第2話 もしかして土地神?

「はぁ……これからどうしたらいいんだ」


 前を歩く大人達の後ろに続きながら俺は林の中を歩いていた。その足取りは重く、今にもその場にしゃがみ込んでしまいたいほどだ。だがそうはいかない。ここが日本で無い以上、彼らと共に行動しなければ身の危険にさらされる可能性があるのだから。


「ナオキさん。もう少しでミモイ村ですから」

「ああ……ありがとうございます」


 爺さんの優しい言葉にも、俺はそっけなく返してしまう。彼等が俺を『土地神様』と勘違いした理由が、俺が現れたのが土地神様の祠があった場所だったからだという。俺が突如現れたことで、その祠は消滅したらしく、俺は祠を目にはしていない。


 その話だけ聞けば、俺のことを土地神様と勘違いしてしまっても仕方がない気もするが、生憎俺は唯の人間だ。


 彼らも俺が気を落としているのを見て、どうやら土地神様ではないと分かってくれたようだった。それだけではなく、落ち込んでいる俺を元気づけてくれたのだ。『大丈夫です。何とかなりますよ』と。そんな風に優しく声をかけてくれた彼等を、一度でも疑った自分が恥ずかしく思えてしまう。


「着きました。ここがミモイ村です。といっても、お貸しできるのは寝床くらいになりますが……」

「いえいえ。見ず知らずの俺に寝床を貸していただけるだけでもあり難いです」


 爺さんが申し訳なさそうに頭を下げてくるが、俺は感謝の気持ちでいっぱいだった。不安に押しつぶられそうになって、泣きじゃくっていた俺の背中を摩ってくれた爺さんの手が、とても暖かく感じたのだ。


 俺が爺さん達と共に村の門を通った時、奥にあった家から男の人がこちらに向かって駆けてきた。


「ルーノ!ノイン!リーアの容態が!」


 男がそう告げると俺の横に居た二人の男女が慌てて家の方へと走っていった。ほかの大人達もその後に続くように家へ向かいだす。俺も少し心配になり、大人達の後を追った。


 家に着くとそこには四人の子供が横になっていた。皆苦しそうな顔をしており、ぜぇぜぇと息をはいている。一番先に走っていった二人は、その中の一人に寄り添っていた。


「大丈夫よリーア。お母さんがついているからね」


 子供の手を握りしめ、優しく声をかける女性。リーアと呼ばれた子は返事をする気力もなく、小さな頷きを返していた。


「病気……ですか?」


 俺は子供達に聞こえないような小さな声で爺さんに問いかけた。爺さんは俺を家の外へと連れ出し、子供達の事を教えてくれた。


「病気かどうかもわからないのです。二週間前に突然倒れたと思ったら、体が燃えるように熱くなっていたのです。今では食事を取ることも出来ません」

「そうなんですか。なにか薬は飲みましたか?」


 病院へは行ったんですか?とは聞けなかった。神などという幻想に縋ろうとしていた人達だ。病院へいけない理由があるのだろう。


「薬なんて買えるお金はこの村にはありません。生きていくだけで精いっぱいなのですから……」

「そうだったんですね。どうにか助けてあげられたら良いんですが……」


 子供達のことを思い、そう言葉にした瞬間だった。


『治療スキルの発動には信仰レベルが足りません』


 目の前に突如として不可思議な文字が現れた。その文字はパソコンのポップアップ表示のように、白い色の背景に黒い文字で書かれている。


「は?なんだこれ!」


 俺は思わず声を上げた。文字を触れようとして見たが、手がすり抜けて触ることが出来ない。


「どうしました?」


 俺の行動を不思議に思ったのか、爺さんが心配そうな顔をしながら声をかけてきた。


「これ見てくださいよ、これ!なんですかこれ!」


 俺は文字を指さし爺さんへと訴えかける。そんな俺に、爺さんは苦笑いを浮かべながら口を開いた。


「これとはなんですか?そこに何かあるんですか?」

「何かあるって……これが見えないんですか!? ここに文字が出ているじゃないですか!『治療スキルの発動には信仰レベルが足りません』って!」

「……見えませんが。ナオキさん、目は大丈夫ですか?」


 爺さんは後ずさりし、俺から少し距離を取った。どうやらこの文字は俺にしか見えないらしい。だとしても『治療スキル』と『信仰レベル』ってなんだ?まるでゲームの世界じゃないか。


 そんな考えが頭をよぎり、俺は一つの推測を思い浮かべた。日本という存在を知らなかった村人たちに、ダルフェニア王国という聞いたことのない国名。さらに目の前に浮かびあがってきた不可解な文字。この全てを繋げると──


「ここは……異世界なのか?」


 昔、友人が何度も口にしていた『異世界』というもの。俺が住んでいた日本とは異なる世界のことで、そこで耳の生えたお姉さんに鞭でぶたれたいと友人は言っていた。魔法やスキルなんていうのがあるとも話していたが、その一種が『治療スキル』なのか?だが『信仰レベル』というのが気になる。


「まぁなんにせよ、俺はもう家に戻れないってことか……」


 友人が話していた異世界について。多種多様なものがあると話していたが、そのどれもが行ったきり帰ってくることは出来ないと教えてくれた。


「リーア!いやぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺が悲しみの淵に立っていたその時、家の中から叫び声が聞こえてきた。俺は爺さんと共に急いで家の中へと入る。すると、リーアと呼ばれていた子供の口から血が流れ出ていた。傍に寄り添っていた女性は、子供の手を握りながら祈りを捧げ始めた。


「お願いします、土地神様!この子をお救い下さい!お願いします!お願いします!」


 涙を流しながら祈るその姿を見て、周囲の村人達も同じように手を合わせだす。すると俺の前に現れていた文字が書き換わった。


『信仰レベルが2に達しました。治療スキルを発動しますか? (はい/いいえ)』


「は?」


 突然の事に思わず声が漏れる。そのせいで、祈りを捧げていた村人たちの視線が俺に向けられた。彼等が祈りを捧げていたのは土地神様だ。その祈りで俺の信仰レベルが上がったという事は、俺が土地神様という事になる。


「そんなわけ……ないだろ」


 恐る恐る、俺は指を動かしていく。さっきは触れることが出来なかった文字に、俺の指先が触れた。それでもまだ信じられない俺は、新しく浮かび上がった『はい』の文字へと、人差し指を動かしていく。


 指先が文字へと触れた瞬間、俺の目の前に浮かんでいた文字はフッと消えてなくなり、かわりに子供達に向かって光の玉が飛んで行った。


 その光が子供の体に入った瞬間、荒かった息は収まり、目を開ける事すら出来なかったはずの子供達が目を開いたのだ。


「ん……お母さん?」


 血を吐き、最早死ぬのを待つばかりだったリーアが口を開いた。目は虚ろだが、確かに母を呼んだのだ。


「リーア!」


 リーアを抱きしめる母親。それと同時に歓声が沸き起こり、村人達は俺に向かって膝をつき、頭を下げ始めた。


「ナオキ様!やはり貴方は土地神様だったのですね!」

「いや、その……」


 俺は心の底から否定の言葉を述べる事が出来なかった。今目の前で起きた現象が、俺が土地神であると証明したようなものだったのだから。



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