第35話 父と娘と裸の神
司教さんが俺の隣へ歩いてくると、バッカス達の表情が変わり始めた。
「モリス司教!!な、なぜ貴方がこのような所に!」
明らかに動揺した様子のバッカスとエッケン。護衛達も二人の様子を見て、目の前にいる老人がただ者ではないという事を察しているようだった。
「ふぉふぉふぉ、簡単な事じゃよ。自分を利用して悪事を働こうとする輩が居るから、裁きを受けさせて欲しいと、お告げがあったのじゃ。よもやその輩が、お主だったとは思いもせんかったがのう」
「ま、待たれよ、モリス殿!確かにこの男は人間らしからぬ身体をしているかもしれぬが、土地神ではないはず!!我が領の土地神は、シズクという名の少女ですぞ!!」
バッカスは何とか自分の罪を正当化しようと、慌ててシズクちゃんの名前を出す。どうやら、領主の家系にはシズクちゃんの話が伝わっていたようだ。そのせいで、俺が土地神であるという事を認められなかったのかもしれない。
だからと言って、コイツを許す気は無いがな。
「そのシズク様から話があったのじゃよ。新たに土地神になったその男に、教会の代表として会いに来てほしいとな」
「ばかな!!過去百年姿を見せなかった土地神が、姿を現したとでも言うのか!!?」
バッカスが信じられないと言った様子で口を開ける。その顔を見てモリス司教はゆっくりと頷いた。
俺は先程までモリス司教が居た場所へと視線を送り、そこに立っていたシズクちゃんを手招きする。シズクちゃんはやっと出番が来たかと、嬉しそうに小走りで駆けよってきた。
「初めましてじゃのう!ワシがトルネア領の元筆頭土地神、シズクじゃ!」
「な、ほ、本物!!?いやまて、元筆頭土地神?……では今の筆頭土地神は──」
俺とバッカスの目が合う。ニコリと優しく微笑んでやると、バッカスの額から脂汗がギトギト溢れ出した。ようやく自分の置かれた状況を完全に理解したのだろう。
そんな禿狸にとどめの一発をぶちかましてやる。
「この俺が、トルネア領の筆頭土地だ!分かりやすく神様風に話してやったつもりだったんだけど、どうやらアンタ等には逆効果だったみたいだな!!いずれにしても、もう言い逃れは出来させねぇ!!」
「ひ、ひぃぃ!!お待ちください!貴方様を攻撃したことは謝ります!!ですがそれは、村の者達を思ってのこと!領主としての務めを果たそうとしただけなのです!」
必死になって地面に頭を擦り付けるバッカス。それを見てエッケンや護衛達も急いで頭を下げ始めた。髪の毛が無いせいで、油ぎっとりの額に小石や砂が引っ付いているのが少し可哀想に見えてしまう。
だがその同情も、持って数秒。
「領主としての務めだと!?村人を捕らえろって、部下に命令してたじゃねぇか!モリス司教がばっちり聞いてんだから!腹くくって罪を償いやがれ!!」
「ぐぅぅ……」
土下座をするバッカスに吐き捨てるように告げた。なんとか許しを請おうと、バッカスはモリス司教の方へ目を向ける。しかしモリス司教の瞳がギラリと光り、その鋭い眼光で二人を睨みつけた。
「お主らは我らが信仰する土地神様に対し、不敬を働いたのじゃ。相応の罰を受けることになるじゃろう。しかと覚悟しておくんじゃな」
「……ナオキ殿!どうか情けをかけてはくれませぬか!我等は民を思って行動したまでなのです!!どうか、どうかお慈悲を!!」
バッカスは涙ながらに俺の脚に縋り始めた。禿狸の泣き顔なんて、金を貰っても見たくない。それに、この男はまた俺の逆鱗に触れたのだ。
俺は自分の足に縋るバッカスの手を力づくで引きはがし、奴の胸部に蹴りをお見舞いしてやる。「ぶへっつ!!」と醜い声を上げて後ろへ倒れたバッカス。その足元に広がっていた宝物を拾い上げた。
「無理だな。初対面の俺でも、あんたの性格がクソだってのが良く分かるよ。俺の大切なジャージの残骸踏みつけといて、何が民を思うだ!!ふざけるな!!」
逃げ場を失ったバッカスは、肩をガックリと落としてうつむいてしまった。ようやく観念したかと思ったその時、奴の肩が小刻みに震え始める。
「……終わらんぞ!!私はこんなところで終わる器では無いのだ!!魔法部隊よ、司教を殺してしまえ!!教会へ報告させなければ、私の力で何とでもなる!!」
叫びながらその場で立ち上がるバッカス。もはや正気を保っている気配はない。
「な!?バッカス様、正気ですか!そんな事をしてしまえば──」
「黙れぇぇ!!私はトルネア領の領主だぞ!!私のいう事に全て従っておけば良いのだ!!魔法部隊、さっさと放たんか!!命令に背けば命は無いぞ!!」
バッカスは助言を試みたエッケンを押しのけ、魔法部隊に命令する。魔法部隊も流石に戸惑ていたものの、命は無いと言われてしまえば背くことも出来ず。俺に魔法を放った時のように、杖が輝き始めた。
「──『火炎球』!!」
俺に効果が無いと分かっていて、魔法を放つという事は完全にモリス司教を殺しに来ている。まさかここまでやるとは想像していなかったが、もう十分だろう。
「ミリアさん!!」
「はい!!──『プロテクト』!」
俺が彼女の名前を呼んだとほぼ同時に、モリス司教が輝き始める。その直後、幾つもの日の球がモリス司教に着弾した。だがミリアさんの魔法のお蔭で、モリス司教は無傷である。
土煙が晴れていき、俺達の前に集まった『戦乙女』と無傷のモリス司教の姿を見て、バッカスは完全に固まってしまった。それでも何とか自分の活路を切り開くために、バッカスは動き始める。
「な!?何だ貴様らは!!領主である私の邪魔をするつもりか!!魔法部隊よ、もう一度魔法の用意を──」
魔法部隊へと命令していたバッカスの口が止まる。ここに居るはずの無い者の姿でも目にしたのだろうか。餌をもとめる魚のように、口をパクパクと動かしながら、俺達の後ろを指さして狼狽えていた。
「お父様。もう終わりですわよ」
ハイネが悲しそうな瞳で父を見つめ、静かに呟いたのだった。
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