第一章
第10話◇骨骸の剣聖とお姫さん
突如現れた小娘に、自分の聖騎士になれと頼まれた。
「うぅむ……」
俺は下顎の骨を右手中指の骨の先端で、がりがりと掻く。
痒みとは無縁の生き物になったが、それでも人間時代の名残なのか、無意識に身体が動くことがあった。
「いきなり言われたところで、状況が飲み込めないでしょう。もちろん、全て説明させて頂きますので」
「状況っていうかなぁ。頼み事をする前に、まず名乗ってほしいもんだなと」
俺の言葉に、彼女がハッとする。
「……! これは失礼いたしました。わたしはアストランティアと申します」
「そうかい、じゃあティアちゃん」
「ティアちゃ……いいえ、今はいいでしょう。それで、なんでしょう、アル殿」
「俺の知る聖騎士は、個人に仕える存在じゃなかったんだが。あんた専任の聖騎士っていうのはどういうことだい?」
ティアちゃんが、納得とばかりに頷く。
「順を追って説明いたしますね」
「いや、やっぱいいや」
話が長くなりそうなので、遮ることに。
「……はい?」
「これまで何度か、見えない壁の向こうから俺を殺しに来たやつらがいたんだけどさ。あれって聖女サマと騎士の組み合わせだったんだよ。つまり、聖女サマと聖騎士がタッグ組んで死者を殺すのが、この時代の基本なんだろ? 俺に、君の相棒になれって頼みに来たわけだ。違うかい?」
「……いいえ、まさにその通りです」
三百年分の歴史の授業など面倒くさいので、適当に言ってみたが、当たっていたようだ。
「じゃあ質問が二つに要望が一つ、これ次第で協力するかどうか決めたいと思うんだが」
「承知いたしました。どうぞ」
ティアちゃん、中々に話が早くていいな。
「質問一、何故俺なんだい?」
「わたしは、この世界に残る全ての死者を、正しく還したいのです」
「ちゃんと死なせてやりたいって?」
「はい。その為に共に戦う聖騎士は、強き者でなくてはなりません。そして何よりも、志を同じくする者でなければなりません。貴方がこの街の死者をたった一人で救い続けたことは、我々も掴んでいます。十二の封印指定都市の中で唯一ここだけが、死者の救済を完了している都市なのですから」
彼女の淀みない回答に、俺は感心するように頷く。
「ほうほう」
今の回答だけで幾つかのことがわかった。
ティアちゃんは、ここに入るだけの権限は持っているのに、一緒に組む相棒を見つけるのには困っている。
俺のような死者を勧誘しに来るくらいだ、相当だろう。
そして、この街を覆う見えない壁だが、おそらく同じような場所が世界に十二箇所ある。
あの日、この街から逃げたゾンビ達がいて、それによる感染拡大で……なのか。
それとも、あのゾンビ騒ぎは同時多発的に起きており、世界が事態の収拾を図った結果、なんとか十二箇所の封印で済んだのか。
どちらにしろ、三百年経っても、全てのゾンビを殺せてはいないらしい。
なにせ、十二箇所の内、ゾンビが一掃されたのはこの街だけ、らしいのだから。
「じゃあ次の質問だ。君に仕えるとして、俺――骨なんだけど?」
ここが一番の問題ではなかろうか。
死者を還すという口ぶりからして、動く死者と共存している世界になった、というわけでもなさそうだ。
三百年経っても、ゾンビやスケルトンは討伐対象のままなのだろう。
ならば、俺が外に出るのはパニックを誘発することになってしまうのではないか。
俺の質問に対し、ティアちゃんが警戒するのが分かった。
「……それに関しては、解決方法がある、とだけお答えしておきます」
「ふぅん? 解決できるならいいや」
気にならないと言えば嘘になる。
だが、大した問題ではない。
「じゃあ、最後だな。俺の要望はこうだ――君を守ってやるから、俺の戦いには手を出さないでくれ」
「――そ、れは」
以前戦った奴らを見て、現代の聖女と聖騎士がどう戦うものなのかは把握済み。
彼女を守るのは構わないが、彼女の方から俺をサポートする必要はない。
「ゾンビだろうがスケルトンだろうが構わない。三百年前から始まる呪いの全てを、俺が終わらせてやる。それで文句はないだろう?」
生前の記憶も、今は遠い昔の出来事のように思える。実際、三百年前の過去だ。
だが、ゾンビになった日のことは忘れない。
あの日に定めた目標も、失ってはいない。
「……貴方から求めない限り、わたしは己の力を、自分自身を守る為だけに使います。これでよろしいでしょうか?」
彼女なりの、最大限の譲歩といったところか。
絶対に手出しをしないのではなく、俺が頼めば力を貸すと言っているのだ。
「ははは、それで構わないさ。じゃあ、契約成立だな」
「……本当に、これ以上訊くことはないのですか?」
思ったより呆気ない展開だったのか、ティアちゃんが戸惑っている。
「いや、別に……あ、じゃああと一つだけ」
「はい」
彼女がこくりと頷く。
「元凶は、生きているんだよな?」
その質問を受け、彼女の瞳に、強い決意の光が宿った。
まるで別人になったかのように、毅然な態度で、彼女は言う。
「――はい。『とこしえの魔女』は、今もこの世界のどこかで生きています」
その態度で理解した。
彼女も、そいつを狙っているのだ。
三百年以上もの間、生き続けている魔女を。
「ならいい」
俺が改めて契約成立の言葉を口にしようとしたところで、彼女が意を決したようにこちらを見つめているのに気づく。
「契約を結ぶ前に、わたしの方からもお伝えしなければならないことがあります」
元凶の生存を伝えた時と同じくらいに、彼女の瞳に宿る感情は強い。
だが決意ではなく、なにかを恐れているような、そんな気配を漂わせている。
彼女がすぅと深く息を吸い、そして覚悟を決めたような顔で、こう言った。
「わたしは――『とこしえの魔女』の血縁なのです」
つまり彼女は、元凶の血を引いているということ。
「あー、なるほど」
どれだけ大層なことを言うのだろうかと思ってみれば、そんなことか。
「…………」
「…………」
「…………えっ?」
ティアちゃんが素っ頓狂な声を上げた。
どうしたというのだろうか。
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