題:18

「起きて、起きてよ」


 揺れる体、悠長に欠伸する意識。何年生きていたとしても、僕の身体は鈍感なままだ。目覚めを拒否する瞼が強引に開けると、僕を揺さぶっていた人物を確かめることが出来た。《あまころも なつめ》、先輩の警察官と共に巻き込まれた配属一年目の婦警。そして、後続組の一人。


「ここは、どこですか?」


 口を開いた感覚は無いのに言葉が出ていた。……これは夢だ。幾度となく繰り返した僕の記憶を追うだけの虚しい夢。


「私たちも分からないの。さ、取り敢えず立ち上がって。他の人たちに挨拶しましょ!」


 地面に手を付いて起き上がり、エクストラステージの舞台を観察する。明かりと呼べるものは土の天井に突き刺さったランタンのみ、部屋というよりかは洞窟に近い窮屈な空間に男女が八人。僕を入れた九人が後続組だ。


「天津、起きたか!」


 腕を組んで壁にもたれ掛かっていた細身な男は僕の顔を見て走り寄ってくる。いかにも流行りに乗った外観と微かに残る青年期の輪郭から彼の名前が記憶から引っ張り出された。思いがけない同級生との再会に僕の口からは自然と溜息が漏れる。


「西山……」


 西山羚にしやま れいは嫌悪感を顔に出した僕に肩をすくめた。「もうあの頃の俺じゃねぇよ」とバツの悪そうな顔で呟く様子を見るといじめる側としての彼はとうに姿を消したらしい。事情を知らないナツメも僕らの関係があまり良い物ではないことを雰囲気から読み取ったのか、何を言う事もなくそっと離れていく。


「西山、どうしてここに?」

「俺もわからねぇよ。起きたらここに居たってやつだ。……それと、羚でいい。お互いに知ってる中なんだ、下の名前で呼び合おうぜ」


 西山が僕に手を差し出した刹那、僕らの間に白い着物の袖が割り込んだ。反射的に僕が一歩下がると、着物の持ち主は狼狽する西山の胸倉を掴んで鋭い剣幕で叫ぶ。


「レイ、アンタまた人に突っかかって!また何か企んでるんじゃないでしょうね!」

「何の話だよ⁉そいつは天津あまつ伊依、中学の同級生だよ!ほら、言ってただろ。もう一人生き残ったって!」


 慌ただしい彼の弁明を聞いて腕を降ろした彼女は朱い髪を揺らしながらくるりと振り返り、頭を下げた。


「うちのレイがご迷惑をおかけしました!」


 突然の出来事に状況が飲み込めない僕は苦笑いを浮かべる西山の顔を見る。彼は左手で女性を指しながら右手の小指を立てた。どうやら彼女ということらしい。そういえば、と西山が都会の子と付き合っているという話が中学のクラスでは常識になっていたことを思い出した。その時の相手とは違うかもしれないが、会話の内容からしておそらく彼女との付き合いは長いのだろう。


「いや、こちらこそ……」


 顔を上げた彼女は「葛枝燈くずえだ あかりです。巫女の仕事をしています。何が起きてるのか分からないけど、協力しましょうね」と取り敢えずの応答をした僕に向かって純真な笑みを浮かべた。案外真っすぐな彼女と西山のカップルはお似合いなのかもしれない。


「天津……今は御霊伊依だ。大学で哲学を勉強している。ここから出るために協力しよう」

「そうね!協力しましょ!他の皆も紹介するわ!」


 剣呑な雰囲気が薄れたのに気付いたナツメが会話に割り込んできて、くちゃくちゃになる。そのくちゃくちゃはさらにその範囲を増して、僕の意識を埋め尽くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る