9 一攫千金宣言
意識が戻ったマーリカが最初に思ったのは、後頭部が痛いなあ、ということだった。そしてそこに、何かひんやりとした物が当てられている。そちらは気持ちがいい。
それと同時にシュワシュワという音と何かが焦げるような匂いが漂っていて、マーリカは自分が置かれた状況がよく分からなかった。
ゆっくりと目を開ける。見慣れた大きなガラス窓の先に見える露台の隙間から、太陽光に輝く湖が見えた。どうやら、自分の部屋にいる様だ。
「ん……私、一体……?」
起き上がろうとすると、後頭部がズキン! と痛んで「ぐうっ」と悶絶する。
「――お嬢!」
「えっ」
涙目になっていると、寝台がギシッと音を立てて沈んだ後、背中側からキラが覗き込んできた。さらりと肩から流れる銀髪最高触りたい、とマーリカはぼんやりと思う。
血相を変えたキラが、噛み付く様に尋ねてきた。
「お嬢! 痛い所は!?」
「えっ?」
「どこか痛い所はないですか! あったらすぐに言って!」
いつもは憎まれ口と小言ばかりのキラの口から、そんな言葉が聞けるとは。感動のあまり、マーリカは普段よりもつり上がったキラの青い目をうへへと見つめる。するとキラの手が後頭部に伸びてきて、遠慮なく触れた。途端、マーリカは余りの痛みに悶絶する。
「うぐうっ!」
「ここ以外痛い所はないかって聞いてるんですよ! 聞いてるんですかお嬢!」
「い、痛い、そこが痛い……!」
マーリカが涙目で訴えると、キラは後頭部から手を離しつつハアーッと長い息を吐いた。
「あんな鎧被って前方から爆発をもろに受けたから、倒れた衝撃で兜の後ろに思い切り頭をぶつけたんですよ。ほら、物凄いコブになってるでしょ」
「うぐうっ! さ、触らないでええ……っ!」
「勝手にやった罰です。これでも大分マシになったんですよ。もっと酷いコブだったんですからね」
「え……?」
どういうこと? とマーリカが目でキラに尋ねる。キラは不貞腐れた顔で、ブツブツ言い始めた。
「俺は治療魔法は得意じゃないんですよ……完全に治せなくて悪いけど、今日はでっかい魔法も使ったからこれが限界で」
それにお嬢の髪の毛がチリチリだったからそっちも直したかったし、とキラが視線を落とす。チリチリ? どういうことかとマーリカが目をぱちくりさせると、キラが寝台の上に広がっていたマーリカの髪を手に取った。
確かに、髪の一部の先端の方がチリチリになっている。キラはその部分を手に取ると、手のひらを重ねてゆっくりと手をずらし始めた。すると、焦げた匂いが漂い始める。さっきの匂いの元は、どうやらこれらしい。
そして手のひらから出てきたマーリカの赤味のある金髪が、なんと真っ直ぐに戻っているではないか。
「こうして熱を掛けて伸ばしてたんです。ようやく終わりましたよ、全く」
驚くべき魔力制御能力だ。マーリカだったら、多分髪が燃え尽きている。
「キラ、凄い!」
感動したマーリカだったが、キラは褒めてもにこりともしなかった。普段だったら憎まれ口を叩きながらも満更でもなさそうな顔をするので、どうやら今は相当機嫌が悪いらしい、とようやくマーリカは気付く。
「……そうじゃなくて。お嬢の髪、折角綺麗なのにこんなにしちゃって。もっと大事にしないと駄目でしょ」
「……?」
き、綺麗!? 普段皮肉しか出てこないキラの口から綺麗という単語が飛び出してきて、マーリカは思わず自分の耳を疑った。
余程素っ頓狂な顔をしていたのか、キラが更にムスッとする。
「……何ですかその顔は」
「き、綺麗って……どうしたのキラ」
「俺が美醜も分からない奴だと思ってません?」
美醜は分かっても人を褒めることはないと思っていたマーリカだったが、今そんなことを口にすれば確実にキラの雷が落ちる。
「そ、そんなことないわよっ」
「怪しいな」
キラが訝しげに顔を近付けてきたので、マーリカは心臓がドキドキしてしまうのを止められなかった。キラはまつ毛まで銀色で、近くに寄ると透けて見えてとても綺麗なのだ。こんな顔に生まれたら人生得するのかしら、と自分のおっとりにしか見えない顔を鏡で見ては溜息を吐いた記憶が蘇る。
キラは、マーリカを見つめたまま一向に目を逸らさなかった。美形に至近距離で見つめられると、いくら見慣れた顔とはいえどうしたって照れくさくなるものだ。だがマーリカは勿体ない、とここぞとばかりにキラを見つめた。キラの顔の部分をひとつずつ観察しては、やっぱりうちの従者は顔がいい、と心の中で頷く。
あまりにマーリカが無反応だったからか、キラがぼそりと口を開いた。
「……お嬢、俺が怒ってるのって分かってます?」
マーリカ自身あまり自分が鋭くない自覚はあるが、ここまではっきりと顔に出されればさすがに分かる。マーリカがキラとの約束を破って勝手に魔法を使ってしまったからだ、と分かっているつもりだ。
「それは、ええ。ご、ごめんなさい」
マーリカが殊勝に謝ると、キラはマーリカの髪の毛を再び手に取った。もうチリチリの場所はない様に見えるけどまだあったのかしら、とマーリカは不思議に思いながらも、その手の動きに目を奪われる。
キラの手は指が長く、形がすこぶるいい。剣だこがあってもそれすら格好いいと思えるのは、所作が綺麗だからだろうか。
キラはまだ勘弁してくれるつもりはないらしく、問いかけを続ける。こんなに近い距離にずっといるのは、馬に相乗りしていた時以来だ。あれは密着出来てよかった、とマーリカは当時を思い出す。
「何に怒ってるか、本当に分かってます?」
「え? その、私がキラが来るのを待たずに勝手に魔法を唱えたから……よね?」
「……はあー」
忌々しげに顔を顰めたキラが、またもや溜息を吐いた。どうやら違うらしい。だが、他に思い当たる節はない。
「? 違うの?」
キョトンとしたマーリカを、キラはジト、と見下ろす。相変わらず苛立ちを隠さないまま、手に持った髪の毛をキラの口元に近付けていった。
ひえっ! 何をしてるの!? とマーリカがドキドキする中、キラはしれっと続ける。
「分かってないな、お嬢」
「へ……っ」
そしてキラは、何故かマーリカの髪の毛に唇で触れた。マーリカの目が、これ以上ないほど大きく見開かれる。
「キ、キラッ」
キラは、髪の毛に口づけしたままニヤリと笑った。これはからかわれているに違いない、とマーリカは気付いても、ドキドキは収まらない。
「あのね、お嬢。俺が言ってるのは、お嬢の身体に傷が付……」
「――マーリカぁぁぁぁっ!」
バアアンッ! と突然部屋の扉が開いたかと思うと、ムーンシュタイナー卿が部屋に飛び込んできた。娘を溺愛しているので、当然ながら涙目だ。
マーリカは、キラの「チッ」という小さな舌打ちを聞き逃さなかった。領主に舌打ちする従者。さすがはキラだ。
「キラぁ! 目が覚めたなら教えてよおっ!」
うわああん! と横になっているマーリカの前にしゃがみ込むと、ムーンシュタイナー卿はキラを責め始めた。
「たったさっきですよ。お身体の具合を伺っていたところだったんです」
キラはさり気なく髪の毛から手を離す。
「話し声が聞こえたから、もう我慢出来なくてさ! マーリカ、お前はなんて無茶なことをしたんだ! お父さん心配で胸が張り裂けそうになったよ!」
「ご、ごめんなさい。ちょっと加減が分からなくて」
でも、とマーリカが続ける。
「これでどの程度魔力を注いだら爆発するか、感覚が掴めたと思います!」
「マーリカ? 何を言って……」
「お嬢、おい、待っ……」
ムーンシュタイナー卿とキラが、慌て出した。だが当然、マーリカは止まらない。
「これならきっと、魔具を量産出来ます!」
「おーいマーリカ」
「お嬢……」
呆れ顔の二人に、マーリカはにっこりと笑いかける。
「私、やってみせます! 大切な領地を水浸しにしてしまった償いの為にも、きっと一攫千金を勝ち取ってみせますから!」
決意を新たにしてぐぐっと両方の拳を握り締めたマーリカに、ムーンシュタイナー卿もキラも、もう何も言わなかった。
――こうなったマーリカがどうせ聞かないのは、二人にはよく分かっていたから。
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