スタッドレスタイヤでスキー場に向かうお前らへ
群馬のスキー場は、シーズン中であっても、付近の麓まではノーマルタイヤで行くことができる。※場所による
しかし、スキー場付近の山道となると、スタッドレスタイヤ、または、タイヤチェーンの着用が義務となる。
年に2~3回程度しか行かないビンボーダーの私にとっては、スタッドレスタイヤを買うお金、履き替えるお金、保管しておく場所、等々を考慮すると、スタッドレスタイヤは割高だ。
そこで、タイヤチェーンを購入した。今は、ジャッキで持ち上げずとも簡単に着脱できる、手頃なものが多い。
練習で、何度か駐車場で取り付けてみたが、なるほど、確かに簡単に取り付けられる。
たいていどこのスキー場も、「ここから先はスタッドレス or チェーンで」という案内表示看板が立てられている。広々としたチェーン着脱場もあり、山道の途中にも脇に出てくる。最近は、スキー場の公式サイトにリアルタイム道路状況が出ているから便利だ。
帰り道は必ずと言っていいほど混雑する。
営業終了時間と共にみんなが一斉にスキー場を出て、着替え、車で下山するから当然だ。
昨今は、地球温暖化の影響か暖冬が多く、スキー場付近の山道もさほど積もっていないことが多い。また、スキー場側が除雪機を走らせていたりもするので、ノーマルタイヤでも走れるんではないかと思わせるほど、シーズン中でも山道の雪が少ない。
それでもスタッドレス及びチェーン着用が義務なので、当然チェーンをつけていくわけだが、今どきチェーンをつけている人なんてほとんどいない。みんなスタッドレス。
スタッドレスは、通常の道路でも走行可能だから、雪が少ないところでは、山道でも結構、飛ばしやがる。
しかし、チェーンは。
チェーン族はそうはいかない。
チェーン族は、雪がない道を走ると、タイヤが痛みそうなほど激しい振動と共に走行することになる。
説明書にも「40km以下厳守」と書かれている。それ以上出すと、チェーンが引きちぎれてタイヤもろとも爆発して、どうなっても知りませんよ的な記載がある。
なのでチェーン族は雪なき山道をドキドキしながら40km以下を厳守し下山する。
しかし、スタッドレス族は。
奴らはそんなこととは露知らず、後ろからどんどん距離を詰めてきやがる。
するとどうだ。
私の車を先頭に、あっという間に渋滞が出来る。
くそが…
自分、これ以上加速できないんです…
勘弁してください…
途中、チェーン着脱場を見つけた私はハザートを点けて停車し、後続車を一通り行かせる。
ふう。
行ったな。
もう当分来ないな。
よし。再開。
時速40km。
すぐにまた後続車に追いつかれ、渋滞ができる。
くそが…
自分、これ以上加速できないんです…
勘弁してください…
次の着脱場はどこだ。
あそこか。
また逃げる。
一通り行かせる。
なんでこんなプレッシャーを感じながら運転しなければいけないのだ。そもそも、この山道の法定速度も40kmだったよな。あいつら50km以上余裕で出てるぞ。
どちらかと言えばこっちの方が正しい。いや、どちらかと言えばとかじゃなく、絶対こっちの方が正しい。でも、チェーン1、スタッドレス9で、多勢に無勢。勝てない。ルールも理屈も、現実の世界では何の役にも立たない。
再び走らせる。
すぐにまた渋滞が出来ることとなったが、もう山の麓まで来ていたので、次の着脱場で、チェーンを外すことにした。
この先もう雪はなさそうだし、麓だし、いいだろう。
土の上に雪が積もった、足元の悪い着脱場ではあったが、道路は目の前だし、大丈夫だろう。
17時。暗くなっていく中での作業であったが、無事チェーンを外せた。
このチェーンは、ジャッキ不要で取り付けられるが、ただ外しただけではタイヤがチェーンを踏んでしまっているので、最後に車を少し動かしてやる必要がある。
少し前進させる。
これで取れるだろう。
引っ張る。
いつもなら、スルスルと取れるチェーンが、なにかに引っかかったように動かない。
あれ?
車からライトを取り出してきて、タイヤの裏側あたりを照らす。
サスペンションに、チェーンが複雑に絡まっているのを、わずかな光で確認した。
嘘だろ。
ちょっと怖くなり、雪と混ざってドロドロにぬかるんだ地面を気にしてもいられなくなり、寝そべって手を伸ばして引っ張ってみるが、サスペンションに絡まったチェーンが、全く動かない。
泥だらけの状態で起き上がって、すぐに「お助けレスキュー隊」とかいう、スキー場が運営している車のトラブルを解決しに来てくれる、神みたいなサポートセンターに電話した。
「営業時間は終了しました」
終わった。
詰んだ。
あと15分もすれば一面真っ暗。車は動かない。一日スノボー滑って、ただでさえ体力は残りわずか。
通る車に助けを求めるか。
ただこの状態を、一般人に解決できるだろうか。スタックしたのでちょっと押してください、というのとはわけが違う。足場も悪く、暗くなっていく中で、サスペンションに絡まったチェーンを取れる素人はいるだろうか。
そもそも、そこまでして助けてあげようと思ってくれるだろうか。私なら自信がなくてできない。でも困っているのがキレイな女性だったら、信じられない底力が出るかもしれない。でも私は今、泥まみれのただの中年だ。
本当に終わったかもしれない。
ここに車を置いて、歩いて宿泊施設を探すか。
またはこのまま車に泊まって、朝を待つか。
待て待て。
おちつけ。
そもそもなぜ絡まった?
埼玉であれだけ練習してきたじゃないか。
チェーンは確実に外せているんだ。外し方に異常はなかったはず。
では、絡まったのはいつだ?
車を前に動かしたときだ。間違いない。
もしかしたら、外したチェーンを完全に地面に落としきれていない状態で、車を動かしてしまったのかもしれない。そのため、このサスペンションに絡まった。そうに違いない。
ならば。
前進させたぶんだけ、バックさせれば、元に戻るのではないか。
ライトで照らして見る限り、一見複雑に絡まっているようには見えるが、車は数センチしか動かしていないし、チェーンを無理に引っ張ったりもしていない。と考えれば、あり得ない絡まり方は、していないはずだ。
もしかしたらと思い、ゆっくりと車をバックさせてみた。
そして、もう一度チェーンを引っ張ってみる。
スルスルッとチェーンが動く。
取れる…
取れるぞこれっ…
しかしまだタイヤがチェーンを踏んでいるから、もう少し車をバックさせた。
再びチェーンを引っ張る。
スルスルっと手繰り寄せると、泥だらけチェーンが車の下から全貌を表した。
きたあああああああああああああ
取れたああああああああああああ
死ぬかと思った。
九死に一生を得るとはこのこと。
だいたい。
だいたい、だ。
雪が残る土の着脱場に停めたのがマズかった。
もう少し先に行けば、広々とした雪がないコンクリの着脱場があった。そこで作業すれば、こんなことにはならなかった。冷静に作業ができた。
なぜこんなにも早く取ろうと、慌ててしまったのか。
あいつらだ。
スタッドレス族のプレッシャーに負けたからだ。
煽られようがなんだろうが、40km制限のところを40kmで走行して何が悪いと、堂々としてれば、こんな目に遭うことはなかった。
次からは、後続車が詰まろうと、法定速度ならその距離で走行し続けよう。
雪が少ないとは言え2月の夕刻の山道。早く下山して風呂に入りたいのは、みんな同じだが、雪が残る山道、減速するに越したことはない。
警察も、一般道に隠れてネズミ取りしてないで、ああいう山道でこそスピード違反の取締をしたらどうだ。それがどれだけ市民の安全を守れることになるか。
スタッドレス族は40km制限の2月の夕刻の山道でも、50km、60km、普通に出して、チェーン族を煽って来やがる。奴らは二重三重の重罪だ。
とブツブツ言いながら埼玉に帰還した。
数週間後、またスキー場に行った。
帰り道、また煽られて着脱場に逃げた。
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