7 爆発発生
「な、なに今の音おおっ!?」
半泣きのムーンシュタイナー卿が、情けない声を上げた。それでも、振動で崩れ落ちそうになった書類の山は、腕で必死に堰き止めている。
キラは耳を澄ませているのか、じっとその場に佇んでいた。だが、こめかみをピクリとさせると、パッと執務室から飛び出す。灰色の石壁と石床で作られた通路に出て、左右を見渡した。叫び声や怒鳴り声が聞こえる方へ足を向けると、一気に走り出す。
古い城ではあるが、敵襲を想定して建てられただけあって、作りは頑丈だ。あちこちで、腰を抜かした様子の領民が、隣の者と手を取り合い何事かと震えていた。崩れ落ちている様な場所は、特に見当たらない。
キラは領民たちに声を掛けることなく、長い通路を大股で走り抜けた。日頃は冷静さを失わない冷ややかな印象を受けるその顔には、今は明らかな焦りが浮かんでいる。
城は、四階層の作りだ。一階には食堂や調理場、風呂場や会議室などがあり、二階は元々騎士や従者などが居住する階となっている。現在は、各部屋に領民が住んでいた。
三階は、来客室や執務室など領主の仕事に関わる部屋が揃っている。最上階である四階には、領主の寝室やマーリカの寝室があった。
ちなみに領民は、四階への立ち入りを禁じられている。警備などあってない様な状態の城で、万が一マーリカに何かあっては拙いからだ。
マーリカは、領民が自分に危害を加えるなんてないないと笑っていた。その為、マーリカが危険の意味を理解していないと気付いたキラが勝手に領民に通達して、こうなった。なお、領民たちは少しニヤつきながら「うんうん、心配ですもんねえ」と賛同して、キラにギロリと睨まれている。
ちなみに、マーリカの部屋はムーンシュタイナー卿とキラの部屋の間に挟まれる位置にあった。何かあったらどちらかの部屋に逃げ込める様にとの処置だ。なお、「俺家族じゃないんですけど何でこの部屋なんですか」というキラの言葉は、現在に至るまで全員に無視されている。
更に、城の両脇には東塔と西塔があり、東塔の地下にはもう長いこと使われていない牢屋があった。一階部分は兵の詰め所になっており、中庭の訓練場へ直接行ける作りになっている。その上には武器庫や兵の休憩所があり、最上階からは城の屋上に行けた。だが、如何せん兵を雇うお金をケチって私兵のひとりもいない為、現在東塔は全く使われていない。毎夜、子供たちの格好の肝試しの場所となっている。
反対側の西塔は、回廊状の書庫だった。ただ半分物置化しているので、上の階にある書庫に辿り着きたくばガラクタを踏み越えていかねばならない。ムーンシュタイナー卿がキラに「片付けてくれないかなー」とさり気なくおねだりしていたが、完全に無視されていた。
音は、どうやらその西塔から聞こえてきた様だ。キラは階段の壁に手を付きながら、数段飛ばしに降りていく。一階まで一気に降りると、西塔の入り口付近に人だかりが出来ているのを見て更に必死な形相になった。
西塔に続く通路の入り口からは、黒煙がもうもうと上がっている。辺りには、火薬の様な臭いが充満していた。
「――何が起きたんだ!?」
キラの怒声に振り返った領民たちが、一斉に話し始める。
「突然西塔の奥から炎が!」
「爆発音がしたと思ったら、今度は煙が出て!」
すると、尻もちを付いてえぐえぐと泣いている男の子が、「マーリカ様があの中にいるんだよお!」と叫んだ。
「え! お嬢が!?」
キラがしゃがんで男の子の肩を掴むと、男の子はキラの勢いに怯えたのか、もっと泣き出してしまう。
「うえ、ええええんっ!」
「泣くな! お嬢は何をしたんだ!?」
マーリカが何かやったことが前提になっていることに、その場の誰ひとりも言及しなかった。まあ大体いつもそれで合っているからだ。
「な、なんか、上で魔導書を見つけたとか、核がどうとか……っ」
「……あの馬鹿!」
キラは勢いよく立ち上がると、通路から吹き出す煙に向かって駆け足で近付いて行く。周りでワタワタしている領民に、「離れていろ!」と指示した。平民の従者の癖に偉そうな口の利き方だが、領地内でのキラの立場は実質頂点にある様なものなので、領民は素直に従う。一番頼れるのはキラ。間違いない。
キラは煙に向かって手のひらを向けた。キラが口をモゴモゴと動かした直後、キイイイン……ッという高い音が辺りに鳴り響く。領民たちが顔に恐怖を浮かべながら辺りを見回していると、キラがもう一度「離れていろって言っただろ!」と怒鳴った。
まだ近くにいた領民たちは、つまずいたり転んだりしながら一斉に西塔から離れる。それを横目で確認したキラが、詠唱を完成させた。
「全てを
直後、唐突に振り始めた雪が、恐ろしい勢いで通路に向かって吹き荒れ始める。手を正面に向けたまま、キラは歯を食いしばりながら少しずつ前へと進んでいった。
煙は吹雪に徐々に消されていき、壁面や床に黒い
「はあ……っ! はあ……っ! お嬢!? どこだ!?」
ろくに魔法など知らない領民には知る由もなかったが、キラが唱えたのは、氷魔法の中でも難易度の高い呪文だ。効果は高いが、その分魔力を食う。キラの息が上がっているのは、ごっそりと魔力を持っていかれた所為だった。
「く……っ! お嬢! 聞こえるか!? 返事しろ!」
通路を抜け切り小広間に入る。円形状のそこの中心にあったのは、何かが激しく爆ぜた様な黒い煤が四方八方に飛び散った形跡のある石の机。その後ろ側の床に、何かが倒れている。
それは、鎧の頭部と上半身だった。
「――は?」
慌てた様子で回り込む。鎧の前面には、黒い煤が激しくぶつかった筋と、大きな凹みがあった。鎧から飛び出しているのは、着古した細身の質素なドレスと、――赤味がかった、所々が焦げてチリチリになった金髪。
「……お嬢!!」
キラは鎧を着て仰向けに倒れているマーリカの前にしゃがみ込むと、強引に鎧から身体を引っこ抜き始めた。頭部は大きさが全く合っていなく大きかった為、あっさりと取れる。現れたのは、目を瞑ったマーリカの顔だった。
「おい! 嘘だろ、おい! ……マーリカ! マーリカ!!」
マーリカの上半身を起こすと、すっぽり被る仕様の鎧を慣れた手つきでパッと脱がせる。腕の中にマーリカを抱きかかえると、胸に片耳を当て、次いで口元に耳を寄せた。
「! ――はあぁ……」
心音と呼吸を確認したキラは、安堵からか長い息を勢いよく吐く。そのままマーリカの胸元に額を付けていたが、顔を上げると、マーリカを横抱きに抱き上げた。
「このお転婆が……っ! ――ん?」
キラが、鎧の胸の部分に刺さっているままの、黒焦げになった石に気付く。暫く凝視していたが、目を逸らした後は踵を返し、駆け足でマーリカの私室へと向かったのだった。
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