第42話 襲撃

 薬草を『月魔草』と呼ばれる上位のモノに変えたお礼という事で、ルキアス村の皆さんが歓迎の宴を開いてくれた。


「あー食った食った!やっぱり肉は美味いなぁ!」


 腹をパンパンに膨らませた俺は、月明かりに照らされた村の道をゆっくりと歩いてく。今日は来客用の小屋に泊まらせて貰えるそうで、俺とシズクちゃんはそこで寝ることになっているのだ。


「うーーん……もっと酒をもってくるのじゃぁぁ!!」


 俺の背中で酔いつぶれながらも酒の催促を始めるシズクちゃん。ミモイ村と違い、以前から豊かな暮らしを行えている村だけあって、酒も貯蔵していた。そのせいで俺はこの酔いつぶれた土地神を背負って一人歩いているのである。


「あれだけ神の立場について語っておいて、自分はこれかよ。流石、百年以上も神殿にこもってただけはあるなー!」

「ぬぅぅ、うるさいのぉ!!ワシはこれから昼間で眠るのじゃぁ!!」

「駄目に決まってんだろ?明日の朝には次の村へ行くんだ!」

「嫌じゃ嫌じゃ!絶対にワシは起きんからなぁ!!」


 そう文句を言うシズクちゃんだったが、暫くすると後ろから寝息が聞こえてきた。どうやら寝てしまったらしい。


 俺はそのまま小屋まで歩いていき、村長からお借りした鍵で小屋の戸を開けた。中には綺麗に準備されたベッドが二つと、机が一つだけ置いてある。本当に寝泊まりするためだけの部屋という感じだ。


「よいしょっと……たく。黙ってれば可愛い女の子なんだけどなぁ」

「スー……」


 ベッドに寝かせたシズクちゃんの寝顔を見ながらそんな言葉を呟く。普段の生意気な姿からは想像もつかない穏やかな寝顔に、なぜか若干和んでしまう。俺にもし妹が居たならば、

こんな気持ちになっていたのかもしれない。


「ふわぁーあ。明日も早いし俺も寝るとするかな」


 シズクちゃんの寝息につられた俺は、隣にあったもう一つのベッドへと寝ころんだ。ミモイ村よりも遥かに寝心地のいい寝具に、思わず欠伸がでてしまう。そして目を瞑って五分もしないうちに、俺は夢の中へと落ちていった。



「──様。ナオキ様起きてください」


 俺の名を呼ぶ声が聞こえて、目が覚めた。もう朝になってしまったのかと俺は目をこすりながら窓の外へと視線を向ける。だが外はまだ暗闇に包まれていた。


 俺は眠気を必死にこらえながら、声の主を探そうと部屋の中を見回す。そして俺が顔を正面に向けた瞬間、ベッドがギシリと音を立てて沈んだ。誰かが俺の上に乗っかってきたのだ。その人物の顔を見て俺は驚いて声を上げる。


「ハイネさん!?ど、どうしてここに!?」


 動揺している俺を見てハイネさんはクスリと微笑んだ。昼間とは違う、何処か妖艶な雰囲気に包まれたハイネさんの笑みに、体が熱くなっていく。


「どうしても眠れなくて……一緒に寝てくれませんか?」

「いいいい、一緒に!?それくらいなら良いですけ──」


 良いですけど。そう告げようとして俺の口が固まった。


 月明かりに照らされ、ハイネさんの体がはっきりと見える。下着の上に一枚だけ服を着ているが、それはもう服とは呼べない代物だった。十六歳の女の子が、スケスケなピンクの上着を着て、俺の上にまたがっている。


それを認識した瞬間、俺の下腹部が膨張しはじめた。俺は慌てて自分の上からハイネさんを降ろそうと起き上がろうとする。だがしかし、何故か指一本たりとも動かなかった。


「や、やっぱり駄目だ!男と女が一緒の布団に寝るなんて、そんなやましい事しちゃいけない!」


 口だけは動いてくれたお陰で、俺は何とか添い寝を拒否することが出来た。しかし、俺の発言を聞いたハイネさんは恥ずかしそうに顔を背けると、俺の右手を握って自分の胸元へと運び始めた。


 ムニュ


 柔らかな感触が手の平を襲う。


「やましい事……してはいけないのですか?」

「いあ、えあ、おおお!!なにやってんのぉ!!はなしなさい!!」


 必死に腕を動かそうとするも、俺の腕はハイネさんの胸元から動こうとしない。寧ろ離れたくないと叫んでいる気すらしてしまう。このままでは俺は犯罪者になってしまう。何とかこの状況を打破せねば。


 俺は必死の思いで首を横に向け、隣でいびきをかいているアホの名前を叫んだ。


「シズクちゃーーん!!起きてくれぇぇ!!ハイネさんが一緒に寝て欲しいんだってよぉ!!」

「ぐぉ!?……もう腹一杯なのじゃ」

「あああああああ!!!起きてくれぇぇ!」


 叫び声も空しく、シズクちゃんの目が開くことは無かった。それを見てニヤリと笑うハイネさん。俺の手を胸元から引きはがし、左目の眼帯へと手を添える。眼帯が外れ、初めて彼女の左目が露になった。


 透き通るような蒼色の右目とは似ても似つかない、吸い込まれるような金の瞳。その金色の眼が怪しく光る。その瞬間、彼女が愛おしくてたまらなく見え始めた。まるで長年恋焦がれた恋人のように、美しく見える。


「ナオキ様……私のモノになってくれますか?」

「は、はい」


 ハイネさんは静かにそう呟くと、ゆっくりと顔を近づけてきた。まさかの初キスがこんな形になるなんて、昔の俺なら考えもしなかっただろう。だが既に俺の体はその瞬間を待ち望んでいた。


 ゆっくりと落ちてくる彼女の赤い唇は、俺の唇へと距離を詰めていく。そしてそのまま俺の唇を通りすぎていき、首元へと落下した。


「それじゃあ頂きますね?あーーーーーん!」


 カプッと小さな音がした。キスでは無かったことにショックを受けつつも、この世界ではこういうプレイで始まるのかと、自分を納得させる。だが、いつまでたっても俺の首から離れないハイネさん。流石に我慢できなくなり思わず声をかける。


「ハイネさん?どうしましたか?」

「──ない」

「はい?」

「血が吸えない!!なんでぇぇぇ!!??」


 あり得ないと言った表情でベッドから飛び降りるハイネさん。彼女の口の中に、キラリと光る四本の鋭い歯が見えた。それを見た俺は全てを理解し、急いで自分の首元へ手を当てる。


 腕が動くようになっている事とか、そんなことは今の俺にはどうでも良かった。


「ハイネさん、もしかして……吸血鬼とか言わないですよね?」


 俺の質問にハイネさんの眉がピクリと動く。もう隠すことは出来ないと悟ったのか、諦めたように笑い始めるハイネさん。


「ふふふ……バレては仕方ありません!私の本当の名は、ハイネ・デリエル・トーレ!吸血鬼一族の末裔です!ハハハハハ!今更気づいたところで遅いですよ!貴方は私の──」

「ぎゃぁぁぁ!!!シズクちゃん助けてくれ!!吸血鬼に噛まれた!!吸血鬼に噛まれたんだ!!俺も吸血鬼になっちまうよ!!」


 盛大な自己紹介をするハイネさんの傍らで、俺は涙を流しながらシズクちゃんに縋るのだった。

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