第29話 領主の使者エッケン
作戦会議から一週間がたったある日。俺達の元へ、トルネア領主の使いを名乗る男がやってきた。鎧に身を包んだ護衛数名と共に村へと足を踏み入れたその男は、わざわざ村人達を自分の前に集めると、一切れの紙を出して話始めた。
「この村に土地神を自称している男がいるそうだな!!トルネア領主の命により、その男を捕縛しに参った!!直ちにここに連れてくるが良い!!」
男は自分の名を名乗ることすらせず、そんなことを宣い始める。だがそう告げられた村人たちは誰一人として動こうとはしなかった。別に話を聞いていないわけではない。村人達にとってそんな男はいないのだから仕方ない。
しかし、自分の命令を一向に聞かない村人たちに痺れを切らし、男は再度声を張り上げた。
「聞こえなかったか!!土地神を自称している男を連れてまいれと言ったのだ!!私はエッケン・ドイル!トルネア領主様の使いであるぞ!!私の言葉は領主様の言葉だと思え!!」
苛立ちめいた男の言葉に村人達は怯えつつも、結局誰も俺を呼ぼうとはしなかった。それもそのはず。村人達にも事前に作戦を伝えておいたのだからな。
村の中が静まり返る中、俺はゆっくりと男の元へと歩き始めた。震える足を引きずり、高鳴る鼓動抑えながら、一世一代の大勝負を決めるために、堂々とした姿で歩いていく。
俺と目が合うと、男はニヤリと口角を上げて嫌らしい笑みを浮かべた。
「貴様が土地神を自称している男か!!名を名乗れ!!」
「土地神を自称している……だと?お前達は誰に対して話しかけているのか分かっているのか?我は土地神ナオキ!トルネア領の筆頭土地神であるぞ!」
男と護衛の奴らに向けて神様らしく堂々と宣言してやる。
俺とエイリスさんたちが考えに考え抜いた結果、思いついた作戦。それは俺が本物の神様であることを知らしめるというものだった。
恐らく領主側は、俺の弱みを握ったと思って脅迫してくるはず。そこで逆手を取って、俺が本物の土地神であることを教えてやれば、相手も驚いて手を引いてくれると考えたのだ。
「ふははははは!何を言うかと思えば、馬鹿な男よ!神を自称すのが、どれほどの罪になるか分かっていないらしいな!!」
「お主達の方こそ分かっていないようだな。神に対し、そのような不遜な態度を取ることが、どれほどの裁きを受けることになるのかを」
俺の強気な態度が気に食わなかったのか、エッケンは眉間にしわを寄せて苛立ちめいた表情を浮かべる。そのまま自分の護衛に目配せをして、俺をにらみつけた。
「あくまでも罪を認めないようだな……お前達!この男をひっ捕らえろ!!」
男が叫ぶと、四人の護衛達が俺を取り囲んで剣を構えた。俺に武器を向けられたことで、村中からも悲鳴が上がる。それに気をよくしたのか、エッケンは高らかに笑った。
「ふははは!お前が神だと言うのであれば、この状況からも傷一つ受けることなく逃れられるはず!!さぁ、やってみるが良い!!」
護衛達がじりじりと俺に詰め寄ってくるも、俺は指先ひとつ動かすことなくじっとその場で固まっていた。内心、小便が漏れそうなくらいにビビっていたが、この状況も想定済み。
俺が神であることを証明するには、どうしてもやらなければならないことがあった。
「どうした、出来ないのか?まぁそうだろうなぁ!お前は神を自称しているだけで、本物の土地神ではないのだからな!!今謝れば、許してやらんこともないが……」
「やってみるが良い。お前達がどれほどの罪を犯しているのか、この身をもって味合わせてやろう」
俺は眉ひとつ動かすことなく、エッケンの目を真直ぐに見つめたまま呟く。エッケンはそんな俺を見て、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「全く馬鹿なやつめ。我々が手を出さないとでも思っているのか?もういい……お前達。こやつの両足を切り落としてしまえ。どうせ魔法さえ使えればよいのだ。足が無ければ逃げることも出来ないだろう」
「は!」
エッケンに命令された護衛達は、剣を構えると俺の両足へ躊躇なく振り下ろした。もしかしたら事前に決めておいたことなのかもしれないと思うほどに、真直ぐに振り下ろされていく。
「我々の言うとおりにしておけば、貴様も甘い蜜を吸えたのもを。これだから下民は──」
エッケンは何か言いかけたまま固まってしまった。俺の周りに立っている護衛達も、自分の目に映る光景が信じられないといった様子で、声を上げる。
「な!?馬鹿な!!」
「どうした。我の両足を切り落とすのでは無かったのか?早くやってみるが良い」
「お、お前達何をしている!!本気でやっておるのか!!」
「は、はい!!」
エッケンが焦りながら声を飛ばし、護衛達もあわてて二撃目を振り下ろす。だが剣は俺の足を切断することはできず、足に触れたところで音もなく止まってしまった。
それから何度も何度も剣を振り下ろすが何も変わらず、しまいには護衛達が肩で息をし始めてしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「もういい!私に剣をかせぇ!!」
痺れを切らしたエッケンは、護衛から剣を奪い取って自らで俺の足へと剣を振り下ろした。だが護衛よりも非力そうなエッケンが切れるはずもない。
「な、なぜ切れぬ!貴様もしや服の下に鉄の板でも仕込んでるのではないだろうな!!」
そう言って俺のズボンをめくるも、ただすね毛が濃いだけの両足が見えるだけだ。俺は最後のだめ押しにと、勇気を振り絞ってエッケンの剣に触れる。そのまま剣先を自分の左胸に触れさせ、エッケンを挑発した。
「どうした。足を切れぬというのであれば、ここを狙えばよかろう。人間であれば、ここを一突きすれば死ぬのであろう?ほら、お前達が始めたことだ。最後までやり切って見せろ」
「ぬぉぉぉなめおって!!しねぇぇぇ!!」
自暴自棄になったエッケンは俺をとらえて帰ることも忘れ、力いっぱい剣を押した。だがどれだけ押しても剣が俺の胸元へ刺さることはなく、エッケンは膝から崩れ落ちてしまった。
俺はエッケンの髪を引っ張り上げ、力づくで顔を上げさせる。その顔は疲労と恐怖で歪んでいた。
「これで分かったか?我は土地神を自称している男ではない……土地神ナオキだ」
「ひ、ひぃぃっぃ!!!お許しくださいお許しください!!我々が間違っておりました!!」
俺の言葉にエッケンだけでなく、護衛達すらも額を地面にこすりつけ始める。ここまでくればもう後は神様らしい言葉で話すだけ。ルキアス村との一件も問題なく片づけられるだろう。
「お主等の見にくい謝罪など見たくない。さっさとこの場から立ち去れ。それと、ルキアス村から買い取っている魔法薬の価格を、元の価格に戻すのだ。さもなければお前達に災いを──」
「勿論でございます!!このドイル!命を懸けても貴方様のお言葉をお守りいたします!!行くぞお前達!!」
俺が話し終える間もなく、エッケン達は馬車に飛び乗って村から逃げるように去って行ってしまった。馬車が消えるのを待った後、村人達から歓声が上がる。
遠くから見ていたシズクちゃん達も、笑いながら俺の元へ駆け寄ってきた。
「凄かったのうー!練習したとはいえ、怖くは無かったのか!?流石のワシも心臓に剣を突き立てた時は肝を冷やしたぞ!!」
「うちも見直しちまったぜぇ!ナオキもやる時はやるじゃねぇか!なぁエイリス!」
「ま、まぁそうですね。少しは見直してもいいとは思いますよ」
恥ずかしそうに笑うエイリスさん。彼女達にここまで褒められるなんて、俺もやる時はやれる男になれただろうか。
正直、少し漏れたし、死ぬかと思って辞世の句を詠もうと思ったりしたのは、墓場まで持っていくことにしよう。
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