題:10
足早に職員室から出ると、エイルが丁度地図を四つ折りにしたところだった。未だ思案顔の彼女から地図を受け取り、コートの内ポケットに丁寧に仕舞う。鍵を手に入れた以上は視聴覚室に向かうべきなのだろうが、ここが本当の浅木山中学校なのかを確かめるために僕はある教室に訪れたかった。
「僕は二階に降りる」
「分かった。僕とクチナシはもう少しこの階を調べてみる。……戻ってくるだろう?」
エイルの問いかけに僕は頷いた。いつまたさっきのように放心状態になるかわからない彼女をクチナシだけに任せておけない。と、思ったのも刹那の間。僕は何故こいつのことを心配しているのだろう。
「僕に戻ってこいと言っておいて勝手に移動するなよ。お前は勝手だからな」
僕が指を差すと、エイルはニヤリと意地悪な笑みを見せた。
中央階段を慎重に下り、二階に辿り着いた僕は確信する。ここは僕の通っていた中学校、浅木山中学校の校舎で間違いない。微かに焦げ跡の残る壁は大火事の残滓。ほぼ無傷で生き残ったこの板だけが取り残されたのだろう。ふと気になって右手の図書室に目をやると、扉が開いていた。中を覗いてみるが、人気はない。床に本が落ちていることから、既に探索済みであると見える。
「後片付けくらいちゃんとしてくれ……」
文句をぼやきながら開きっぱなしで放置されている絵本に手を伸ばした。が、今は掃除どころではない。もしかしたら
そろそろかと予期はしていたが、やはり頭痛と共に彼女がやってくる。
「くそ、また君か……」
歪んだ視界に現れた幻影は壁のシミに身を移し、僕に語り掛けてくる。
“イイくん、三階に戻って。一階から変なものが来てるよ。この校舎はあんまり良くない”
足元で重い何かが引き摺られる音を耳が捉えた。いつもとは違う、忠告するような彼女の言葉に抗う気は起きず、僕は階段を駆け上がる。丁度僕を探しに来ようとしていたのか、エイルとクチナシは踊り場に居た。二人の袖を掴んで三階へと押し戻す。
「ど、どうしたんだ突然!」
「旧館に行く!扉は開いてるはずだ!」
僕の足音を嗅ぎ付けたらしい
「イイ!」
鬼気迫る表情でエイルが叫ぶ。僕は床に付いた手を軸にして横に半回転、二メートル越えの大柄な土の怪物と正面から対峙した。幸か不幸か、手に持った鉈に血は付いていない。まだ誰も犠牲になっていないようだ。
[言い忘れていました、『
口調こそ柔らかいが、キョウカさんの言っていることは少しも笑えない。ゴーレムの怪力の前では何でも飛び道具になる。振り回される鉈から目を逸らすことなく徐々に後退する僕の背中を小さな手が掴んだ。
「扉を閉めます!」
僕の身体は後方へと投げ飛ばされ、クチナシが鉄の扉を勢いよく閉める。なんだ、ちゃんと他人を守れる力を持っているじゃないか。
「イイさん、大丈夫?この扉もいつまで持つか分からないし、早く行こう」
僕はもう隠していない彼の手を借りてゆっくりと立ち上がる。
「いや、もう大丈夫みたいだ」
校舎の窓から廊下を歩いている黄土色の背中が見えた。彼らゴーレムは日光の下では活動できない。「日光を浴びると義肢同士の接続が切れてバラバラになってしまうのだ」と権寿郎さんは言っていた。
「ゴーレム……
この言葉、製作者の権寿郎さんが聞いたらどう思うだろうか。ただでさえ最近弱くなっている涙腺が擦り切れるまで泣き続ける気がする。ただ、僕もエイルの気持ちには同意だ。生と死の狭間なんて気安く触れていいものではない。
一息付いた僕たちはクチナシが鍵を見つけたという生物室に向かうことにした。浅木山中学校の渡り廊下は少々特殊で、本校舎の三階と旧校舎の二階を繋いでいる。長い階段を下っている最中、エイルが突拍子もないことを言い出した。
「僕らってみんな、いじめられっ子なんだろうか」
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