第21話 惰眠をむさぼるシズクちゃん
夕飯時になっても背中にしがみついて帰らないシズクちゃんに、流石の俺も折れてしまった。仕方なく彼女の分も食事を用意し、俺の家で一緒に食事を取ることにした。
用意された食事をバクバク食べていくシズクちゃん。並々と盛られた野菜やリンゴ、村人達が狩ってきてくれた動物の肉まで、殆どすべてを平らげてしまった。
「はぁーーー!!こんなに美味い飯を食べたのは久しぶりじゃ!!」
「それは良かったなぁー!それじゃあ自分の土地にお帰んなさい!」
自分の分まで食われて流石に頭にきた俺は、家の扉を開け放ち、外へと出ていくようにシズクちゃんに告げる。だがシズクちゃんはその場から立ち上がる様子も見せず、首を横に振って苦笑いを浮かべて見せた。
「それは無理なのじゃ!残っていた信仰ポイントを殆ど使って、ナオキのところにやってきたからのう!神殿を使えない今、土地に帰るには歩いて帰るしかないのじゃ!」
「はぁ……そうですか」
開き直りを見せるシズクちゃんに対し、俺は何も言う気になれなかった。呆れてものも言えないとはまさにこのことだろう。可愛らしい少女の容姿の中身が、だらけたおばさんだったとは。
まぁ彼女の性格は一旦置いておいて、帰る気がないのなら今のうちに聞いておきたいことでも聞いておくとするか。
「さっきから何度か口にしてたけど、神殿ていうのは一体何なんだ?土地神だけが使える道具か何かなのか?」
シズクちゃんが俺の元へやってきた原因である『神殿』の存在。彼女の発言から察するに、いろいろと便利な道具であることは間違いないだろう。
「神殿は筆頭土地神が暮らすための『住処』みたいなものじゃ!自分の管理する土地内であれば、自由に行き来できる能力もついておる!」
そう言って誇らしげに語るシズクちゃん。移動型の居住地か。これを使えば、今予定している壁の調査も簡単に出来るようになるじゃないか!そうと決まれば、シズクちゃんに使い方を教えて貰って、そのついでに彼女を自分の土地へと送り返すことにしよう。
「なるほどなぁ!じゃあ俺がそれを使ってシズクちゃんを送り届けてやるよ!どうやって使えばいいんだ!?」
そう提案するとなぜか険しい顔を浮かべるシズクちゃん。
「それは無理じゃと思うぞ?神殿を使うには、筆頭土地神として神殿に名前を登録する必要があるからのう」
「そうなのか!?色々と使えそうだと思ったのになぁ」
使用するためにも手順があるというのなら仕方ないか。やはり壁の調査は自分の足で行く事にしよう。となるとシズクちゃんには悪いけど、徒歩帰宅をしてもらうしかあるまい。
「それじゃあやっぱり、シズクちゃんは歩いて帰るしかないな!」
「いや、他にも方法はあるぞ!ナオキの信仰レベルをワシに移せばいいのじゃ!」
「移す?そんなこと出来るのか!?」
驚いた顔でシズクちゃんを見つめる俺を見て、誇らしげに鼻を鳴らすシズクちゃん。だが彼女がそんな態度をとるのも頷けるくらい、俺は興奮していた。
信仰レベルを移すことが出来れば、一度シズクちゃんに神殿を取ってきてもらって、その後に俺の名前を登録することも出来るはず。
どんな方法になるか聞いてみないと分からないが、上手くいけば『神殿』だけじゃなくて、今後の作業効率もグンと上がるだろう。
期待を胸に膨らませながらシズクちゃんの話に耳を傾ける。しかし彼女の口から語られた内容は、メリットの欠片も無い暴論であった。
「勿論じゃ!ナオキを信仰しておる村人達に、ワシのことを紹介してくれればよい!『私は土地神シズク様の命によって、貴様らを救っていた!これからはシズク様を崇めるように!』とでも言ってくれれば、村人達もワシを信仰するようになるじゃろう!」
あまりの内容に俺は口を開けて固まってしまう。今言った方法で俺の信仰レベルを譲渡したとして、シズクちゃんがそのまま逃げてしまえば借りパクされておしまいじゃないか。
そんな心の内が顔に出てしまったのか、シズクちゃんが不機嫌そうに話しかけてきた。
「なんじゃその不服そうな顔は!ワシの案に不満でもあるというのか!?」
「大有りに決まってるだろ!一度貸すくらいなら良いと思ったけど、そのやり方じゃ全部上げることになるじゃないか!」
若干切れ気味で詰め寄ると、シズクちゃんも負けじと俺の胸倉に手を伸ばしてきた。
「それの何が悪いのじゃ!!元はと言えば、お主が勝手に筆頭土地神になったのが悪いのじゃぁ!ワシはただ一人、神殿で寝転がってただけなのに……ワシの神殿を返せぇぇ!!」
「そんなこと知るかぁ!俺は信仰レベルを下げるつもりはないぞ!俺にはどうしても叶えたい願いがあるんだ!それを叶えるためには、信仰レベルも土地レベルも、もっと上げなきゃいけない!だからシズクちゃんには悪いけど、神殿は返せない!」
日本に戻るという夢をかなえるためには、今よりも更に信仰レベルを上げる必要がある。そうなれば必然的にシズクちゃんに神殿を返すことはできないだろう。
シズクちゃんも俺の真剣さが伝わったのか、自分に『神殿』が返ってくることは無いと理解したようだ。俺の胸倉を掴んでいた手がゆっくりと離れていき、床に座り込んでしまった。
魂が抜けきったような表情でぼーっと天を仰ぐ彼女を見て、ちょっぴり胸が締め付けられる。俺が『神殿』を自由に使えるようになったら、シズクちゃんを住まわせてやろうかなと考えた次の瞬間──
「うぅ……うわぁぁぁぁぁん!!やだやだやだやだぁ!!ワシの神殿返すのじゃぁぁ!」
ハウリングでも起きたのかと錯覚するほどの甲高い鳴き声が家中に響きわたった。あまりの騒がしさに両耳をふさぐも、手を貫通して耳の奥にまで届いてくる。
意識が飛びそうになるのを必死に堪え、俺はシズクちゃんの口を両手で抑え込んだ。
「分かった、分かったって!10年以内には必ず返すから!それくらいなら待てるだろ!?その間はちゃんと面倒見るからさ!だからもう泣くなって!」
俺の提案を聞きながらも涙を流し続けるシズクちゃん。一応俺の言葉は伝わったのか、暫くすると落ち着きを取り戻したのか、手をどけるようにバシバシ叩いてきた。
俺は警戒をしつつゆっくりと手を離していく。
「グスッ……本当じゃな!?10年以内にワシに神殿を返してくれるのじゃな!?」
「ああ!ついでにその時には俺の信仰レベルも全部シズクちゃんにやるからさ!」
俺が日本に帰れるようになれば,もう信仰レベルは不要になるだろう。その時はシズクちゃんに全部上げてしまえば良い。村人達の面倒を見るという条件付きでな。
そんなお得な提案を耳にしたシズクちゃんは、先ほどまでの死に顔が嘘のようにパぁっと明るい顔になった。そしてぶつぶつと何か小声で喋り始める。
「こ奴なら10年もあれば、それなりの土地神になれるはず。その信仰レベルが全部ワシのものになれば……ニシシシ」
何を言っているか分からないが、何となくシズクちゃんの表情から禄でもないことを考えているのは予想がついた。
「うむうむ!それで手を打ってやるのじゃ!10年くらい、ワシからすればあっという間じゃからのう!その間宜しく頼むのじゃ!」
こうして元筆頭土地神シズクちゃんという新たな仲間が加わった。この出会いが俺の『人生』を大きく変えていくことになるということを、俺はまだ知らない。
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