彼女に同情して悲しげな眼を向けていた。


「私の願いはただ一つ……純血の吸血鬼となり、愚かな吸血鬼どもを根絶やしにする事!!高潔な母の血を継ぐ真の吸血鬼として、私がデリエルの名を継ぐのです!!」


そんなことしても、お母さんは喜ばないだろ。そう言いたい気持ちをグッと堪えて口をふさぐ。ここでそんなセリフを言えば、『貴方に何が分かるの!』と言われておしまいだ。反論することも出来ずに、彼女の考えも変えられなくなってしまう。


とはいえこのままでは、ハイネさんの復讐心を消すことは出来ない。一体どうすればハイネさんのお母さんがそんな事を望んでいないと伝えられるだろう。


「……じゃあまず初めに、ハイネ・デリエル・トーレって名乗ることから始めてみたら?それだけでも一族の名を継ぐことは出来るだろう?」

「何を馬鹿な事言っているんですか。そんなことをしても母の命を奪った吸血鬼共はこの先も生きて行くのですよ?それを許せと仰るのですか?」


 真っ直ぐに俺を見つめて訴えかけてくるハイネさん。この様子では何を言っても聞く耳を持たないだろう。


「それに、私の願いは愚かな吸血鬼共を根絶やしにすることだと言ったはずです。その後に母の名を継ぐんですよ。そこら辺ちゃんと分かってますか?」

「ああ、うん。ごめん」


 年下にマジ説教を食らわされて、若干へこんでしまう。そのまま視線を下に映すと、ハイネさんが左手に嵌めていた指輪がキラリと光った。母の形見だというその指輪が、俺にその存在を強く訴え掛けてくる。


 彼女の母親は死んだのだと、そう認識せざるを得ないような感覚。それはまるで、ハイネさんに『魅了』をかけられているかのような感覚だった。ハッとした俺は、俺は咄嗟に両頬を力強く叩く。その瞬間、その感覚は急激に薄れていきいつもの冷静さを取り戻していった。


 俺は指輪を視界に入れないように気を付けつつ、ある疑念をハイネさんへとぶつける。


「凄い失礼な話題になるんだけどさ……ハイネさんのお母さんて本当に死んじゃったの?」

「ッツ、何を言ってるんですか!!私は自分の手で、母の形見であるこの指輪を受け取ったんですよ!なんでそんな酷い事言えるんですか!!」


 案の定怒り狂って声を荒げるハイネさん。そして自分の言葉を言い聞かせるように指輪を見つめて見せる。俺はその指輪を自分の手で覆い隠し、彼女の顔を自分の方へ向けさせた。


「そうだけどさ、別に遺体を見たわけじゃないだろ!?ただ指輪を見ただけじゃないか!」

「そ、それはそうですけど……」


 指輪から視線を移した事で少し冷静さを取り戻したのか、疑念を持ち始めるハイネさん。俺は追撃とばかりに彼女の指輪をさっと外して取り、会話を続けた。


「お母さんが生きているかもしれないのに、人殺し……じゃなかった。吸血鬼殺しなんかしても良いのか?そんなことしたら、お母さんと暮らせなくなっちゃうかもよ?」

「そう……です……かね」


 ハイネさんはそう呟くと眠るように目を瞑ってしまった。俺は指輪を布で隠し、シズクちゃんに手渡す。


「これしまっといてくれ。絶対なにか変な効果がある奴だから」

「うむ。小娘には無くなったと言っておくとするのじゃ」


 そう言って神の引き出しにしまいこむシズクちゃん。これで本当に彼女の母親が生きてくれていれば良いのだけれど。そんな思いを浮かべながら、俺達は次の村へと進んでいくのだった。

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