【完結】裏切り者に花束を-異端能力デスゲーム

題：６

　部屋が上昇を始める。僕は足場から部屋の上へと飛び降りた。金属の天井は硬い靴底を挟んでも伝わってくるほど熱くなっている。この中に閉じ込められていたら間違いなく酷い結末を迎えていただろう。そして蒸し焼きは回避したとはいえ、僕もかなり汗をかいて体力を消耗しているはずだ。早く上がらないとマズい。

　金属の箱は中の熱湯を揺らしながら扉の下へと到着した。恐る恐る取っ手に手をかけると、扉は何の抵抗もなく開き、僕は安堵の胸を撫で下ろした。

「なんだ、生きてたのか。てっきり溺れ死んだのかと思ったよ」

　扉を開けた途端に聞こえてきた可愛げのない声に思わず僕は殴り掛かりそうになった。がその前に抱き着いてきたキュウに抑えられる。

「良かったッス！イーさんが部屋に残ったって聞いた時はめちゃくちゃびっくりして……階段を登ったところまでは見えてたんスけど、その後は分かんなくて……とにかく、生きてて本当に良かったッス！」

　暑苦しい、凄く。……そういえば、ここでは二つの部屋の様子がモニタリングされているとエイルが言っていた。ちらりと人の集まっているモニターに目をやると、右側のモニターの中央で誰かが倒れていた。あれは……？

「これは酷いな……」

　駆け寄った画面の中では大柄な男が全身を真っ赤にして倒れていた。窒息か衰弱か、まるでタコのように色の変わった彼の姿は見るも無惨と形容するしか無かった。

「まったく酷い死に様だね。私達に逆らう気を起こさせないための見せしめという訳なんだろうね」

　中折帽を被った長身の男が呟く。彼はいつの間にか僕の隣に立っていた。全身の毛が逆立つ。本能がこの男の危険性を理性に伝えていたが、今ここで騒ぎ立てる訳にも行かない。僕が逡巡しているうちに男は離れ、代わりに義父さんの声が響いた。

[エクストラゲームクリアおめでとう。彼は恐怖に対処したがために周囲を拒絶してしまったようだね。どうだろう、このゲームを少しは理解して貰えだろうか]

　各々がゴクリと息を飲む音が聞こえる。男の死体を前に誰もが死の気配を首元に感じ取ったのだろう。切迫した状況の中で声を上げたのは意外にもキュウだった。

「こんなのおかしいッス！なんで遊び感覚で人を殺せるんスか！」

[君の言えたことではないと思うがね。思い当たる節があるだろう、金城救君]

　義父さんの一言で視線がキュウに集中する。懐疑の視線を浴びた彼は目を伏せた。明るく真っ直ぐな彼にも後ろめたい過去が存在するのだろう。自分も陰鬱な過去に触れられるかもしれないという恐怖から他の面々も押し黙ってしまった。

「かなり強引な手を使うね。やってることは独裁者と同じだ。恐怖政治なんて古典的だとは思わないのか？」

　たちこめた恐怖の空気をエイルが打ち破る。キュウの二の舞になるのが目に見えているというのに恐れを知らない奴だ。

[古典的とは極めて有効な歴史があって初めて成り立つのだよ。井佐波英琉、君には期待しているのだから、あまり失望させないでくれたまえ]

　僕の予想に反し、何の攻撃に出ることも無くプツリと音は途切れた。

「キュウ、気にするな。誰にでも昏い過去はある。君が何を抱えているかは知らないが、今はイデアの用意したゲームを生き残ることが先決だろう。他のみんなも、恐怖に抗うんだ」

　エイルの扇動に歓声が沸き起こる。すっかりリーダー気取りのようだ。ならば、僕はその陰で動くとしよう。目立たないよう壁まで下がると、隣に先程の帽子の男が立っていた。

「熱いのは苦手かな？それとも色んな出来事に巻き込まれているとそういう気持ちも冷めてくるものなのかい？まぁ、お互い仲良くしよう」

　にこやかには言っているものの、隙を見せれば即座に殺されるような強靭な圧を放っている。この男は何者だ？迫り来る見えない力に僕は背後に壁があるにも拘わらず後退りしようとしていた。

「恐ろしいか、そうだろうね。君は死に出会いすぎた。人の弱さを知っている。だから、他人に自分を知られるのが恐ろしい。少しでも他人を信用すれば、形は違えど必ず裏切られてしまう。不安は拭えず、ただ自分が信じているものに孤独のまま尽くす……といったところだろうか」

　男の言葉の一つ一つが胸を抉る。僕は、僕は、僕は……。

　頭痛と共に現れた幻影が僕に笑いかける。少女の姿をしたそれは思い出したくもない儚い微笑みを浮かべていた。

“イイ君は優しい人。だから私なんかより自分を助けて。私じゃきっと、足手まといになるから”

「違う、佳代（かよ）、君は……」

　幻影に手を伸ばした時、既に僕の意識は現実と乖離していたようだった。