第:3
「ど、どういうことッスか!?もう一つの部屋の様子なんてここからじゃわかんないじゃないスか!」
「よく考えろ。二人で一緒に連れ去られ、こちらの部屋に姿が見えないのなら必然的にもう一つの部屋にいる事が推測できるだろう」
説明して尚首を捻る青年を横目に僕は部屋の隅々まで目を走らせる。だが、特段変わったところはガラスの壁以外見られない。
「……まさか、ね」
同じく顎に手を当てて思案していたエイルがポツリと呟いた。あれだけ僕を煽っていたこいつが僕らを置いて脱出用の扉を開けるなんて誰が予想出来ただろうか。「ちょっと待っててくれ、すぐ戻ってくるから」と、扉の先へ消えていくパーカーの袖を掴むものはいなかった。
「行っちゃいましたね……。そういえば、俺まだ貴方の名前を聞いてないッスよね?」
思考を遮られた僕が渋々体を向けると、青年は真剣な目付きで自己紹介を始めた。
「俺は金城救ッス。よろしくお願いします」
あまりの真摯さに吐き気がする。エイルとはまた違った意味で嫌な奴だった。兎も角、エイルがこちらを疑っている以上、嘘を撒き散らすのは危険と読んだ僕は名前も正直に伝えることにする。どうせ全て藻屑と化すんだ。
「僕の名前は
「はい!わかりました!」
早速何を勘違いしたのか、キュウは笑顔で頷いた。せいぜい足掻けと胸中で毒づいた僕は次いで向けられている視線の主に体を向ける。
両手を忙しなく動かしている彼女の言いたいことは伝わってきた。どうしてこうも手のかかる面子が集っているのだろうか。ただ、彼女のことを邪険にしようとは思えなかった。
「あまり怯えるな。……気が向いたら助けてやる」
「は、はい!
ケイがたどたどしい自己紹介を終えて頭を下げた直後、轟音が響くと共に壁をおおっていた何かが上昇を始める。
「キャッ……!」
突然の出来事に悲鳴を上げたケイは目の前の僕の体にしがみついてきた。轟音に連れられたのか、最悪のタイミングで部屋に戻ってきたエイルは誰の目から見ても僕にドン引きしていた。
「へぇ……そう言う趣味があるんだ……。悪いことは言わないけど僕ら以外の人には隠しておいた方がいいよ」
「違う。彼女がしがみついてきただけだ」
「口が達者だね」
言葉こそ柔らかいが、節々から軽蔑の色が感じられる。謝りながらケイが離れ、僕も否定したものの、結果は惨敗だった。鈍感なキュウが窓へと変貌した壁へと視線を誘導してくれなければ針地獄が続いていただろう。
「……温泉は嫌いじゃないが、あまり熱いのは勘弁して欲しいもんだね」
エイルが軽口を叩く。窓の外から伝わる今の状況は最悪だった。目下に広がる透明な海は鉄筋に繋がれたこの部屋が落ちてくるのをまだかまだかと湯気を上げながら待ち構えていた。
「ッ……!」
心做しか室温が上がったような気がする。皆が皆、差異はあれど死の恐怖を感じていた。だが、それを遮るようにキュウが声を上げた。
「あれ、もう一つの部屋じゃないスか!?」
キュウが指差した右窓の向こうにもう一つ部屋が存在している。あちらのガラス壁も既に露出しており、中に七人ほどの男女の姿が見えた。四本の柱に密着した正方形の部屋を見て、おそらくこの部屋も同じ様相なのだろうと推察する。
「
ケイは壁に張り付き、届くはずのない叫び声を上げていた。恐怖に壊れてしまった人間は邪魔にしかならない。僕は友人の姿を見つけて錯乱状態に陥った彼女の腕を掴み、壁から離す。
「落ち着け、仕掛けを解けばすぐに会える。キュウ、ケイとその人を連れて部屋から出ろ。後は僕がやる」
「わ、わかったッス!」
相変わらず眠ったままの女性を背負い、ケイの手を握ってキュウは扉から出ていった。これで集中できると一息吐いた僕をエイルがきょとんとした顔で見ていた。
「君もおかしな奴だな」
「御霊伊依だ。お前に言われたくない。絶対友達居ないだろう」
「御霊伊依……分かった、イイだね。真っ先に出て行こうとした割には結局最後まで残るんだ。僕とは違って友人に恵まれてそうだ」
「単に後からお前に小馬鹿にされるのが嫌だっただけだ。あと残念だが僕は友人には恵まれていないぞ」
互いに気が済むまで罵りあって、ようやく話が本題に入る。扉の先でエイルが何を見て、何を知って、何をしたか、だ。
「扉の先は一本道だった。一番奥にあった次の扉を開くと病院の待合室のような部屋があって二つの部屋がモニタリングされていた。一つはこの部屋。もう一つは少女の友人がいるというもう一つの部屋だ。そしてそのモニターの下にあったレバーを引いて戻ってきたんだ」
エイルの話を聞いてこの部屋の悪質な仕掛けを理解した。他の参加者が恐怖に怯えたまま終わっていく様を目に焼き付けさせようとしていたのだ。全て諦めて先に進もうとした矢先にその映像を見る精神的ダメージは計り知れない。
話を中断して部屋の中を見回したエイルだったが、すぐに諦めて視線を戻した。
「それと……」
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