第11話◇感謝と契約
どうやらティアちゃんは、元凶と血が繋がっているのだとか。
まぁ、ゾンビ化の呪いを振りまいた魔女と言えど人間、血縁者くらいはいるだろう。
だからなんだという話なのだが、彼女は俺の反応に戸惑っているらしい。
「すまん、言いたいことってのがそれだけなら、話を進めてもいいか?」
「あ、あのっ」
「なんだ?」
「い、今、わたし、斬りかかられてもおかしくない発言をしたと思うのですが」
彼女の言葉に、俺は頸骨を傾げる。
「どこが? 呪いを作った魔女の血筋だから、そいつの残した資料とかで呪いの解明が進んだ~みたいな、そういう話に繋がるんじゃないのか? 怒る要素ないだろ」
「……『とこしえの魔女』を生んだ家の者、というだけで、恨むには充分かと」
彼女が苦しげな顔になって言う。
その、辛い過去を思い出すような表情に、俺は色々と悟る。
「あぁ、そういうやつか。俺は気にしないから安心しろ」
魔女の血縁者ということで、謂われない中傷や差別を受けてきたのだろう。
相手にはどうしようもない部分を的にして、石を投げるのが好きな連中はどの時代にもいるようだ。
どうあってもそこは改善できないのだから、一方的に攻撃することが出来る。
俺も貧民窟出身であることやダン達と血が繋がっていないことで、ごちゃごちゃと言われた記憶がある。
そういう奴らをみんなぶっ飛ばせるなら話は早いのだが、ルールや性格からそれが出来ない者もいる。
「で、ですが……」
「あのなぁ、君と血の繋がったどこかの誰かがクズだからって、それが君を嫌う理由になるわけないだろ。第一、人間遡れば絶対血縁に犯罪者やクズがいる筈だろ? だからって全人類で互いを嫌い合うのが正しいのか? バカらしい。罪は犯したそいつだけのもんだ。夫婦だろうが親子だろうが親戚だろうが子孫だろうが、関係ない」
「…………」
また黙った……と思ったら、彼女の瞳が潤んでいるではないか。
小娘とはいえ、女を泣かせるとはなんたる不覚。
「あー、ティアちゃん? 何か気に障ることでも言っちまったか?」
頭や背中を撫でて宥めようにも、こんな骨の手でやられては落ち着かないだろう。
「いえ……ごめんなさい。アル殿の言葉が、嬉しかったのです」
俺はそっと胸骨を撫で下ろす。
嬉し涙ならば問題ない。
「そ、そうか。それならよかった。こんなんでよければ、いくらでも言うぞ」
「ふふ、ありがとうございます」
目許を拭いながら、彼女はくすぐったそうに笑う。
それは、年相応に可憐な笑顔だった。
「どういたしまして」
肉の身体が残っていたら、今の俺は微笑んでいたことだろう。
骨の身では、笑顔を見せることさえ叶わないのだが。
「お、お見苦しいところを」
ティアちゃんが照れたように頬を染める。
「可愛かったぜ」
「かわっ……じょ、冗談は好きませんっ」
冗談ではないのだが、訂正しても更に照れさせるだけか。
女性との会話ならばどれだけ脱線しようが望むところなのだが、そろそろ本題に戻ることにしよう。
俺は彼女の前まで近づき、片膝をつく。
「アル殿?」
骨で出来た自分の剣は、一旦地面に。
「アストランティア様。これより私は、貴女を護り、全ての敵を斬る騎士となりましょう」
「――――っ」
言ってから、彼女を見上げる。
「作法とか分からん庶民なもんでな、これくらいで勘弁してくれ」
彼女は柔らかい笑みを湛えていた。
「いいえ、充分ですよ。誇り高き聖なる騎士が誓った忠誠の言葉に、疑いを挟む余地はありません。こちらこそよろしくお願いいたしますね、我が騎士アル」
「あぁ、よろしくお姫さん」
形は適当とはいえ、主従の誓いも済んだ。
俺は剣を掴み、ゆっくりと立ち上がる。
「……お姫さん」
「
気質と社会性は別。
俺だって、ちゃんとしなきゃいけない時くらいは弁えている。
「……いいでしょう」
あんまりよくなさそうな顔で、お姫さんが承諾する。
この、考えていることがすぐ顔にでるあたりは、やはりまだ子供に思える。
いや、感情と理性とで別の答えを出せる分、大人とも言えるのか?
「それで、お姫さん。俺はこれからどうすりゃいいんだ?」
「今、この世界には結界によって封鎖された都市・地域が十二箇所存在します。これらを封印都市と呼称し、ここもまたその一つです」
「あぁ、聞いててなんとなく分かったよ」
「これらは、三百年を掛けても完全浄化の叶わなかった領域でもあります」
「動く死者がまだ残ってるってわけだな。この街だと、俺か」
動く死者を全員ぶっ殺さないと封印を解けない、という理屈は分かる。
先程彼女はこの街では死者の救済が完了されたと言っていたが、世間的には俺が残っている限りダメなのだろう。
感染の危険が残っているわけだから、当然だ。
「はい。さすがに死者を殲滅する死者というのは、貴方以外に聞いたことがありませんが……」
ということは、他の封印都市ではまだまだ動く死者がうじゃうじゃいたりするのだろうか。
俺みたいなのが十二体いるだけ、というわけではなさそうだ。
「じゃあ、お姫さんと俺で他の都市に突っ込んで、片っ端から死者を還せばいいのか」
「最終的にはそういうことになります。全ての封印都市には特別な死者がおり、これを討伐することは十二聖者でも困難であるとされていますが……」
「十二聖者ってのは、特別強いコンビってことでいいのか?」
「その認識で問題ありません。かつては十二騎士と呼ばれていた称号の、後継制度だそうですが……」
「あー、聞き覚えがあるぞ。俺も候補に選ばれたことがあるような……」
なんでダメだったのだったか……。
さすがに三百年も昔のことだ、上手く思い出せない。
「はい、アル殿。貴方が類まれなる聖騎士であったことは、存じております」
彼女の発言に、俺は違和感を覚えた。
「……? いくらなんでも、三百年前の候補ごときが歴史に残りはしないだろう」
「いえ、その……この話は、また後日」
彼女がごにょごにょと言い淀む。
「へぇ? まぁいいや。その十二聖者でも殺せない死者を殺して、全ての都市を解放するのが当面の目的ってことでいいのか?」
「その通りです」
「いいぜ。十二体の特別な死者を、俺が殺そう」
「……それは出来ません」
「なんでだよ」
「その内の一体は、貴方だからです」
「……あぁ、そうだな」
うっかりしていた。
魔女の呪いで転化した者は、自分で自分を殺すことができないというのに。
「特別な死者には特別な名が付けられており、貴方は『
ならば、その妙ちくりんな異名は、合計十二体分あるのだろうか。
覚えられるだろうか……。女性の名前ならば忘れない自信があるのだが。
「にしても、剣聖ねぇ……」
随分と大層な名前を付けてくれたものだ。
「この都市の周辺は、他の被害地域に比べ驚くほどに被害が少なかったのです。それが貴方の功績であると、知る者は知っているのですよ」
はて、どういう経緯で伝わったというのだろうか。
証言した生き残りでもいたのか。
「……ふぅん。その割に、俺のことを殺しに来るやつとかいたんだけど」
「……申し訳ございません。貴方への扱いに関して、当家でも意見が割れており……」
まぁ、俺を殺せばこの土地を取り戻せるのだ。
さっさと片付けたいと考える者がいても、何も不思議ではない。
お姫さんのように、自分の聖騎士にしようと考える方が異端だろう。
「まぁいいさ。取り敢えずの方針はわかった。まずはここから出してくれるんだろ?」
「はい。貴方にはこれから――人の身を取り戻してもらいます」
「ん?」
「そして、聖者を育成する学園に、わたしの聖騎士としてついてきてもらいます」
「学園?」
「わたしの側にいることで苦労を掛けることも多いでしょうが、どうかよろしくお願いしますね?」
「なぁ」
「あ、入学試験まで半年を切っているので、それまでに今の世の常識を身に着けて頂きます」
「……」
「アル殿?」
「いいや、なんでもない。なんでもやるさ、俺はもう、お姫さんの聖騎士だからな」
死んでから三百年。
俺は生身の身体を取り戻し、学園に通うお嬢様の護衛をすることになった。
人生何が起こるか分からないと言うが、死んでからも何が起こるか分からないものだ。
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