8 爆発の真相
マーリカが魔法に興味を持ったきっかけは、キラだ。キラが時折唱える魔法に一瞬で魅せられた十三歳のマーリカは、寄宿学校で魔法について学べるのでは、と期待に胸を高鳴らせた。
だが、実際に入学してみたら、殆どの科目は貴族の教養や立ち振る舞いについてばかりだ。魔法について学べるのではとワクワクしていたマーリカは、物凄くガッカリした。
一般教養の科目のひとつに『魔法の基礎知識』という初歩を学べるものはあったが、魔法の属性や魔物、精霊の存在を簡単に説明するだけの、基礎中の基礎に過ぎなかった。
魔力量と制御能力の検査は全員必須だったので、マーリカも受けた。その結果は何とも情けなく、マーリカの魔力量は人よりかなり多いものの、制御能力が憐れまれるほど壊滅的に低い為、早死にしたくなければ下手に手を出さない方がいいと諭されるほどのものだった。
尚、この双方の値が高い者だけが、王都にある魔導院や騎士団からの勧誘を在学中に受け、卒業後に入団することが出来る。
貴族であれば、家庭で専属教師が付きひと通りの勉学を学んでくるのが当たり前。寄宿学校はそれを踏まえた上、貴族としての礼儀や心得などを学ぶ場所と定義されていた。在学中に適性を見られて各省庁に勧誘または斡旋をされ、次の道へと進むのだ。
尚、マーリカの場合は、節約の為、ムーンシュタイナー卿が手ずからひと通り教えている。
令息たちは、大体ここで就職先が決まるのが通例だった。令嬢たちに関しても、能力が高ければ職に就くことは稀にだがあった。だが大抵は、学園に通う二年間でめぼしい相手を見つけておくのが主流だ。早い者勝ちというやつである。
ちなみに、取り立てて素晴らしい才能も縁もなかった令嬢は、卒業後に社交界デビューを果たした後、婚活に勤しむ。この時、学園で築いたコネがものをいった。そういう意味でも、貴族にとっては、学園で過ごす二年間でほぼ将来が決まると言っても過言ではない重要なものだった。
そんな中、マーリカは在学中に誰かに言い寄られることはなかった。その主な原因は、マーリカが美麗過ぎる従者のことばかりを話題にするので付け入る隙がなかったことと、それでもめげなかった一部の者が長期休暇に避暑地の別荘に招待し共に過ごしたいという招待状を実家に送っても、その金銭的負担からムーンシュタイナー卿が「無駄金を払う余裕はない」と泣く泣く断りを入れていたことによるものだった。
お呼ばれするにも、それ相当の土産物を持参するのが貴族の礼儀とされている。ドレスの新調も必要だし、お付きの侍女だって必須になる。身ひとつでこんにちはとはいかないのだ。
だが、基本マーリカの面倒は執事の妻のマーヤが掃除や料理と兼任して見ていたから、離れられない。マーヤがいなければ、ムーンシュタイナー卿が飢える。キラも料理は出来たが、「それって従者の仕事ですか? 臨時給金は……」と言われてしまえば、強くは頼めない。
ならキラを行かせようかとも考えたムーンシュタイナー卿だったが、キラはマーリカの従者ではあるが、ムーンシュタイナー卿自身が片時も離したくない。
それに実のところ、可愛いひとり娘のマーリカを、どこの馬の骨とも知らない令息の別荘になんか送り込みたくなかった。かといって、そいつを招待するほどの甲斐性もない。
その全てが、「無駄金」のひと言に込められていたという訳だ。
ということで、在学中は魔法について学べなかったマーリカだったが、卒業後に実家の西塔にある書庫をぶらついていたところ、古臭い魔導書を発見する。
その日から、マーリカは時間を見つけては魔法の勉強に励んだ。実践に移さないという約束ではあったが、キラが先生となってくれたので、それが余計にマーリカのやる気を出させた。
黒竜が墜落して領地を燃やし始めた時、ムーンシュタイナー卿は嫌がるキラを連れて領内の視察に出ていたところだった。二人はすぐさま異変に気付くと、近くにいた領民と共に城へと急いだ。だが、火の勢いは増すばかりでなかなか近付けない。二人は焦りに焦った。
一方マーリカはというと、頑丈な領主城に領民が逃げてきたところを見計らって、自分がなんとかしようと決意する。隣に今、頼りになるキラはいない。このままでは、大好きな領地が滅びる。
キラは魔法の制御は得意で器用ではあるが、魔力量は並程度と言っていた。つまり、黒竜の炎の前では、キラは対抗出来ない。これは緊急事態だし、多少ずれようが的が大きいので誤差範囲だろう。そう考えたマーリカは、燃え盛る領地に向かって駆け出し、覚えたての水魔法を唱えた。
まさか放った魔法が黒竜本体に反応するなど、誰が予想しようか。マーリカの唱えた水魔法は、炎を吐く黒竜の口の中に逆流して入り込み、内部で激しく反応し始める。次の瞬間、炎を吐くのをやめた黒竜の口から出てきたのは、大量の水だった。
魔力が抜けるかのように水流に溶けていく黒竜の身体から、鱗が剥がれては魔魚に変質し泳ぎ始めていく。そうして最後の鱗が魔魚に変わった時、ムーンシュタイナー領は水没したのだ。
ムーンシュタイナー卿とキラは、火が消えたお陰でどうにか領主城に戻ってくることが出来た。そこでマーリカの安全を確認すると、二人同時にヘナヘナと地面にしゃがみ込んでしまう。
二人のそんな様子を目の当たりにしたマーリカは、自分の魔法がとんでもないことをしでかしてしまって絶望されたのだと思った。
その後は、領民に寝場所を与えたり全員の無事を確認したりと処理に忙殺されてしまい謝罪する機会を失ったが、マーリカはマーリカなりに深く反省していた。だから、汚名返上の機会を窺っていたのだ。
そんな事情から、その日マーリカは、西棟の埃が積もった書庫で魔具についての文献がないか漁っていた。
マーリカが魔法を学ぶきっかけとなった魔導書を見つけたこの辺りにもしかしたらあるのでは、とあたりをつけて。そして、本当に見つけたのだ。『作ってみよう、あなただけの特別な魔具』という何となく怪しげな題名の魔導書を。
初めは、キラを待とうと思った。手が空き次第、きてくれることになっていたからだ。なので、いつも魔法を教わる西棟一階の石の机の上に魔導書を広げて待っていたが、ムーンシュタイナー卿に捕まっているのか、キラは一向に下に降りてこない。
痺れを切らしたマーリカは、魔魚から取り出した核が入った瓶を見つめた。魔導書には、「魔力をうまく注入出来ないと核が爆発することがあります。安全を確保しましょう」とある。
ならば、とマーリカは東棟に向かうと、鎧を探した。まずは兜を運び、往復して鎧を運ぼうとしたが、重くて持てない。仕方なく上半身だけ取り外すと、ズルズルと通路を引き摺っていった。
子供たちが「マーリカ様なにやってんの?」と集まってきたので、これから実験をするから離れているのよと伝えつつ、運ぶのを手伝ってもらった。
少し生臭い黒光りする核を瓶からひと粒取り出すと、「初級編・火の属性を込めてみよう」という頁を繰り返し読んでいく。マーリカの場合、どちらかと言わなくても失敗する可能性の方が高い。
暴走して魔導書が燃えたら困ると、核入りの瓶と一緒に壁の影に隠した。マーリカはおもむろに鎧と兜を着用すると、核に魔力を注ぎ始める。
成功したら、キラが褒めてくれるかもしれない。大失敗して領地を水浸しにし、キラに負担を掛けてしまっている今、「お嬢もやれば出来るじゃないですか」と滅多に見られない笑顔で言われたかった。
核が少しずつ魔力に反応し、赤く瞬き始める。なかなかいい感じじゃないかと思ったマーリカだったが、どこで注入を止めたらいいかが分からない。パンパンに膨らんだ核に、「もう少しだけ」と魔力を注いだその直後。
核が爆ぜた。
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