第17話 芽生える友情 散る友情
勇ましい勢いで駆けだしていった二人の後を追っていくと、直ぐにゴブリンの姿が見えてきた。身長は子供くらいだろうか。全身緑色の体にギョロっとした黄色の瞳。尖った耳と鋭い歯、服は腰布一枚。
「アレがゴブリンか!」
初めて見た魔物という存在に少し胸を躍らせたのも束の間、エイリスさんが一際大きな声を上げた。
「はぁぁぁぁ!!」
彼女の手に握られていた剣が、ゴブリンの首目掛けて振り下ろされる。そして次の瞬間、ゴブリンの頭が宙を舞った。頭を失った胴体は少しの間歩を進めた後、ばたりとその場に倒れこむ。首からは夥しい程の血が、ドクドク流れ出していた。
「ひゅっ……」
一秒前まで生きていた筈の生物が、たった今息絶えた。その事実を目の当たりにして、俺は呼吸をすることも忘れてしまう。
ゴブリンを殺すことは既に決まっていた事。俺はそれに納得していたつもりだった。村人たちのために、これは仕方ない事なんだと。まるで自分を言い聞かせるかのように、この身勝手な行動を正当化するためだけに。俺は納得したフリをしていたんだ。
「おえぇぇぇえぇぇぇ」
体の奥底から混み上げてきた傲慢な決断が、吐しゃ物と共に吐き出されていく。胃酸の匂いが鼻に充満していく最中、自分がこの行為に加担していることを始めて自覚した。
「ナオキ!何やってるんですか!」
「ナオキさん!大丈夫ですか!?」
俺の背後でサポートに徹していたフレイとミリアさんが、俺の異変を察知してくれたのか、ゴブリンを警戒しながらも俺の元へ駆け寄って来てくれた。
「ごべんなぁさいぃ。ぢょっど、きぶんわるぐなっだだげですがらぁ」
目から涙を、口からニンジンを吐き出しながら、必死に大丈夫だと伝える。それを見て二人は不安そうな表情を浮かべながらも、自分の持ち場へと戻っていく。
俺は口からはみ出したニンジンをふき取り、足を震わせながらなんとか立ち上がる。
ゴブリンを討伐するという選択をしたのは俺だ。村のためだとか、土地レベル上昇のためだとか、そんな言い訳はどうでも良い。どんな理由であろうと生物の命を奪うという決断をしたのだ。その責任から逃れていい筈がない。
それに、俺の『治療』スキルを軸にして作戦を組んだんだ。ここで俺が何も出来なかったら、四人が危険な目に遭ってしまう。それだけは絶対にダメだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……よじ!ルーシーさん、エイリスさん!いつでも準備はOKです!!」
ゴブリンと狼のような生物と戦闘を繰り広げている二人の背中にむかって叫ぶ。
「了解です!一度離れますよ、ルーシー!」
「よっしゃぁ!唸れ、うちの右拳!『石砕赤拳突』!!」
ルーシーさんが叫びながら放った右の拳が赤色に輝きだす。その拳から放たれた衝撃波のようなもので、ゴブリン達を吹き飛ばした。その隙に二人は前線から離脱し、俺達の元へ戻ってきた。遠目では気づかなかったが、二人共結構な傷を負っている。
「ナオキさん、お願いします!」
「いきますよ!『治療』発動!」
俺がスキルを発動すると、範囲内にいた四人の体を光が包み込んでいく。その僅か一秒後には彼女達の傷は完全に塞がり、戦闘が始まる前の状態へ戻った。
「うぉぉ!本当にすげぇな!傷一つついてねぇじゃねぇか!!」
「凄い……これなら本当に何時間でも戦えます!!」
エイリスさんとルーシーさんは綺麗になった肌を少し見つめた後、再びゴブリン達の元へと向かっていく。
ルーシーさんの衝撃波を喰らっていたゴブリン達は、やっとの思いで体勢を立て直したというのに、彼等の目の前には元気いっぱいの戦士が二人。これが圧倒的な状況とでもいうのだろうか。みるみるうちにゴブリンの数が減っていく。
「二人とも凄いな!これなら何とかなりそうじゃないか!?」
その様子を見て賞賛の声を上げる俺だったが、その背後でフレイが不安そうに話し始めた。
「いいえ、まだです!ボブゴブリンが出てきていません!この規模の『コミュニティ』であれば、間違いなくボブゴブリンは居るはずです!」
フレイは心配そうにそう言う。俺は慌てて周囲に目を向けるが、それらしい生物は見当たらなかった。エイリスさん達がゴブリンと狼の魔物を討伐してしまいそうな勢いだ。この状況で出てこない魔物ってことは、相当臆病な魔物ということになってしまうのか?
「でも見た感じだと周りには何も居なそうだぞ?ボブゴブリンていうのは臆病な魔物なのか?」
「そんなことはありません!でも……手下が全滅させられそうだというのに、本当に気配が見当たりません。なぜでしょうか」
「もしかして居ないんじゃないのか?」
俺がそんな間抜けな事を抜かした丁度その時、エイリスさんが最後のゴブリンの首を切り落とした。
魔物が居なくなったことで安堵したのか、エイリスさんは武器を鞘にしまい俺達の方へと振り返る。汗だくになった顔でほほ笑むエイリスさんを見て、俺達の緊張の糸もほつれてしまった。
その瞬間──
「危ない!!」
ルーシーさんがそう叫んだ瞬間、俺は前方に押し飛ばされ、その真後ろで地響きのような音がした。突然の出来事に頭が追い付かず、俺は慌てて後ろへと振り返る。そこには、ゴブリンよりも遥かに大きい緑色の生物が立っており、俺の方を笑いながら見つめていた。
「フレイ!!」
三人が同時にフレイの名を呼ぶ。そう言えば、フレイの姿がない。嫌な予感が押し寄せる中、背中を押された感触を思い出し、ボブゴブリンの足元へ視線を落とす。
俺の目に飛び込んできたのは、口から血を吐き白目を向いてピクリとも動かない、変わり果てたフレイの姿だった。
「フレイ!!!」
俺は急いでフレイの体に手を当て、『治療』スキルを発動させる。
「『治療』発動!!」
フレイの体を光が包み込んでいく。フレイの目がパッと開き、彼女と目があったことで俺は安堵の息を漏らした。この世界で初めて出来た女友達なんだ。こんな場所で死なせるわけにはいかない。
「ガァァァ!!」
ボブゴブリンの雄叫びに思わず両耳を塞いで顔を上げる。その時にはもう既に、ボブゴブリンの右拳が俺の顔面に向けて振り下ろされていた。
「え?」
声を上げる間もなく、ボブゴブリンの右拳は俺の顔面を捉えた。四人の俺を呼ぶ声が聞こえてくる。その声が、徐々に聞こえなくなっていく。
ああ、俺死ぬんだ。
そう直感した。
最後の最後くらい格好つけられたかな?フレイには嫌な映像見せることになっちゃうけど、この世界で初めてできた女友達を守れたんだ。許してくれよな。
祖父ちゃん、俺もそろそろそっちに行くよ。天国に行けるか分からないけど、どうか村の皆や『戦乙女』の皆が幸せに生きていけますように。それが俺の願いだ。悔いはないよ。
目を瞑り、最後の時を待つ。自然と恐怖は無かった。
だが待てども待てども、その最後の時とやらは一向に来ない。
「……ん?もう死んじゃったのか?」
まさか痛みも無く死んでしまったのか。それはそれで良かったと思いながら目を開けると、目の前には口と目をがん開きにして固まっているフレイの姿があった。
「え!?俺まだ生きてる!?なんでなんで!?」
予想外の出来事に困惑する俺だったが、この場にもう一人現状を理解できずにいる生物が居た。今まさに俺に向かって拳を振り下ろした張本人。ボブゴブリンである。
「ガァァァァ!!」
「ヒィィ……あれ?」
そこからボブゴブリンのラッシュが始まった。右、左、右、左と交互に俺の顔に振り下ろされるボブゴブリンの拳。次第にその速度は落ちていき、最後には肩で呼吸をしながら膝をついて項垂れてしまった。
ボブゴブリンの両目からポロリと涙が零れ落ちる。
「あ、あのさ!そんなにしょげること無いよ!多分君のパンチが効かなかったのは俺が土地神だからだしさ!!ほら、元気だしなって!!」
あまりに悲しそうな目をしているボブゴブリンがいたたまれなくなり、俺はたまらず声をかけてやる。その気持ちが伝わったのか、ボブゴブリンは少し嬉しそうに頷いてくれた。
ボブゴブリンと俺の間に、友情に似た絆が芽生えようとしていたその時。
「えい」
エイリスさんが冷静に、ボブゴブリンの首を切って落とした。俺の眼前で上がる大量の血しぶき。この瞬間、俺の意識はブラックアウトしたのだった。
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