題:19

 徐々に明瞭になる意識、それに伴って強くなる頭痛。即座に物理的なものが原因であることに気が付いて体を起こす。仄かな明かりを頼りに立ち上がると、目の前にクチナシが立っていた。そうだ、僕は生物室で罠に掛かって……シーカーセクションに制限時間があるとは聞いていないが、何分経った?コンクリートの部屋の中、自分が二つに分かれる通路の前に立っていること、それしか分からない。


「おはよう、イイさん」


 口の中が乾いて上手く声が出せなかった。辛うじて出した「ああ」という声も冷えた空気を温めるには至らない。クチナシは安堵の表情を見せると、彼が嫌っていた手で通路の片方を指差した。もう片方の通路にはようやく見慣れてきたエプロンが、丁寧に畳まれた状態で置かれている。


「こっちの道は大丈夫。ケリーが教えてくれたから」


 ランタンの明かりに照らされた通路の前に立った僕は静かに振り返った。手を小さく振っていたクチナシは立ち止った僕をキョトンとした様子で僕を見る。僕は余程冷たい人間か、前しか見ない人間だと思われていたらしい。


「クチナシ、ありがとう」


 僕が礼を告げると、獣の友、青葉梔子あおば くちなしは彼らしい優しさに満ちた柔らかな微笑みを浮かべ、「どういたしまして」と答えた。

 通路へと足を踏み入れた後は決して振り返ることなく、壁に手を付きながら前に進む。程なくして暗闇に二つの小さな明かりが現れた。一つは檜で作られたドアを照らすもの。もう一つは……鍵だけが存在する隣の通路と繋がれた小さな窓。そこで、ケリーが待っていた。


「……僕を待ってたのか。ありがとう」


 黒色の体毛はいくらか血に塗れている。僕がその小さな口に咥えられていた鍵の束を受け取ると、勇敢な小動物はさよならを言う暇もなく窓から飛び降りて姿を消した。おそらくは友の下へと向かったのだろう。

 これだからこの能力は嫌なんだ。……なぁ、お願いだから……僕以外に殺されてくれるなよ。

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