6 キラとムーンシュタイナー卿
方針が決定したところで、領民は各々作業を分担し、ひとまずは当面の生活費を賄う為の安定収入を目指すことにした。
現在、ムーンシュタイナー領は非常事態下にある。黒竜が炎を吹いた時点で領民の家はほぼ焼けてしまい、焼け残った家屋も魔魚が泳ぐ湖に水没してしまっていた。その為、着る服もろくになく、購入に必要な金もない。
とりあえずは魔魚を食べれば飢えはしないが、このままでは見た目も貧乏ったらしくなってしまう。質素でもせめて身綺麗でいたい、というのが領民のささやかな願いだった。
ちなみに、周辺の領主たちから物資や金銭の援助がないかなーと淡い期待を持っていたムーンシュタイナー卿だったが、一度頼られたら以後吸い付くされるまで頼られるのでは、と周りの領主は徹底無視を決め込んだらしい。先日湖の外側がどうなっているかを確認してきた領民が、その噂を仕入れてきていた。
ムーンシュタイナー卿は、キラの勧めで王都に災害時の援助を申請した。だが、現在隣国が何やらきな臭いという情報を得た王城は目下緊急対策に追われており、王都よりも領地が狭い弱小領の案件を完全に後回しにした。兵力としてもほぼ期待出来ない人口の上、毎年収めてくる税収も可愛らしい金額だ。そんな領地など、王都にとってはなくなろうがどうでもいいのだろう。
「じゃあ税金返してよ……!」とムーンシュタイナー卿がヨヨヨと泣いてしまったのにはさすがに領民も同情して、彼の肩をぽんと叩いて串に刺さったこんがり焼けた魔魚を手渡した。ムーンシュタイナー卿が食べた魔魚は、塩味がピリッと効いて美味しかったそうだ。
という訳で、周りには一切頼れない。そうなると、頼れるのは領主体で行なう事業のみだ。いまここで領主領民一丸となって稼がねば、本気で滅びる。一家離散ならぬ一領離散になりかねない。
「うーん」
切れ長の青い瞳をスッと細めながら、キラが領主の執務室で唸った。冷たい印象を与える見目麗しい彼の前には、ひょろっとした体型のムーンシュタイナー卿が不安そうにキラの顔色を窺っている。
どこからどう見ても立場的におかしいのだが、ムーンシュタイナー卿はこの優秀な従者を心底頼りにしていた。キラが頷けばムーンシュタイナー卿は安心して領民に指示を出せる流れが、この三年ですっかり定着していたのだ。なので、これは非常事態だからではなく、日常的に見られる光景である。
キラが時折「何で俺がこんなことまで……」と口の中でぼやくことはあったが、ムーンシュタイナー卿はその瞬間だけ耳が遠いことにしている。そこまでがもう全てお約束になっているので、領民もキラがぼやいているのを聞いたとしても、「何も聞こえませんでした」という態度を徹底して貫いていた。
これまでの自活出来ていた頃ならともかく、今のこの状況では頼りないムーンシュタイナー卿と何をやらかすか分からないマーリカに任せていたら、領は滅びへの道を突き進む。領民の共通認識であった。
「これだと、ここに入ってない細かい業務をしている人がお給金もらえないですよ。担当別で日当を決めるのは得策じゃないかと」
「ええ!? いいと思ったんだけどなー」
キラからダメ出しをされたのは、業務分担表と業務別の日当一覧だった。
ムーンシュタイナー卿はぶーっと唇を尖らせたが、勿論キラは一瞥をくれただけで相手にしない。
「大きな子供は小さな子供の子守をしてますし、食事は奥様方が当番制で全員分を作ってますよね。掃除だって洗濯だって、やるのは大変なんですよ」
「あー、そうだよねえ。マーヤももうこの人数を束ねるのは疲れたってこの間食卓の上に突っ伏してた」
情けなく眉を垂らしたムーンシュタイナー卿が、アハハと頭を掻いた。そして、キラの冷ややかな視線に耐えられなかったのか、即座に笑顔を引っ込める。
マーヤというのは、執事のゴーランの妻だ。元々ムーンシュタイナー卿とマーリカの洗濯物は、彼女が担当していた。ついでに領主城の使用部の掃除に加え、料理も担当している。今回領民が城に住み始めたことから、彼女が城内の細々としたことを指揮していた。生真面目で静けさを好む彼女がこの大任に参ってしまっているのは、皆分かっていた。分かっていても他に人がいないので、慰めながらやらせている。全員、鬼だった。
「ここはひとまず独身、夫婦、子供がいる夫婦の段階で固定金額を設定して、頑張り具合によって報酬を上乗せする形はどうですかね」
「なるほど、さすがはキラ! 視点が鋭いね!」
ニコニコしながら言われたキラは、横を向くとそっと溜息を吐く。ムーンシュタイナー卿に見せられていた紙を裏返すと、サラサラと数字を記入していった。
「全世帯数です。これがそれぞれの数。一体どれだけ稼げるのかはやってみないと何とも言えないので、まずは一週間の収支を見てみましょうか。それを平均化して、食費と雑費をまずは引いて、そこから交通手段の改良工事にかかる費用を引いて、余った分を平等に分配しましょ」
「あ、ねえ! ちなみに、僕もお給金はもらえる?」
おずおずと聞いてきたこの領の領主を見るキラの目は、可哀想な子を見るものだった。
「……平等に」
「あ、よかったあ~! 領主だからないとか言われたらどうしようかと思っちゃったよ! あはは!」
「……ハアー……」
キラはそれは深い溜息を吐いた後、立ち上がるとムーンシュタイナー卿に伝えた。
「現在業務の班分けを領民がしていますので、明日から市場で商売を始めます。来月の場所代が払えないと本気で拙いですよ。笑ってる場合じゃないですからね」
キラの冷めきった目に、ムーンシュタイナー卿は焦り顔でこくこくと頷く。
ムーンシュタイナー領だけでなく、それぞれの領では市場が開かれている。元締めに毎月場所代を支払うことで、他領からでも市場で商売することが可能だ。
そこで、ムーンシュタイナー卿がハッとした。
「ま、拙い! うちの領の市場の場所代ってもしかして日割りで返さないといけないのかな!」
「……もう先週から、水没していない領境の土地に市場を再開させてますよ」
「あ、そうなの? よかったあ……!」
あからさまにホッとした表情を浮かべたムーンシュタイナー卿を見て、キラが先程のよりも更に深い溜息を吐く。
「毎日食べている野菜がどこから仕入れられたと思ってるんですか。あれは市場で売れ残って安価になったものを、なけなしの領のお金で買ってるんですよ」
「あ、そういえばそうだよねえ! やっぱりうちの領民って逞しいよね! でも、本当に日割り返金とか大丈夫?」
まだまだ不安らしいムーンシュタイナー卿が、上目遣いで自分のところの従者に尋ねた。キラは、姿勢良く立ったまま自分の雇い主を見下ろす。
「一番顔が怖いアイクが『まさかうちの領がこんな目に遭ってるのに金返せとか言わないですよねえ?』と脅……凄ん……お願いして回ったので、問題ありません」
「今なんか物騒な単語言いかけなかったかな?」
ムーンシュタイナーの問いかけに、キラは無言で滅多に浮かべない笑みを浮かべた。
「じゃ、じゃあ僕はマーリカの進捗を見てこようかなあー……?」
そろーっと逃げ出そうと立ち上がったムーンシュタイナー卿の襟首を、キラがむんずと掴む。
「机の上の書類を片付けるのが先では?」
執務机の上に山積みになった書類の束を指差すキラの迫力に一瞬で負けたムーンシュタイナー卿は、すごすごと書類の前に座った。
パンパンと手を叩いたキラが、「俺が様子を見てきますから」と少し態度を軟化させた、その時。
ドゴオオオオオオォォォォンッ!!!!
物凄い爆発音が、振動と共に城内に鳴り響いた。
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