題:11
僕とクチナシは揃って彼女の発言の意図に頭を悩ませたが、内容自体は否定できるものでは無い。僕は学生時代には自ら進んで孤立していたし、クチナシも手のことで多少は他人に嫌な思いをさせられたはずだ。
「ほら、最初のアナウンスでイデアが言っていただろう?僕たちは『異端』だと。その名称が表すのははぐれ者という意味なんだろうけど、問題は何に対してかってこと。社会としてのはぐれ者ならいじめられっ子や社会不適合者、犯罪者という人々が当てはまる。
だけど、僕は国家資格を持って臨床心理士として社会の中に存在している。キュウや他の人たちだって立派に社会を構成する一員として認められている。イイと、テイケンさんはちょっと怪しいね」
「おい」とツッコミを入れたかったが、話の途中だと手で遮られる。せめて喋れ。
「つまり、社会の外れ者としての意味で『異端』は使われていない。ならば僕たちは何から外れているのか。イイが倒れた後に部屋Bに居た人たちから聞いた話では、部屋で死んでいた男は誰にも目撃されていないらしい。男が参加者である以上、あの何もない部屋の中に隠れているしか見つからない方法は無い。SF小説に描かれる透明人間でもあるまいし、と他の可能性を考えていた僕の前に動物と会話でき、さらに不思議な手を持つクチナシが現れた」
熱心に話を聞いているクチナシの代わりにエプロンの腹に取り付けられたポケットの中でケリーがチュウ、と鳴いた。妙に意思疎通が出来ているな、とは思っていたが……クチナシは他の生物と意思疎通ができる『異端』だったのか。そもそも、『異端』とは何なのかという問いに関しては僕より彼女の方が上手く説明できるに違いない。
「僕は一つの仮説を立てた。『異端』とは人間を超越した能力を持つ人間を指すのではないかと。さっきのゴーレムだってそうだ。あんな怪物、現実ならば有り得ない。それを享受できているのはゲームだから、じゃない。僕ら自体が常識から外れているからじゃないか?」
閑古鳥すら鳴かない空間の中、クチナシがゴクリと息を呑む。割り振られた数少ない情報の中で彼女が導き出した答えはご明察、としか言いようがない内容だった。彼女の説明には無かったが、『異端』には
「そうかもしれないな。例が少ない以上、確実にそうだと言える根拠にはならなさそうではあるが……その仮説は指示する。僕らは既に人間ではない、ということだな。ならば僕やお前の身体にもクチナシのように変化が起きるわけだな」
「経過観察、という感じだね。もしかしたらもっと面白い非常識が見られるかもしれない。悪いね、無駄話をして」
自分の手とケリーを交互に見るクチナシを置いて、僕は密かに確信した。この女はゲームを楽しんでいる。将棋やチェスを嗜む老師が如く。この余裕は一体何だ……?謎の焦燥感に怯えながら旧校舎の半壊した扉に手を掛ける。手汗でべた付いたノブを引くと、ガタンと鉄がぶつかる音がして扉の動きが止まった。何か長い物体が向こう側で引っ掛かっている。
「おい、どうするんだイイ。またあの危険な本校舎へ戻るのかい?」
力任せに突進すれば壊せなくもないだろうが、それはゲームのルールを破った者としてペナルティを貰いかねない。誰かが向こう側に行かなければこの扉は開かないようだ。
「ケリーが行くって。僕らに出来るのはこれくらいだからさ」
クチナシの手から飛び降りたケリーが扉の隅に空いた拳大ほどの穴から向こう側へと消えていく。程なくして扉が自然に開いた。功労者のケリーが得意げにノブの上に乗っている。僕は逡巡の後に彼(または彼女)の柔らかい頭を撫でた。
「イイさんに褒められて、ケリー喜んでるよ。また何かあれば頼ってね」
ああ、と小さく返して僕は旧校舎の二階へと足を踏み入れる。全身を襲う不可思議な悪寒が彼らにこれ以上近づいてはいけないと告げていた。
一切焼失していない旧校舎の床は古い木が敷かれたままで、落下することは無いだろうと分かっていても些末な不安を感じさせる。この階で唯一目立っているのは黒桐の扉から異質な空気を放つ音楽室だ。エイルが扉に触れて顔をしかめる。
「今はまだ開けられそうにないな。鍵を手に入れ次第、また戻ってこようか。」
「さっきの扉みたいに隙間が空いてればいいんだけど……」
クチナシが残念そうに呟いた。世の中、そう簡単なことばかりではない。
次いで空き教室となっている三つの教室を探索したが、既に他の参加者が参加しているらしい場所には当然、めぼしい収穫はなかった。よって僕らは当初の目的の通り、一階に配置されている生物室へと足を運ぶことになる。ふと前方で階段を下っていたエイルが踵を返して言った。
「冷血な
ぐぅの音も出ない忠告をされた僕は余計なお世話だ、と悪態を付いたが、確かにこのゲームに参加してから明らかに幻影に悩ませられる回数が増えている。彼女の目的は僕には分からない。裏切った僕への復讐か、それとも……。
「あ、開いたよ!二人も早くおいでよ!」
階下から歓喜の声が聞こえてきた。彼はエイルの話を聞いていたのだろうか。彼らに追いつくべく足早に降りた階段の正面で、彼女が待ち受けていた。
“そこは危険だよ。イイくん、入ったら駄目”
「……っ!」
ポケットから取り出した鍵を背後のエイルに投げ渡した僕はクチナシ達が足を踏み入れてしまった生物室へと駆ける。エイルに説明している暇は無い。カヨ、今さら言うなよ!
「クチナシ!」
僕が入口から叫ぶと薬品棚を調べていた彼は大声に驚嘆しつつ振り向いた。どうしたの、と首を傾げている彼を引き戻そうと一歩踏み込んだ時、微かにフローリングの床が揺れる。身構えるという行動は無意味だった。
ガパンッ!
床に擦れた靴底が耳障りな音を立て、大きく口を開いた深淵は矮小な僕らを容赦なく飲み込んでいく。
「クソッ!」
せめて階段に置いてきたエイルが無事に視聴覚室へと辿り着くことを祈りながら、僕とクチナシは罠へと落ち行った。
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