第12話◇復活の朝と形骸種

 



 そこは天国のようだった。


 すべすべのシーツ、身体を包み込むような布団、ひだまりの香りのする枕。

 やんわりと朝を告げる、カーテンの隙間から射す陽光。


 そして――。


 右を向けば、緑色の短い髪をした、スレンダーな乙女が寝ており。

 左を向けば、青色の長い髪をした、肉付きのいい美女が寝ている。


 まさに両手に花だった。


 起床した俺がベッドの上で上体を起こすと、緑髪のウルリが目を覚ます。


「お、おはようございます、アル様……」


 彼女は恥じらうように布団を引き寄せ、肌色を余すことなく晒していた身体を隠す。


「おはよう、ウルリ」


 彼女と朝の挨拶を交わしていると、左腕に柔らかく温かい感触が。


「あら、ウルリばかり見てずるいです」


 青髪のイルムが、拗ねたように身体を絡ませてくる。


「そんなことはないさ。君にも見とれているとも、イルム」


 死んでから三百年。


 スケルトンと化した俺は、肉の身体を取り戻していた。

 そして、男としての幸福も取り戻したのだった!


 ◇


 時は遡り、お姫さんと契約を交わしたあとのこと。

 彼女は一度、結界の外へ出ていき、幾人かのお供を引き連れて戻ってきた。


 みな俺を警戒しているようだったが、戦闘要員ではないようで、荷を運び込む役割を担っているだけのようだった。


 大きな木箱を地面に置き、中から上等な布に包まれた何かを取り出す。


 包みを剥がすと、出てきたのは――いびつな形の水晶。

 空色に近いが、中で光のようなものが蠢いている。


「なんだこれ。さっき俺を人に戻すみたいなこと言ってたが、こんなんで出来るのか?」


「……理屈の上では。これは、数代に渡って当家の者が魔力を注ぎ続けた魔石なのです。これを利用し、『とこしえの魔女』の呪いを一部打ち消しつつ、貴方の肉体を再生させます」


「魔石ってのは確か、魔法使いがたまに使う道具だよな。魔力を溜めておけるっていう」


 魔法使いの犯罪者と戦った時に、見た記憶がある。

 こういうのは覚えてるんだよなぁ。


「はい。魔力を溜め込む性質の希少な鉱石ですね。魔法使いが扱う場合は、携行できるサイズの小さなものを用意する場合がほとんどですが」


「そうそう、前見たやつは拳で隠せるくらいだった」


 魔力の貯金みたいなものだ。

 手持ちの魔力が尽きても、魔石次第でまだ魔法が打てる。

 そして、普段の自分では発動できない規模の魔法を使用するのにも利用できる。

 今回は後者だろう。


「じゃあ、これだけ大きければ相当な魔力が入るわけだ。数代分って言ってたもんな」


「その通りです」


 ふむ。

 死者を生者に戻す魔法なんてものがあるのだとしても、このバカでかい魔石と、魔法の才能があるやつ数代分の魔石が必要ってだけで、難易度が桁外れに高くなる。


 これでは、とても世界中の死者は救えないだろう。

 限られた者だけを人に戻せる手段、といったところか。


 それに、気になることはまだある。


「俺の知ってる聖女サマの魔法にも、動く死者を正しい死者に還すものはある。だからお姫さんの魔法も、俺に効くかもしれない。だがその魔法の効果は確かなのか? 今更ただの白骨死体になる、なんて終わりはごめんなんだが」


 お姫さんが俺を騙しているようには見えないが、お姫さん自体が騙されている可能性はある。


 つまり、彼女は本気で俺を蘇らせる方法だと信じているが、彼女を騙した誰かがいて、その手段を実行すると俺が完全に死ぬ、という可能性だ。

 これだと、彼女自身は真実を口にしているつもりなので、俺にも見抜けない。


「ご心配には及びません。魔法使いは、習得した魔法の効果を把握しています。この魔法によって貴方が命を落とすことはないと保証いたしましょう。無論、わたしの言葉を信じていただく必要はありますが……」


「命を落とすも何も、もう死んでるけどな」


「あ……あの、その……」


 お姫さんがなんと返せばいいかわからないのか、おろおろしだす。

 スケルトンジョークは中々難しい。


「冗談だよ。そういうことなら、君の言うことを信じよう」


「……よろしいのですか?」


「あぁ、君が俺を騙すつもりじゃないのは、見てればわかる」


「……アル殿には、人の纏う気配を察するお力がある、とのことでしたが」


「あ?」


 あまりに小さな声でぼそぼそ言うので、よく聞こえなかった。


 まぁ、今の俺は耳で聴いているわけではないのだが、音を捉えているのは同じ。

 微かな音は生前同様、集中していなければ聞き取れない。


「いえ、なんでもありません。それよりも、気になる点などはありませんか?」


「特にないな。呪いを完全に祓えば俺は死ぬ。だから打ち消すのは一部なんだろ? 俺を外に出す為に必要なのは、呪いを振りまかないこと。だから『感染能力』を消すのは必須。それに加え、生身の身体も再生してくれるってわけだ」


 とはいえ、今更元の身体に戻れると言われても、さすがに実感が湧かない。

 なにせ、肉を纏っていた時期よりも、骨だけで過ごした時期の方が長いのだ。


「……先程から思っていましたが、飲み込みが早いのですね」


「そうか? 細かいことを気にしないだけだよ」


 とはいえ死ぬつもりはないので、最低限の確認はするつもりだ。

 いやもう死人なのだが、完全に死ぬのは困る。


「アル殿ならばご存知でしょうが、魔女の呪いによって転化した者は、通常の動く死者とは異なる部分が幾つもあります」


「だな。あー、だから別の呼び方してんのか? さっき言ってたよな……形骸種キュリオンだったか」


「えぇ、まさにその通りです。今でも通常のゾンビやスケルトンは発生しますから、区別の為に用意された語が形骸種キュリオンとなります」


 形骸種キュリオンの最大の特徴は、祝福の声だろう。


 ゾンビ化しても個人の意識が残り、その上でゾンビ化こそが幸福だという認識を押し付けられる。

 あくまで当人のままなのに、最優先事項に呪いの共有がきてしまうのだ。


 そして、特徴は他にもある。

 動き回っている内に肉は腐り落ちていくが、骨は朽ちないのだ。


 というより、欠けたり罅割れたり砕け散っても、再生するのである。

 ただし、首を絶たれると完全に死ぬのは変わらない。


形骸種キュリオンの持つ特徴は大きく三つに分けられ、それぞれ『魔女の福音』、『形骸けいがいの恩寵』、『神心しんしんの具現』と言われています」


「あー、さすがに色々解明されてんだな」


「……三百年の時を経ておりますから。アル殿にとっては、既知のものであるかとは思いますが」


 まぁ、俺はその形骸種キュリオンそのものなわけだしな。

 呼び名こそ初耳だが、全て心当たりがある。


「福音ってのが、頭に響く声だよな?」


「はい」


「恩寵は、骨が治るやつか」


「はい。ゾンビ化を利用した不死の再現では、第一に生命活動が停止します。ですので、転化後に生き続ける為の術式である、との説が主流です」


「あくまで、ゾンビ化の呪いを改造してる感じだもんなぁ」


 元がゾンビ化の呪いなので、一度死んで肉体が腐っていく部分は変えられない。

 だから、ゾンビになったあと、残った骨の身体が朽ちないように手を加えたわけだ。


 そこまでするなら、首がとれたら死ぬという弱点は克服できなかったのだろうか。

 それとも、何か理屈があるのだろうか。

 まぁ、今度訊いてみよう。


「『神心の具現』ってのは?」


「一部の形骸種キュリオンは、特殊な能力に覚醒します。その能力は千差万別であり、その個体の精神の影響を強く受けているようなのです。特別な十二体を祓えないのも、その能力が大きな理由であるとされています」


「あぁ、これってやっぱり俺だけじゃないのか」


 俺は腰に吊るした骨の剣をぽんぽんと叩く。


 いつしか出来るようになったのだ。

 俺の能力によって生み出した剣である。


「……その、骨の剣がアル殿の能力なのですか?」


「ん? あぁそうか、能力の発動自体は、生きてる人間に見られたことなかったからな」


 生きて帰った聖女と聖騎士からの報告を聞いたとしても、俺の能力は不明なまま。

 お姫さんは、この能力ではなく俺の剣の腕などを評価してくれた、ということ。


「特別な剣なのでしょうか?」


「どうかな。別に武器にこだわりはないから、捨てていけっていうならそうするぜ」


「いえ、剣は構わないのですが……能力の使用は、人前では控えていただく必要が……」


「あぁ、承知した」


 こんなものはおまけだ。使えるなら使う。だめだってんなら、それはそれでいい。


「感謝します」


「それで、何の話だったか……。あぁそうだ、この魔法で気になるところか。さっき特にないって言ったが、強いて言えば――誰の為に用意してたんだ、これ」


 彼女の顔に緊張が走る。


「当然の疑問ですね」


 まぁ、呪いの解除も死者の蘇生も、生き残りの人類が望むものとしては妥当だ。


 だが、魔女の血縁者である彼女の家系が、なんとか導き出したのがこの方法だとして。


 実際に発動用の魔力を溜めたり、術を継承したりするのは、どこか妙だ。

 その行動には、目的が抜けている。


 つまり、そこまでして誰を蘇生させるのか、という部分が。



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