第30話 眼帯の少女

 領主の使い、エッケンが村から居なくなって俺達がお疲れ様会を開いている頃、領主の屋敷では大事件が起きていた。


「本物の土地神が現れただと!?一体どういうことか、説明しろ!!」

「は、はい!!我々はバッカス様の命令通り、件の男が居るとされている村に行ったのでございます!!そこで男を見つけたのですが……」


 エッケンはそこまで口にすると、言葉を濁して下を向いてしまった。後ろで膝をついていた護衛達も、顔を青白くさせて固まってしまっている。


「見つけたのだろう!?なぜここに連れてこないのだ!!足を切ってでも連れてこいと命令したではないか!!そ奴は治療の名手であろう?手さえ無事ならば支障はない!!」


 バッカスはどんな手を使ってでも、男を連れてくるように指示を出していた。屋敷に突撃してきたルキアス村の奴らを治めるには、男の存在と魔法の効果を見せるほか無かったからだ。


 自分の手に入れたい物は何でも手に入れてきたバッカスにとって、初めての失敗。バッカスは今すぐにでもエッケンの首を刎ねてやりたい気持ちだった。


「私共も指示通り両足を切断してでも連れてこようとしたのです!で、ですが……何度やっても男の両足を切ることが出来ず」

「……それで連れてくるのを諦めたと言うのか?」

「は、はい。申し訳ございません」


 エッケンの言い訳を聞き、バッカスは少しの間頭を抱える。自分の命令通り動いた者達を処罰したとあっては、配下から不満が出てしまう。それだけは避けたい。


それに加え、エッケンの話が本当であれば、少々厄介な事になりかねないという不安もあった。


「バッカス様、いかがいたしましょう?」

「面倒だな。恐らく凄腕の支援魔法も傍にいるのであろう。チッ……上手くいけば、回復薬の利益だけでなく、冒険者共の治療代も根こそぎ奪えるはずだったのだが」


 傍使えの問いかけに、バッカスは眉間にシワを寄せながら答える。エッケン達が両足を切断できなかったのは、恐らく保護魔法か何かを使って身体強化を施していたからだろう。その存在に護衛ですら気づかなかったとなると、相手はかなりの手練れということになる。


「エッケンよ。男と支援魔法使い以外に、障害になりそうな者は居たか?」

「い、いえ!男以外の者たちは、ただの農民でございました!」

「そうか。ならば今度は兵たちを連れて、男の元へ向かうとしよう。エッケン、兵長を呼んで参れ」

「は!!ただちに!」


 エッケンと護衛達は慌てて部屋から出ていく。その後ろ姿を見て、バッカスは呆れる様に溜息を零した。無事に男を連れて来られたら、あの役立たずは処分しよう。


「宜しいのですか?いくら領内の問題とは言え、私兵をつかわすともなると、周りの貴族共が何を言い出すか……」

「問題なかろう。村には『神を自称する男』と『それを崇める人間』が居るのだぞ?教会がそ奴らの事を知れば、直ぐにでも『邪教』と認定されるだろう。その前に、わしが直々に調査をしてやるまでの事だ」


 傍使えの忠告に対し、バッカスは気味の悪い笑みを浮かべながらワインを飲み干す。


「男は村の者たちが大切なようだからな。村人達を脅しの道具に使ってやればいい。それに最近、玩具も減ってきたところだ。少しばかりその村で回収しても問題は無かろう。頼んだぞ、ガストン」

「……は。仰せのままに」


 バッカスに指示を出された男──ガストンは、頭を下げると、そのまま表情を変えることなく部屋を後にした。誰も居ない廊下を歩いていき、とある扉の前で足を止めた。周囲に誰も居ない事を確認したガストンは、音を立てないようにその扉を開けて部屋の中へ入る。


 部屋の中には、左目に眼帯をした銀髪の少女が立っていた。少女はガストンを見て驚いた表情を浮かべる。


「どうしたの、ガストン?まるで暗殺者のような動きだったわよ?」

「申し訳ございません、お嬢様。直ぐにお伝えしなければと思いまして……」

「別に謝ることないわよ。察するに、お父様がやらかしそうってことなのね?」


 少女がそう尋ねると、ガストンはコクリと一度だけ頷いて見せる。それを見て少女は嬉しそうに微笑んだ。


「良いわ、話しなさい」


 ガストンは先程までのバッカスたちの会話を少女に伝えていく。話を聞いた少女は、バッカスの行動に対し呆れたように溜息を零しながらも、お陰で自分の計画が進むことに笑みを零していた。


「神を自称する男ね。その話が本当なら、私のこの目も治して貰えるのかしら?」

「そこまでの力があるとは思えませんが……恐らく、男が人間では無いことは確かだと」

「まぁそうでしょうね。エッケンはともかく、護衛達が保護魔法の発動を見逃すとは思えないわ」


 魔法の発動を視認出来ないことなんてありえない。それはこの世界において共通の認識であった。バッカスは自分の都合のいい方向へと解釈してしまう人間だったがゆえに、その認識すらも忘れてしまっていたのだ。


「ふふふ……とうとうトルネアにも神が戻ってきたと言う事ね!!ガストン!貴方は出兵の時間を引き伸ばしなさい!!良いわね!!」

「は!仰せのままに!!」


 バッカスの時とは違い、今度は力強く返事をするガストン。

 

 はてさて、ナオキ達の運命やいかに。

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