5 アレは嫌

 調理台の横に並べられた料理を、二人並んで見つめる。魔魚は、まさか人間に捕まって食べられた上に、ここまで好き勝手に料理されるとは思ってもいなかっただろう。


 マーリカが、ふう、と小さな溜息を吐いた。


「でも、放蕩息子とかが婿にくると、今後の領地経営に苦労するのは目に見えてるじゃないの。だからせめて領地に少しでも魅力があれば、若干まともな人がひとりくらいは立候補するかなって」


 マーリカとて、いくらふわふわしていても領主の娘だ。自分の我儘だけで領地を返上する訳にはいかないことくらい、理解していた。


 従者のキラが格好良くて頼りになって「格好いいなあ」と毎日内心うへうへニヤついていても、その先なんてないことくらい、百も承知なのだ。マーリカにとってキラは自慢の従者で愛でる対象だけど、それ以上にはなり得ない。


 それが出来ない程度には、マーリカは父親もこの領地も愛していたから。


「でも、今のままだと、あの人が名乗りを挙げそうで……」


 想像しただけでゾクゾクッと怖気が襲ってきて、マーリカは両手で自分の二の腕を抱きしめた。


「……ああ、アレ」


 キラが実に嫌そうな顔でアレと言った。


「そう、アレ」

「アレは嫌ですよね」

「でしょ?」


 アレで通じてしまう辺りはさすがにどうなのかとマーリカも思ったが、アレはアレなのだ。隣領ナイワールの領主の次男、シヴァ・ナイワールのことだ。


 年齢は二十歳を少し超え、そろそろ結婚適齢期を迎えているシヴァだったが、とにかく態度が横柄。常に上から目線。そして事ある毎にムーンシュタイナー領にやってきては、ぴっちりと整えた口ひげを撫で付けながら「俺が結婚してやってもいいんだぞ? お願いしますと頼むならなあ! わははは!」と言っては、キラに失礼がない程度に追い返されていた。


「口ひげは生理的に受け付けないのよ」


 鳥肌を立てながらマーリカがゾッとした様に呟くと、暫く考え込んでいたキラが、おもむろに口を開いた。


「……お嬢、魔物には核と呼ばれる魔力の源があることは知ってますよね?」

「へ? あ、ええ、勿論学園で習ったわよ。人間が誤って摂取してしまうと魔人化したりする可能性もある危険物なのよね?」


 なので、魔魚の心臓の隣に存在するマーリカの小指の爪程度の大きさのそれは、食べる際にきちんと除去し、内臓と一緒に湖へと捨てられていた。そうしておけば、魔魚がそれを食べてくれるのだ。


 キラが、真剣な眼差しでマーリカを見ながら続けた。


「以前聞いたことがあるんですが、あれをうまく利用すれば魔力に満ちた魔具が作れるんだそうです」

「魔具……」


 キラの話では、王都の賢者や魔術師がお小遣い稼ぎに作ったりしているらしい。それを破格の値段で売っても売れるのは、そもそも魔物の核が簡単に手に入らないのと、魔力操作に長けた者でないとうまく作れないかららしい。


 マーリカは、やっぱり目をキラキラと輝かせる。完全なる尊敬の眼差しだ。


「キラは物知りなのねえ……!」

「昔、少しだけ王都にいたことがありまして」

「そうなのね……!」


 にこりともせずに言われるのは慣れっこなので、マーリカは気にせずに考え始めた。


「でも、魔具なんて作ったことがないわよ」


 キラが、若干言いにくそうに言う。


「……少しだけなら、経験があります」

「え?」


 キラって一体何者!? とついマーリカが思ってしまっても、これは仕方ないことだろう。キラの経歴は、本人が語ろうとしないので、マーリカもムーンシュタイナー卿もこれまでは深く尋ねたことがなかった。へそを曲げられて「辞めます」と言われる方が困るからだ。


 だけど、彼が持っている能力はあまりにも多岐に渡り優秀過ぎる。まさかの魔具作成経験まであるとすると、実はかなりの秘密を抱えているんじゃないか。


 勿論、辞められては困るので無理には聞き出さないが。


 キラは淡々と続ける。


「幸い、今年はまだ半分以上あります。最悪、年末の納税の時期までにある程度形に出来れば、これを理由に延納申請も出来るかもしれないですよ」


 正直、魔魚料理を売るだけでは大した稼ぎにはならないだろうとは思っていた。元手はタダとはいえ、領地は水没したままだ。所々残っている高地に橋を繋ぐことも、今後は考えて行かないといけない。交易にも支障が出まくりな上、船がないと外にも行けないのだから。


 お金はいくらあっても足りない。だけど、元手タダで魔具を量産出来るとしたら――?


「――キラ! 貴方やっぱり凄いわ!」

「うわっ」


 あまりの嬉しさに、マーリカは自分より頭ひとつ分背の高いキラの引き締まった身体に抱きついた。


「これなら、もしかしたらうまくいくかもしれないのよね!? そうしたら、アレに嫌味を言われながらお婿さんに来てもらわなくても済むのよね!?」

「お、お嬢……っ」


 普通の令嬢は、従者になんて抱きつかない。これでも二年間学園に通っていたから、マーリカにだってその辺りの常識はある。


 あっても、それでも思わず抱きついて喜びを表さずにはいられなかったのだ。


「キラ! 頼りにしているわよ! 頑張りましょうね!」


 キラを抱きしめたままぴょんぴょん跳ねる一見おっとり顔のお転婆令嬢をぎょっとした顔で見下ろしていたキラだったが、彼の口角が小さくだが上がったことに、キャーキャー飛び跳ね続けるマーリカは気付かなかった。

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