題:4

「壁に『HINT』の文字とツタンカーメンを尻に敷くトーマス・エジソンの絵が描かれていた。これは現代アートをネットで検索して一人で考察に浸ってそうな君に任せる」


 とんでもない偏見だが、こいつで解けないというのなら僕が考えるしかない。まずはエジソンについて。発明王、映画の父、訴訟王、不屈の人、電話機、蓄音機、電球……。次いでツタンカーメン、もとい古代エジプト。ファラオ、ナイル川、測量術、幾何学、天文学、ヒエログリフ、アルファベット、太陽暦……。

 その中でこの部屋に唯一存在するものと言えば……天井に取り付けられた電球。なぜ電灯ではないのか疑問の一つだったが、ヒントのためだったのか。


[残り五分で部屋が落下を始める。解読にしても脱出にしても急ぐ事を勧める]


 義父さんに急かされて、僕は電球の真下の床に手を掛ける。床板の間に開いていた隙間を使って板を剥がすと、複雑な機械に取り付けられた時計が姿を現した。一本だけ取り付けられた針は十一時、もしくは五十五分を指している。おそらく赤で書かれた零の文字に重なるタイミングで二つの部屋が落下を始めるのだろう。


「やるじゃないか、見直したよ。だけど、その針はどうやって止める?」

「……どう、するんだ?」


 全身から汗が吹き出す。これで仕掛けは完全に解けたものだと油断していた。ヒントの絵をもう一度見に行く時間は無い。死神の足音はすぐそこまで迫っていた。


「そこ、退いて」


 時計を前に思考が停止していた僕を押し退けたエイルが針に手を伸ばす。そして細い手で針を掴むとそれを一息で引き抜く。

 呆気にとられた僕に引き抜いた針を押し付け、いたずらっ子さながらの無邪気な笑顔を見せた。


「たまには力技ってのも必要なんだ。分かるかい?」


 冷酷に振舞っている彼女の素を垣間見た僕は深い溜め息を吐く。疲れ果ててその場に腰を下ろした僕の頭上から義父さんの声が降ってきた。ようやく終わりか。


[想定とは違った解決だが、無事に扉は開かれた。だが、両方の扉が開いたことにより新たな仕掛けも同時に作動する。さぁ、励たまえ]


 新たな仕掛け、という言葉に僕とエイルは身を強ばらせる。加えて義父さんは時計が止まったとは言っていない。嫌な予感に扉へと駆け寄り、取っ手に手を掛けた。重い。だがギリギリ一人分の隙間を開けることは出来る。


「おい、先に行け。僕は最後の仕掛けを解く」

「でも君は……」

「負けたままでいられるか。巻き込まれたくなかったら早く行け」


 不服そうな顔でエイルは全力で扉を引いている僕の隣を抜けていった。アイツではこの扉を引くことは出来ないだろうし、共倒れもゴメンだ。

 両方の扉が開かれたことで仕掛けが作動したのならそれを解決する手段も同時に生み出されたはず。この部屋に無意味なものは何一つとして存在しない。


「そうだ、針は……」


 最後にエイルが押し付けてきた針に目を落とす。奇怪な形をしたそれは鍵に見えなくもない。さらによく見れば端に血が付いていた。誰のものかは言うまでもない。彼女も彼女で必死だったのだろう。

 ……そうか。


[まもなく部屋が落下する。懺悔の用意は出来ているかね?]


 僕は当たり前すぎて誰も気にしなかった扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。穴が鍵を飲み込むと同時に天井の一角から階段が降りてくる。僕は揺れる足元関係なしに部屋の上へと駆け上がった。部屋が沈んでいく中、鎖に付いた足場に飛び乗る。


「エイル、これで二対二だぞ」


 僕は湯気で曇った眼鏡をコートの袖で拭いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る