第36話 重すぎる代価

 それからはあっという間の出来事だった。


 なすすべ無しと悟ったバッカスは、生気を失ったかのようにその場で膝をついて動かなくなってしまった。ハイネさんが悲しそうな目で、自分の護衛達に命令を告げ、実の父親を捕縛する。


 そしてバッカス達はそのままバハマの街へと連行されていった。


「有難うございました!これも全てナオキ様のお蔭です!」


 誰が見ても作り笑顔だと分かる顔で、笑いながら語るハイネさん。俺達は彼女の気遣いを無駄にしないよう、明るい雰囲気を崩さないように話を続けた。


「いやいや!シズクちゃんがモリス司教を連れてきてくれたお陰さ!それが無かったら、今頃村は魔法部隊の攻撃で炭にされてただろうな!」

「なははは!!流石はワシと言ったところじゃろう!!元とはいえ、トルネア領の筆頭土地神じゃからのう!!教会の力を借りるなど、簡単だったのじゃ!」


 そう言って自信満々に胸を逸らすシズクちゃん。


 二日前、俺が作戦を思いついて直ぐ、街へと向かったマルクスに『神託』で情報を伝えた。シズクちゃんを利用して、教会から協力を得ることは出来ないかと。


一方的な会話だったため、正直賭けだった部分があるのだが、シズクちゃんのお蔭で教会の協力を得ることが出来た。


「お父さんの件は残念だけど……これでハイネさんが領主になれるんだよな?」

「そうなれば良いんですけど、それを決めるのは私ではありませんから。国王陛下が良しと仰って下されば、私が領主となれるのです」

「そうなのか?じゃあもしダメだって言われたら、他の人になっちゃうのか」


 彼女の目的は父に成り代わってトルネア領の領主になる事。俺とシズクちゃんの力を合わせて、バッカスを領主の座から引き下ろすことには成功したものの、まだ彼女が領主になるためには、乗り越えなければならない壁があるようだ。


 だがそんな俺の心配をよそに、ハイネさんはクスリと笑って見せる。その目は父の行末よりも、自分の野望を叶えんとするかのようにギラついていた。


「そうならないように、色々と手は打っておりますの。ナオキ様が心配なさらずとも、その内トルネア領の領主として、お会いすることになりますわ」

「そ、そうか。それは何よりだな!」

「ええ。それでは、私達もそろそろ行かないといけませんので……またお会いできるのを楽しみにしておりますわ!」


 最後は満面の笑みで別れを告げて去っていくハイネさん。これから彼女は多くの壁にぶち当たることになるだろう。領主の仕事がどれだけ大変なのか俺には分からないけど、この世界に俺が居る間は、出来るだけ力になってやろう。


 ひっそりと男の覚悟を決めた時、俺の前にモリス司教がやって来た。俺は改めてお礼を言おうと、モリス司教に頭を下げる。


「モリス司教。今回は俺のためにこの村まで来てくださって有難うございました!」

「何をおっしゃいますか!我等信徒はナオキ様のお役に立てることこそが幸福なのでございます!」


 キラキラと瞳を輝かせてそう語るモリス司教に若干恐怖を抱きつつも、何とかそれを顔に出さないようにしながらお礼の品を手渡す。


「そ、そうですか!これは細やかなお礼の品です!教会に持って行って皆で食べてください!」

「なんと!まさかナオキ様から直々に『神物』を下さるとは!是非ともナオキ様から直接街の皆に配ってくださいませ!『祝福の儀式』もありますし、丁度よいでしょう!」

「ん?『祝福の儀式』ってなんです?」


 モリス司教の話についていけない俺が首をかしげていると、ケラケラと笑いながらシズクちゃんがやって来た。


「なははは!!ワシからの細やかなプレゼントじゃ!!『祝福の儀式』とは、七日間飲まず食わずで、自らが神であることを証明する儀式!!しっかりと味わってくるがよい!その間、村の事はワシらに任せるのじゃ!」

「はぁぁぁ!??なんだよそれ!そんな話俺は聞いてないぞ!!」


 予想外の展開に思わず声を荒げてしまう。隠れていた村人達も何かあったのかと、ぞろぞろと集まってきた。俺はこれ以上醜態をさらさないよう、シズクちゃんの耳元で囁くように問いただす。


「なんでこんな事になってんだよ!俺は何も聞いてないぞ!」

「黙っておったからのう!!ワシも昔やらされたのじゃ!!筆頭土地神として、しっかり役目を果してくるのじゃぁぁ!!」


 俺が苦しむ姿が嬉しくてたまらないのか、その場で小躍りし始めるシズクちゃん。だがどうやら彼女は忘れているらしい。俺がつい先日までどんな行動をしていたのかを。


「はーはっはっは!!残念だったな!!『祝福の儀式』が何だか知らないけど、俺は『移動制限』がかかっていてバハマの街へ入れないんだよ!代わりにシズクちゃんが行ってくるんだなぁ!!」


 策敗れたり!と、ほくそ笑みながらシズクちゃんの顔を見つめる。しかし、彼女の顔は絶望へと染まるどころか、より一層憎たらしい笑みを浮かべていった。


 その表情に違和感を覚えた俺の目の前に、あの文字が浮かび上がり始めた。


『移動制限が解除されたため、バハマの街への移動が可能となります』


 空中に浮かぶ文字を、何度も何度も読み返す。この世界にやって来て、初めての俺の目標。バハマの街へ行くという目標が、ようやく達成できたのだ。だが──


「……今じゃねぇだろ!!なんでこのタイミングで、制限が解除されるんだよ!!」


 待ち望んだ制限解除の瞬間。だがその瞬間は、間違いなく今では無かった。というか、何故このタイミングで解除されたんだ?バッカス達が俺を信仰対象にしたところで、あいつらが住んでいる土地を管理出来たわけじゃないはず。


 この状況に納得が出来ていない俺の元へ、モリス司教が嬉しそうに話しかけてきた。


「さぁさぁナオキ様!遅くなってはいけませんぞ!皆が街で貴方様が来るのを待っておりますゆえ!」

「俺が来るのを待ってる?……まさか!!」


 その言葉を聞いた俺は、シズクちゃんの方へ顔を向ける。そして彼女のニヤついた笑みを見た瞬間俺の推測は確信へと変わった。


「あははは!!ワシから筆頭土地神の座を奪った罰じゃ!!折角じゃからのう、街中で演説してきてやったのじゃ!!教会の者が居ったお蔭で、皆もお主の存在を信じ切っておったぞ!!」

「くそぉぉぉっぉ!!やりやがったなこの野郎!!」


 俺の怒号がミモイ村に響き渡る中、バッカスと同様逃げ場を失った俺は、モリス司教と共にバハマの街へと向かうことになったのであった。




あとがき

第2章これにて終わりです。

次章からようやく街での活動が広がっていくのでしょうか。

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