第22話 調査に向けて

 翌日。俺とシズクちゃんは三つの村で挨拶回りを始めた。


「皆に紹介したい人が居る!今日から俺達と一緒に暮らすことになった、シズクちゃんだ!一応俺と同じ土地神らしいから、仲良くしてやってくれ!」

「土地神シズクじゃ!!皆の者、ワシを崇め信仰するように!よいな!!」


 そんな宣言をして回るシズクちゃん。村人達は彼女のことを見た目だけで判断しているようで、シズクちゃんの発言を子供の戯言だと聞き流す者が殆どだった。


 名前を知っている者も数名いたが、ザイルさんと同じように、期待はしていないみたいだ。まぁ最後に現れたのが100年以上も前だから仕方ないだろう。


 だが当の本人はと言うと、人と接するのが久しぶりだったのか、彼等の態度に何も思うことも無く、自由気ままに村の中を歩き回っている。


「中々良い村じゃな!!食べ物も沢山あるようじゃし、村人達も皆ワシを敬っているようじゃ!これならばナオキの信仰レベルを追い抜く方が先になるかもしれんのう!」

「食べ物は村人達のために作ってるんだから、勝手に食べるなよな!」


 畑になっているトマトをもぎ取って食べようとする彼女を止めると、シズクちゃんは残念そうに唇を尖らせた。俺はシズクちゃんの手を引っ張り、まだ何も育てていない畑へと案内していく。


 そこでトマトやキュウリを作り、シズクちゃんにも分けてやった。嬉しそうに食べる彼女の隣で、野菜を麻袋へと詰め込んでいく。このくらいあれば、1週間は持つだろう。


「そういえば、お主は昨日から何をやっておるのじゃ?そんなに大きな荷物を抱えて……まさかそれを独り占めするつもりかぁ!?」


 何を勘違いしたのか、麻袋を開けて中身を取り出そうとするシズクちゃん。俺は彼女の頭を掴んでそれを制止させる。


「そうじゃないって!色々あって移動可能な範囲が拡大されたからさ、その範囲がどれくらいなのか調査に行くんだよ!どれくらい時間がかかるか分からないし、ご飯とか沢山あった方が良いだろ?」


 俺の説明に納得したのか、シズクちゃんはなるほどと言って麻袋から手を放してくれた。しかし、何かが納得いかないのか、腕を組んで麻袋の事をジッと見つめている。


「別に取りすぎたりしてないぞ?皆の分は他に用意しているし、同行してくれる奴等の分もあるからさ」

「そこは全く気にしとらぬ!ワシが気になっとるのは、『神の引き出し』を使えばそんなことせずとも、自由に持ち運び出来るのに、なぜそうしないのかという事じゃ!」


 シズクちゃんはそう言って俺の顔をジッと見つめてきた。『神の引き出し』ってのは一体何の事なのだろう。神様特有の能力みたいなものなのだろうか。


「『神の引き出し』ってなんだ?俺にも使える能力なのか?」

「当たり前じゃ!!土地神であれば全員所有しているスキルの筈じゃぞ!」


 そう言われた俺は、念の為に『文字さん』で確認を行う。『文字さん』というのは俺が問いかけると答えてくれる文字の事だ。


 その『文字さん』に対して、「俺が使用できるスキルは?」と問いかけてみたのだが、どこにも『神の引き出し』というスキルは無かった。


「どうやら俺はそのスキル持ってないみたいだ。因みに、どんなスキルなんだ?」

「制限なく自分の好きな物を自由に収納出来たり、取り出したりすることが出来るスキルじゃ!時間の概念が無いから、食材が腐らずに済むのじゃ!」

「なんだよそれ!!そんなスキル有るのかよ!今回の調査にうってつけのスキルじゃないか!!」


 シズクちゃんからスキルの詳細を聞いて、俺は再度『文字さん』に問いかける。だが何度見ても、俺は『神の引き出し』を持っていなかった。このスキルがあれば、移動の負担も大幅に削減されるし、調査の期間も延長することが出来る。


(何かいい方法は無いか?シズクちゃんからスキルを借りるとか、覚える方法を教えて貰うとか。いや、例え出来たとしても、何か要求されそうで嫌だな。)


 俺が必死に考えを巡らせている隣で、俺にバレないように麻袋からトマトを取り出そうとするシズクちゃん。こいつめ、俺が居なくなった村で変なことしないだろうな?


……まてよ。いっそのことシズクちゃんも調査に同行させれば良いんじゃないか?そうすればスキルも使えるし、シズクちゃんも監視できる。一石二鳥じゃないか!


「なぁシズクちゃん。シズクちゃんは『神の引き出し』持ってるんだよな!?」

「ん?当たり前じゃ!『神殿』に居た頃から、重宝していたスキルじゃぞ!見るがよい!」


 そう言って麻袋から取り出したトマトを、何も無い空間へと押し込んでしまった。一瞬の内にトマトは消えてなくなってしまった。これが『神の引き出し』か。最高のスキルじゃないか。使わない手はない!!


「おー凄い凄い!もしかして、この麻袋も全部入っちゃうのか!?」

「ニシシ!そこで見ておるがよい!」


 得意げになったシズクちゃんは、麻袋から食材をどんどん取り出していき、次から次へと『神の引き出し』へ押し込んでいく。そしてあっという間に、麻袋の中身は空になってしまった。


「こんなもんじゃ!どうじゃ?ワシも中々やるじゃろ?」

「いやー本当に凄いよ!それじゃあ残りの食材は倉庫にあるから、後で収納しといて貰える?いやーシズクちゃんが居てくれて助かったよ!それじゃあ俺は他の準備があるから!」

「うむ!任せておくがよい!」


 良い気になったシズクちゃんは自分が調査隊に加入させられたことに気づかぬまま、倉庫に向かって走っていく。しかし、30mほど走ったところでシズクちゃんの足が止まり、物凄い勢いで俺の元へと戻ってきた。


「ちょっと待つのじゃぁぁ!!なんでワシも一緒に行くことになっておるのじゃ!!」

「ええ?だってシズクちゃんのスキルがあれば楽なんだもん!」

「楽なんだもん!じゃないわ!!ワシはこの村で悠々自適にのんびり暮らす予定なのじゃぞ!!なぜそんな面倒なことをせねばならんのじゃ!」


 怒ったシズクちゃんは『神の引き出し』から食材を取り出し始める。俺は慌てて彼女の手を握る。ここで逃げられたらおしまいだ。何とか言いくるめなければ。


「俺だって面倒だけどさ、土地レベルを上げるには俺が管理する土地を広げなきゃいけないんだよ。そうしないと、『神殿』をシズクちゃんに返すことも出来ないんだ」

「そ、それは……」

「それに、ずっと『神殿』に籠りっぱなしだったんだろ?久しぶりにお出かけでもしようぜ?俺トルネア領の事全然知らないし、土地神友達に案内して貰えると助かるんだけどなぁー」


 シズクちゃんの目をジッと見つめる。正直今言った言葉は俺の本音だ。この世界に来て、初めての遠足のようなもの。トルネア領について詳しいシズクちゃんと一緒に出掛けれたら、きっと楽しいだろうと本気で思っていた。


 俺に真っ直ぐに見つめられたシズクちゃんは、恥ずかしそうに目線を逸らして頬を赤く染めていた。


「ぬー……分かったのじゃ!ワシも一緒にお出かけしてやる!!じゃが、荷物持ちしかせんからのう!!絶対に絶対に、他の事は一つもせんからな!」


 不満そうに頬を膨らませるシズクちゃん。俺の視線から逃れるように背を向けたが、その背中がどことなく嬉しそうに見えてしまったのは、きっと俺の勘違いだろう。

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