　視界の隅でイイの細身がぐらりと揺れ、直後に消える。目の前に立っていたガタイの良い男を退けて倒れた彼に駆け寄ると、案の定気を失っていた。

「過度なストレスが原因のようだ。寝かせておいた方が良いだろう」

　イイの横に立っていたロングコートの男が言った。怪しいながらも白髪混じりのこの男が言うことには妙な説得力がある。医療関係者だろうか。

「確かに、怪我は無さそうだね」

　男の素性は気になるところだが、今は功労者を介抱してやることが優先だ。慌てて駆け寄ってきたキュウにも手伝ってもらって彼を空いていたソファーに寝かせる。こんな痩身で極限状態を切り抜けたのだから大した精神力だ。

「そいつ大丈夫か？あんたらの部屋に最後まで残ったやつなんだよな。怪我とかしてないか？」

　先程まで僕の視界を遮っていた大柄な男がうなされているイイをソファーの裏から覗き込む。単なるストレスならじきに目覚めるはずだ。

「心配ありがとう。彼なら大丈夫だ」

　イイの処置も一段落したところで待合室に集った人間を一瞥する。必ずここにやってくる彼を待とう、と提案したのはキュウだ。それに則って二つ目の部屋から脱出してきた面々もこの部屋に残ってくれた。姿の見えない三人は既に小粋な扉を抜けて先に進んだのだろう。

　イイの傍らにはキュウと先の男が立っている。ケイとその幼馴染であるというシーナも遠目からイイを見ているようだった。他の人たちはというと……壁に背を付けて無言を貫いている不審な男、小学生くらいの少女と遊んでいる青年、それを見守るスーツ姿の女性。そして、相変わらず呑気に眠っている赤髪の女性。皆が皆、好き勝手に行動していた。

「僕も少し休ませてもらおうかな」

　ここに待機している以上は安全だと予想し、ソファーに体を預けると、一気に眠気が襲ってきた。どうして人間の頭脳というものはこんなにも低燃費なんだか。……帰ったら思い切り甘いもの食べてやろう。