第3話 移動制限が解除されていません
突然目の前に現れた文字に戸惑いながらも、俺が『はい』の文字に指先が触れた結果、子供たちの状態は奇跡のように回復した。そのせいで村人達は俺のことを土地神様だと認定し、歓迎の宴が開かれることになったのである。
「さぁナオキ様! どうぞ召し上がってください!」
俺を案内してくれた爺さん、ザイルさんがそう言いながら野菜が山盛りに積まれた皿を手渡してきた。
「あ、ありがとうございます」
受け取ろうか一瞬迷ったが、この世界に来てから何も腹に入れておらず、空腹には勝てなかったため、あり難く頂くことにした。
皿の上から二個程野菜を手に取り、何の手を加えることもなく一息に噛り付く。ピーマンに似た形状の野菜だったため、あの苦みを期待していたのだが、思ったよりも苦みは無く、無味に近かった。
「グゥゥゥ」
俺がピーマンを食べ終えた時、村人達の方から腹の鳴る音が聞こえてきた。
「こ、こら!ナオキ様の前でなんてことするの!」
「だってお腹が……」
母親に叱られた子供が泣きそうな顔をしながら、お腹を抱え込んでいる。よく見ると子供だけでなく大人達も皆、腹が鳴らないようにお腹を押さえこんでいた。
「あのー、皆で食べませんか? 大勢で食事を取った方が美味しいですし!」
「で、ですが、それはナオキ様への供物でございます!」
「こんなに食べられませんよ!だから皆で食べましょう!?」
「ナオキ様がそう仰るのであれば……皆の者!あり難く頂戴するのだぞ!」
ザイルさんがそう言うと、俺の食事を齧り付くように見ていた村人たちが一斉に野菜のお皿へと飛びかかってきた。そして皿の上にあった山積みの野菜は、あっという間に村人たちの腹の中へと消えていった。
「ああ旨かった!こんなに食べたの久しぶりだよ!」
「ナオキ様はなんてお優しい方なのでしょう……ありがたや、ありがたや」
涙を流しながら俺に向けて拝み倒す婆さんを見るに、この村の状況は大変なものなのだろう。俺が食したピーマンもどきも、正直言って俺が畑で育てているのより小さいモノだったし、村人たちの体を見ても、その状況は一目両全だろう。
見た目的にも三十代に見える男性。その腕は女性のように細く、頬もこけている。栄養が足りていないのは明らかだ。
「ナオキ様。一つお伺いしても宜しいでしょうか?」
俺が彼らの状況を憐れんでいるとザイルさんが話しかけてきた。
「何ですか?」
「ナオキ様はいつ、神界へとお帰りになられるご予定でしょうか?もし時間があるようでしたら、我らの村をお救い頂けませんでしょうか?」
俺が居たのは日本という国で神界ではないのだが。まぁこの人達からしたら、神界に思えるかもしれない。どちらにせよ、俺が今居る世界は、間違いなく数時間前まで俺がいた世界とは異なる世界という事である。
それを証明したのも、先程俺が使用した『治療』というスキルだ。見たこともないようなものが目の前に現れ、手に触れることが出来た時点で、俺はこの場所を異世界と確信していた。
どうしてこの場所に俺が居るのか理由は不明だが、問題は日本へ帰れるか否かである。
「出来れば今直ぐにでも帰りたいんですけど、方法がわからないんです。何か知っている方いらっしゃいませんか?」
俺の問いかけに、皆が目を合わせて首を横に振る。その結果に肩を落としながらも、俺は次の質問を投げかけた。
「でしたら、ここから近くの都市に向かいたいのですが。どのくらいかかりますかね?」
「バハマの街でしたら、ここから歩いて一週間程ですが……」
ザイルさんは少し残念そうにしながら話してくれた。村人達も皆が肩を落とし、部屋の中が暗い雰囲気に包まれ始める。だがしょうがないじゃないか。俺にだって帰りたい場所があるのだから。申し訳ないが、今は他人の命に構っている余裕は無い。
「ありがとうございます。それでは準備が出来次第、バハマの街に向かわせて頂くことにします」
街に行けばここよりも多くの情報を得られるだろうし、きっと帰還の手掛かりが見つかるはずだ。そう考えていた俺の前に、再び不可思議な文字が浮かび上がってきた。
『移動制限の解除がされていないため、バハマの街への移動は出来ません』
「……はあああああ??なんだよそれ!!」
俺は驚きのあまり思わず立ち上がり、怒りの声をあげた。突然の事に村人達はビックリしていたが、それどころではない。
「移動制限てなんだよそれ!どうやって解除すんだよ!」
俺は目の前に浮かんでいた文字を怒りに任せてぐちゃぐちゃにしようとするが、初めに浮かんで来た時のように、触れることが出来なかった。そして俺の言葉に呼応するかのように、浮かび上がっていた文字が書き換わっていく。
『移動制限の解除条件:土地レベル3』
「……おーけー、おーけー。その土地レベルってのはどう上げたらいいんだ?」
この文字の仕組みは理解した。俺の言葉や考えていることに反応してくれるみたいだ。つまり聞きたい事があればそれを頭に浮かべるか、声に出せば文字が答えてくれるってことだ。
予想通り、文字は再び書き換わっていく。しかし、浮かび上がった文字は俺の苛立ちを煽るかのようなモノだった。
『土地レベルについて:一定の条件を満たすことで上昇』
「一定の条件てなんだよ!!」
眉をピクピクかせながら、俺は三度問いかける。
『一定の条件:一定の条件』
「……ふっざけんなぁぁぁぁぁ!!」
怒りのあまり、文字に向かって拳を振り下ろす。しかし俺の拳は空を切り、文字は一切のダメージを受けることなく消えていった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「な、ナオキ様? 大丈夫ですか?」
ザイルさんが心配そうに俺に話しかけてきた。俺の奇行に村人たちは怯え、子供は泣きだす始末である。
「だい、じょうぶ、です」
無理やり笑顔を作り、ザイルさんに返事をする。全然大丈夫ではないが、彼らをこれ以上怖がらせてはいけない。
「そ、そうですか。それでバハマの街にはどのように行くおつもりで?」
「その話は一旦なかったことにして貰えます?」
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