題:9

 今回のゲームが今までと同じ形で進むのなら、次は探索区画シーカーセクションになる。身の安全を保障するためにも、なるべく二人以上での行動を心掛けたいところだ。


「(さて、誰と行動すべきか……)」


 クチナシに続いて扉を抜けると、景色は一転して廃校に変わった。まだ人の出入りが無くなってから十年も経っていないと思われる廊下や壁は確かに不気味ではあるが、躊躇させるほどでもない。空気中に漂う陰と陽の絶妙なバランスに舌を巻いたのは僕だけではなかった。


「素晴らしい……!よくもまぁこんな学校を探し出したものだね。デスゲームの舞台としてこれ程見合う場所はないだろう。あの老人には驚かされるばかりだ」


 感嘆の声を上げ、テイは独りで進んでいってしまう。目の敵にされている僕たちと行動することに多少なりとも煩わしさを覚えたのだろう。それに彼は元来から一匹狼という生き方だと見える。わざわざ引き留めようとも思わない。

 さらに状況を確認しようと振り返ると、僕らが通った扉には会議室というプレートが提げられていた。この学校について調べようと、壁のコルクボードに画鋲で張り付けられた地図に触れると共に校内放送のように軽快な音が鳴り響いた。


[ピンポンパンポーン。御霊伊依君、井佐波英琉さん、青葉梔子君、えっと……玄野鶙鵳さん、初めまして。私は『純愛アガペー』。シーカーセクションの担当者です。皆さんにはこの廃校の中を探索してもらって、本校舎屋上にある扉を開けてもらいます。基本的には学校の中にあるものは自由に使ってもらって構いませんので、攻略頑張ってください]


 このデスゲームに場違いな柔らかい声は愁井鏡華うれい きょうかさん。僕が義父さんに拾われた時から働いていて、なにかと身の回りの世話をしてくれていた。温和な彼女が序盤を担当することは珍しい。余程気になる参加者でもいたのだろうか。

 そこまで思考を進ませて、ふと違和感に気付く。背後からアナウンス後の恒例となっていた理性的な分析が聞こえてこない。ありとあらゆるものから情報を得ようとするこいつなら別の運営者だ、歳は二十代後半……などと憶測を立てていてもおかしくはない。


「おいエイル……」


 井佐波英琉は硬直していた。その目は虚空の中を魚のように右往左往し、微かに空いた歯の隙間から漏れ出した「あああ……」という声にならない言葉は床へと垂れ流されている。明らかに様子のおかしい彼女の様子を、クチナシはおどおどしながら見守っていた。


「しっかりしろ!腑抜けた顔してるぞ!」


 両肩を叩くとエイルは覚醒した直後のように焦点の合わない瞳で僕を一瞥し、正気を取り戻す。三秒かけて呼吸を整えたエイルはゆっくりと口を開いた。


「……ありがとうイイ。動揺してしまっていた。みんなに恐怖に抗えと言っておきながらこの様だ。恥ずかしいな……」


 目を伏せる彼女に何の言葉をかけることも出来ず、僕は安堵の息を吐いていたクチナシを小突いた。なんで僕が⁉と言わんばかりにわっと声を上げた臆病者に僕は叱咤の言葉を浴びせる。


「クチナシ、言葉を選ぶことは大切だが、それは相手を守るためだ。他人に触れることを恐れるな。誰もお前を拒んだりしないさ」


 誰も拒んだりしない。それは嘘だった。だが、そう信じなければ彼は動物にしか心を開けなくなる。クチナシは小さく頷いてケリーの黒い毛を撫でた。覚悟が決まるまではその小さな友人に助けてもらうといい。

 ところで、義父さんはエイルのこの反応を見越して会議室で会話していたのだろうか。そう考えると僕はあの人のことが少しだけ怖くなった。


「イイ、その地図を貸してくれ。確認したいことがあるんだ」


 何か思うところがあるらしいエイルに壁から剥がした地図を渡す。僕もまだ見ていないが、彼女になら渡しても問題ないだろう。彼女が地図に目を走らせている間に、僕とクチナシで隣の職員室を調べることにする。錆びた鉄の取っ手に触れた刹那、指先から脳髄に電撃が走った。過去に縛り付けたはずの忌まわしい記憶が洪水のようにせきを切って流れ出す。


「……?どうしたの、イイ君」


 僕は纏わりついてくるそれを掴むと楔を深く打ち直した。


「なんでもない」


 キリキリと奇声を上げる扉を奥まで押し込む。容易くは開かない点も廃墟としての学校をより誇張して表していた。記憶そのままに残っていた数少ない教員用の机の横を通り抜けて鍵の掛けてあったボードを裏返す。そこには『浅木山中学校備品』という油性のペンの文字と糸で縫い付けられた視聴覚室の鍵。


「え、そんな所に⁉よく気付いたね」

「あぁ、知っていることに気付くのは簡単だ。知っていることを隠すよりはよっぽどな」


 ケリーと一緒に小首を傾げているクチナシは僕の言っていることがよく分からなかったようだが、それならそれでいい。僕だって誰かに分かってもらいたいわけじゃない。千切れる寸前の糸から錆びた鍵を奪い取ると、糸はパラパラと床に落ちていった。誰の手にも触れないことで静と死の均衡をギリギリ保っていたらしい。


「ここにはもう何もないだろう。僕らが最後尾なんだからな」

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