題:15

 手綱を握った俺はラクネーちゃんを追いかけて森の中を駆け出した。もっと苦戦するかと思ったけど、どうやら王子様は馬を乗りこなせるという物語ならではの補正もかかっているらしく、馬は風を切って森の中を進んでいく。できればこの乗馬スキルは現実に持ち越したいけど、流石に無理だろう。

 じきに視界に緑と茶色以外の色が映り始めて、もうすぐ森を抜けられるってことが判った。


「あ、ラクネーちゃん!追いついたッスよ!」


 白い城壁に爪を引っ掛けて器用に登っていたラクネーちゃんは、体を後ろに仰け反らせて俺を凝視した。改めて見るとめっちゃ恐い……。


「馬を使ったのね。流石王子様ね、素敵……なんて言うと思ったのかしら!そこで待ってなさい、お姫様を連れて来てあげるわ!」


 ラクネーちゃんはアハハハハ!と歓喜の笑い声を上げながら壁を登って姿を消した。この場合の連れて来てあげるはどう考えてもお姫様は無事じゃない。そもそも、どうしてヤジルシさんがお姫様で、ラクネーちゃんに狙われているのか?謎は深まるばかり……と、背後の森を振り返った時、木の傍に現れた空間の歪みに気が付いた。


「うわっ!?」

「きゃあっ……」


 立て続けに悲鳴がしたと思えば、歪みからケイちゃんとシーナちゃんが落ちてきた。二人とも、待っててって言ったのに……。

 馬から降りた俺は二人に駆け寄る。シーナちゃんは手を差し伸べた俺を指差した。


「今、来なくて良かったのにって思ってたでしょ。シーナ達はキュウ先輩を助けに来たんだからね」

「そ、そんなに俺って顔に出やすいんスかね……?エイルさんにも言われるし……。えっと、それで助けに来たってのは?俺は困ってなんてないッスよ」


 ぴょんっと勢いよく立ち上がったシーナちゃんは目の前にそびえ立つ巨大な壁に指先を移動させた。高さ五メートルは確実にある。言われるまでもなく俺は気付いた。


「わ、私がシーナに言ったんです。二人で待ってたら本のページがめくれて、高い壁の挿絵が見えたから……あんなに高い壁、キュウ先輩はどうやって越えるつもりなんだろうって。そしたらシーナが……」


 うんうん、とシーナちゃんが頷く。なんて頼りになる後輩なんだろう。俺がこれまでの経緯を話すと、二人は目を白黒させていた。そりゃそうだ、女の子が蜘蛛になってお城に向かうなんてそこらの本じゃない展開だから。


「ならこんなところで止まってないで早く行かないと!この壁の先なんだよね!?」


 俺が頷くと、制服の袖を捲ったシーナちゃんはボルダリングでもするみたいなポーズで城壁に手をぴたりとくっ付けた。そして、そのままヤモリみたいにするすると壁を登っていく。どうなってるのか知りたくてじっと見てたらシーナちゃんが顔だけ後ろに向けた。


「あ、キュウ先輩はこっち見ちゃダメだよ!ケイ、見張ってて!」


 そうか、二人は制服だから、下から見るなんてことは許されないと後から気付く。後で裁判に掛けられたくはない俺は目を瞑って後ろを向いた。そこに、ケイちゃんが話しかけてくる。


「あの手、シーナは嫌がってたんですけど……キュウ先輩になら見せてもいいって。でも……先輩、シーナの手、おかしいと思いませんか?」


 シーナちゃんの手が普通か否か。突拍子のない質問に俺は肯定も否定も出来ず、ただ無言でいた。ケイちゃんの意図が分からなかったから。俺が黙っていると、ケイちゃんが続けた。


「最初の時にシーナが居た部屋の中に隠れていた男の人だってそうです。きっと普通じゃないんです。多分私も、先輩も。こ、ここに集められた人はみんなそういう特別な何かを持っているんじゃないでしょうか⁉」

「そ、そうなんスか……?それって手から火が出たりとか、物の向こう側が透けて見えたりとか……」


 確かに言おうとしていることは分かるけど、にわかには信じがたい話だ。俺だってここ最近変わったことなんて…………………………ある。最近じゃないけど、確かにある。その仮説が成り立っている可能性が。


「だとしたら、イデアの目的は俺たちをどうすることなんスかね?俺たちに世界征服させるにしても、デスゲームに参加させる意味なんて無いし。うーん……」


 二人して頭を悩ませていると、頭上からロープが降ってきた。


「ロープあったよー!」


 同じ轍を二度踏まないように、と顔を上げないようにしてシーナちゃんが降ろしてくれたロープへ手を掛けた時、俺の頭に微かな疑問が浮かぶ。俺は静かに振り向いた。


「ケイちゃん、ロープ登れるッスか?」


 ロープを使って壁を登るには結構力が要る。シーナちゃんみたいに特別な何かがあれば別だけど、中学生の細身な女の子が登れるかと言われれば当然無理な訳で。


「すみませんキュウ先輩……」

「ケイちゃんは軽いから何の負担にもならないッスよ。あはは……」


 ……半分嘘だ。ケイちゃんは軽いけど、それでも人を抱えながら登るのは至難の業で、辛うじて王子様補正とバスケ部で身に着けた筋力で賄っている。七年間続けて来て正解だった。


「ケイはシーナの女なんだからねー!先輩、盗っちゃダメだよー!!」


 女子中学生がどこでそんな言葉覚えてくるんだ……。兎にも角にも何とか城壁を登り切った俺は回廊に大の字になって寝ころんだ。流石に疲れる。


「キュウ先輩、蜘蛛の化け物がヤジルシさんを追いかけてるんだよね?」


 シーナちゃんの質問に俺は息も絶え絶えで頷いた。正確にはラクネーちゃんだけど。いや、蜘蛛の化け物って扱いで良いのかな?

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