題:14

 正直言って、俺は図書室にあまり思い出が無い。俺よりかは多分幼馴染の方が縁は深かった。ずっと片親だった俺は、家の手伝いと部活で忙しくて、図書室に行くことなんてほとんど無かったはず。


「う~ん!いい香りー!」


 そう言いながら両手を広げて図書室内を暴れまわっている眼鏡の女性は和歌山矢印わかやま やじるしさん。超が付くほどの本好きらしくて、昔の本がいっぱい置いてあるここに興味津々みたいだった。


「そ、そうッスか……?」


 俺とヤジルシさん、それにケイちゃんとその幼馴染の大月椎那おおつき しいなちゃんは本館二階にある図書室を訪れている。この学校に来た直後に職員室に飛び込んでいったヤジルシさんが図書室の鍵を見つけ出して、それからはジェットコースターのような速さで時が進み、気付けば図書室の扉の前に居た。


「図書室の匂いがする~!」


 エプロンをバサバサたなびかせながら部屋中の本棚に片っ端から突っ込んでいくヤジルシさん。図書室の鍵を見つけ出した時にも同じようなことを言っていたので、特殊なレーダーが付いてる可能性がある。野生の勘、みたいな。


「キュウ先輩、シーナたちも探そうよ」


 トントンと俺の背中を突いてきたのがシーナちゃん。ショートヘアーの活発な女の子で、ケイちゃんとは正反対なタイプ。何かスポーツでもやっているのか、軽快な動きの彼女は慎重な幼馴染を引っ張ってあげている。


「そうッスね。でも、闇雲に触って罠でも動かしちゃったら大変ですから注意して探索するッスよ。ここはただの学校じゃないんスから。ヤジルシさんも、気を付けてくださいよ」


 未熟な二人と不安な一人に忠告した俺は改めて図書室を見回した。ここに来るまでの廊下と違って壁や本棚は古い木材で、歴史ある図書館みたいな雰囲気が漂っている。児童書から分厚い論文まで、何でも揃ってる棚の中央に一際大きな黒魔術の本みたいなのが陣取っていた。


「その怪しい本は触らない方が良いッスね。ヤジルシさん?」


 ヤジルシさんは「確かに怪しいわね」と、明らかに不自然な本を手に取る。細い手で広げられたページから突如として飛び出した無数の糸が彼女を掴んだ。


「キャッ!?」

「「ヤジルシさん!」」


 白い糸に覆われながらヤジルシさんは叫ぶ俺たちに向かって笑顔で親指を立てる。そしてそのまま本の中に引きずり込まれるように消えていった。俺は、ヤジルシさんを助けないことだってできる。本を閉じて棚にしまえば、それで終わり。だけど、そんなことはしたくなかった。


「仕方ないッスね。俺が一人で行くんで、二人は待っててください」


 ヤジルシさんが入っていった本は開かれたまま床に落ちている。俺はページの上にそっと手を置いた。背後から「気を付けてください!」という可愛い声援を受けつつ俺は物語の中へと飛び込んでいく。ヤジルシさんが入った時と同じ方法で入ることが出来るという考えは間違ってなかったけど、本の中に吸い込まれる感覚はあんまりいいものではなかった。



 生い茂る草の中に投げ出された俺は慌てて受け身を取る。まさか柔道の授業がこんなところで役立つなんて、人生何があるか分かんないと心底思わされた。


「待ってたわ。白馬の王子様」


 大の字に寝転がった俺の顔を覗き込んだのはゴスロリを着た白髪の少女。まるで本の中から飛び出してきたような……いや、今は俺が本の中に居るんだった。

 少女が差し伸べてくれた小さな手を取って起き上がる。パーカーに付いた汚れを払いつつ辺りを見回すと、この場が図書室とは似ても似つかぬ鬱蒼とした森の中であることが分かった。どうやら俺は本当に物語の中に入ったらしい。


「王子様、名前を教えてくださいな」


 目の前の少女は俺に向けて笑いかけた。揺れる鈴蘭みたいなふんわりした笑顔だけど……なんか怖い。


「俺は金城救ッス。綺麗な服を着てる君は?」


 少女は俺の顔と体を交互に見比べて、「キュウ……!」と何度も嬉しそうに繰り返した。人に喜んでもらえるのは嬉しい。ただ、その理由が判らないと何とも不気味だ。


「私、ラクネー。キュウ様はとっても褒めるのが上手なのね」


 ラクネーちゃんはうふふ、と上品に笑っている。「様」って呼ばれ方はちょっとむず痒い。本の中に居た彼女ならヤジルシさんを知ってるかも知れないと思った俺はラクネーちゃんに尋ねる。


「ラクネーさん、俺よりちょっと背が低い、眼鏡を掛けた女の人見なかったッスか?」


 ええ、知ってるわ。と言いながらラクネーちゃんはニヤリと白い歯を見せた。頭の上にクエスチョンマークを浮かべる俺の前で、彼女のスカートから毛のびっしり生えた蜘蛛の脚が四本、勢いよく飛び出す。


「だって、私が殺す相手だもの!王子様は間に合わないわ!」


 そう叫ぶなり蜘蛛になった彼女は背の高い木々の間を飛び跳ねながら駆けていった。この物語がどういうストーリーかは分からない。それでも、とにかくヤジルシさんを助けないと、とは思ったものの、あの速さにダッシュで追いつける自信はない。


「そうだ、俺が白馬の王子様なら……馬に乗ってる!」


 俺の背中をトン、と硬いものが押した。振り返るとそこには白い毛並みの豪華な馬が。この物語の世界観に合っているなら何でもできるってことか?

 俺は中学生の時の乗馬体験を思い出しながらあぶみに右足を乗せ、白馬に跨る。


「さぁ、行くッスよ!」

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