4 魔魚料理

 キラは、腕に抱えるほどの大きさの魔魚を、綺麗に分解していった。本当に器用な従者だな、とマーリカはその手さばきをうっとりと眺める。


 自分が包丁を持つと、相手が柔らかい素材であっても何故か大体血を見る。なのにどうしてキラは、怪我ひとつせずにこんな硬い魔魚をさばけるのか。不思議だなあと、マーリカは首を傾げた。


 そんなマーリカをキラは何か言いたそうに見ていたが、諦めた様に溜息を吐く。多分、マーリカが考えていることなどキラにはお見通しなんだろう。キラはそういった洞察力に優れていた。かゆい所にすぐ手が届くのも、この洞察力があるからだろうとマーリカは思っている。ちょっと無愛想で口とついでに態度が悪い程度で後は完璧なキラなしになんて、もう生きていけない。マーリカも、ムーンシュタイナー卿も。


 マーリカが見守っている間に、キラは眉間に皺を寄せたり時折舌打ちをしながらも、第一回目の解体と料理を完成させた。


 身の部分では、塩漬けと酢漬けを作った。すぐには食べられないが、元の味を知っているだけに期待出来る。どうやって食べようかと今から想像するのが楽しみだった。ちなみに、節約第一のムーンシュタイナー家には、大量に保管されていた使用済み瓶が腐るほどあった。やはり物は大事に取っておくべきよね、とマーリカは心の中で過去の自分を褒める。


 どぎついピンクの触角は、カリッと揚げたらとても香ばしい物が出来上がった。それに塩を眩したら、ほんのり香る磯の香りが食欲を誘う。軽食感覚でポリポリいけるとつまみ食いをしていたら、更に伸ばされようとしていたマーリカの手をキラが無言でペチンと叩いた。

 

 黄色く光る目玉については、マーリカの瓶漬けの案は却下された。いい案だと信じていたマーリカだったが、主張するマーリカを見るキラの眼差しがあまりにも可哀想な子を見る目つきに見えたので、マーリカはぐっと堪えることにした。またいずれ新商品開発の際に、再度提言しよう。心の中でこそっと誓う。


 マーリカの密かな誓いなど知らないキラは、光る目玉を嫌そうに指で摘みつつ、周りにパン粉を付けて挙げていった。キラが手際よく揚げていった揚げ団子は、ひと口では齧れそうにないほどの大きさだ。ほかほかとした湯気が立ち上っていて、それがまた食欲をそそる。「早速味見を」と齧った瞬間、中からとろりとした黄色い液体が飛び出してきた。甘みと塩味が混在して、最高に美味しい。


「すごく美味しいわ! これはジャムを付けてもいけるわね……!」

「お嬢、一瞬も躊躇わずに口に入れましたね」


 キラが自分の主人であるマーリカを見る顔には、「信じられねえ」と書いてあった。


「なんで? だって毒がないのは分かってるでしょう?」


 この魔魚に毒がないのは、領民がとっくに確認済みだ。毒性があるものを避ける習性のある野鳥が岸に打ち上がった魔魚を食べているのを見て判断しているので、まず間違いはない。


 マーリカが不思議に思い首を傾げると、キラが若干引き攣った表情で言った。


「いやさ、目玉ですよ? しかも魔魚の」

「うん? 魔魚ですらもこんなに美味しく調理出来るなんて、さすがはキラね! 尊敬するわ!」

「……はあ」


 マーリカが手放しで褒めると、キラは深い溜息を吐く。


「では後は、骨と鱗はどうしましょう?」


 目をキラキラさせながらマーリカが尋ねると、呆れた表情を浮かべていたキラが、耐え切れないといった様子で「……ふはっ」と笑った。


「お嬢って本当、くく、ふふふ……っ」


 苦しそうに口元を押さえている。


「ちょっと、さすがにこれは私でも馬鹿にされていると分かるわよ?」


 マーリカが頬を膨らませると、キラは滅多に見せない笑顔のまま、首を横に振った。


「いや、馬鹿にはしてないですよ。ただ、か……」

「か?」


 馬鹿にしていないというなら何なのか、とマーリカが前に回り込んで下から覗き込むと、キラは笑みを引っ込めて目を逸す。


「……あーいや、逞しいなって」


 逞しい。令嬢を褒めるのにあまり相応しい言葉の選択とは思えないが、マーリカの場合、これはちゃんと褒め言葉と捉える。


「そうでしょう!? 私だっていつまでも子供のままではないのよ! これを機に、収支がトントンだった領地経営を抜本的に改革したいの!」

「随分と大きな夢ですね」


 全く信じていないキラの感情のこもっていない台詞に、マーリカはムキになって訴え続けた。


「そうよ、これは私自身の為でもあるから!」


 すると、キラが興味を覚えたのか、マーリカを見つめる。


「お嬢の為ってどういうことです?」


 マーリカは、腰に手を当てて胸を張って答えた。


「キラも知っての通り、この国では女性は領主になれないでしょう? だから、領地存続の為には優秀な男性にこの領地を継いでもいいと思える様な餌を用意しなければと考えたのよ!」

「餌」


 キラが呟いた。呆れ顔をされていることに、マーリカは一切気付いていない。


「お父様は入婿を、とお考えの様で……」


 入婿と聞いて、キラのこめかみが、僅かながらだがピクリと反応した。


「……ムーンシュタイナー卿は、お嬢に婿養子を迎えさせるつもりなんですか?」

「え、ええ、多分……?」


 マーリカがびっくりするほどの低い声を出されて、マーリカはおずおずとキラを見上げる。キラはいつも無表情だが、今は少し苛ついている様にも見えた。あまり優秀な婿が来るとお役御免と言われると思っているのかしら、とマーリカは内心首を傾げる。


「――お嬢はそれでいいんですか?」


 詰問調のキラの声色に、つい上目遣いになった。マーリカが主人でキラは従者だが、マーリカは初めからこの従者に頭が上がらないので、こう言われても不敬だとかは一切思わない。それにしても、元々冷たい印象を与える美形なので、こう問い詰める言い方をされるとちょっぴり怖い。なので、つい言い訳じみた口調になってしまった。


「……そりゃあ私だって恋愛結婚出来たらいいとは思うわよ? でも、舞踏会に参加するドレスを用意するような甲斐性はお父様にはないし、そうなると出会いなんて皆無じゃないの」

「まあ、毎回ドレスを新調してたらこの家なんかすぐに傾きますよね」


 言い方は辛辣だが、事実そのものなのでマーリカは頷いた。


「お見合いするにしても、今の経営状態で入婿に来てくれる様な奇特な方なんていないと思うし」

「そりゃまあそうですね。スネに傷がある奴とか、家が厄介払いしたいと思ってる様な放蕩息子とかは飛びつくかもしれないですけど」


 腕組みをしたキラが、感情の読めない無表情で言った。

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