第7話◇ゾンビ退治と別れ




 頭の雨、、、が降っている。


 ビオラと俺の刃の通り過ぎるところ、ポンポンポンッと小気味よく人体から頭部が外れ、くるりと宙を舞うのだ。

 それから少し遅れて首から血が吹き出し、胴体が倒れる。


 だがその頃には、俺達はもうそこにはいない。


 果物屋のおっさんも、串焼きの屋台を出してるおっさんも、鍛冶屋のおっさんも、酒場の亭主をやってるおっさんも、その他大勢、知り合いや他人問わず、どんどん首を刎ねていく。


 ビオラの速度に俺の剣の腕が加われば、なんてことはない。


 既にゾンビと化した彼らは、法的には魔獣指定。聖騎士の討伐対象。

 救う方法はない。男女に関係なく、殺し直す他ない。


 それが分かっていても、やはり女性を手に掛けるのは気が咎める。

 心をオーガにして、出来るだけ苦しみを与えぬようその祝福を終わらせる。


「にしても……」


 ――感染が早すぎる。


 あの童女が最初の感染者ではないにしても、今の状況はあまりに絶望的だ。

 感染から転化までの時間が早すぎて、これでは街が一日と保たないだろう。


 たまに生きてる人間を見つけては周囲のゾンビを殺し、逃してやるが……その後のことは面倒を見きれない。


 先程から数十数百と首を刎ねているが、騒動は収まる気配がない。

 俺が殺す速度を、ゾンビが増える速度が上回っているのだ。


 まだまともに聖騎士団や衛兵が機能していれば、今すぐ街の門を閉ざし、感染者の封じ込めを行うだろうか。

 いや、それを期待するのは無駄だろう。


 かといって、俺一人で四つある街の門を閉ざして回るのでは間に合わない。


 ――ダンが外に出ていく前に見つけねぇと。


 街中と世界中では、捜索範囲が違いすぎる。

 不幸中の幸いというべきか、ゾンビには当人の意志が残っているようなので、それを思えばダンがすぐさま外へ出ることはないと思われる。


 あのオヤジはこの街を愛しているからだ。

 外へ出るのは、この街を祝福で満たしてからと考えるだろう。


「……なんだ?」


 視界の先で、ゾンビが集会を開いている。

 まるでサーカスに群がる客ばりだが……あれは何かを囲んでいるのか。


「生存者しかねぇよな」


 数十人のゾンビがいてすぐに祝福を与えられないとなると、そこそこの手練れらしい。

 ゾンビの中心に目を遣る。


 馬に乗ったその生存者は、俺の知っている人物だった。

 というか、義弟のロベールだった。


 しかも彼は、自分の後ろに母のミルナを乗せている。

 この状況下で、自宅から救い出したらしい。


「はっ、さすがは出来た弟だな」


 義理の兄貴の方は、ゾンビと化した父親を殺せずに、こんなことになっているというのに。


「ビオラ」


 俺が名を呼ぶ頃には、愛馬は敵陣に向かって加速していた。


 彼女は賢い。

 俺が既に死んでいることも、ゾンビの性質も、自分だって噛まれてはただでは済まないことも、分かっている。


 それでも、相棒の意志を汲んで付き合ってくれているのだ。


「本当に、お前は最高だよ」


 ビオラの急加速は凄まじく、一瞬でゾンビ集団の顔の造りが確認できるレベルまで接近。

 彼女はそこで左へ急旋回。


 俺は、慣性によってそのまま吹き飛ばされそうになるのを腿の力で堪えながら、上半身は勢いに身を任せて剣を振るう。

 鞭のようにしなった俺の腕とビオラの軌道によって、ゾンビの一団に半円状の斬撃が襲いかかり、一度に十人以上がバラバラとなった。


 ハゲ頭のおっさん、鷲鼻の若者、無精髭のおっさんの頭部が揃って宙を舞う中で、小綺麗な格好をした青年三人ほどが上半身と下半身で分かれ、嘆かわしいことに幾人かのご婦人がたも斬り飛ばすこととなった。


 ゾンビが既に死者であること。

 彼らにとっては、それは永遠の生の獲得であること。

 両方理解しているが、やはり気分はよくない。


 彼らを殺める度に、目に見えぬ泥のようなものが、自分の体内に溜まっていくようだ。

 解体されたゾンビたちの破片を受けて、他のゾンビたちも連鎖的に姿勢を崩していく。


 更に、ゾンビ集団の何割かが、意識を俺に向けた。

 いや、ビオラに、だろうか。

 どちらにせよ、これが好機だと分からぬ義弟ではない。


「今だ!」


「兄上! は、はい!」


 俺は数秒ほどそこに留まり、邪魔なゾンビを斬り倒していく。

 そこにロベールが到着。やつが通り過ぎるのを待ってからビオラも続く。


「アル! あぁ、よかった! 無事だったのね!」


 まだ状況が飲み込みきれていないだろうに、ミルナが心底安堵したように言う。

 ロベールの母親だけあって、金の髪と青い瞳の映える美人だ。


 さて、この人にどう説明したものか……。


「いやぁ、ミルナサン。それが、無事じゃあないんだな」


「……あ、アル?」


 俺の回答に、不安そうな顔になるミルナ。

 ロベールの方は、すぐに俺の言わんとしていることに気づいたようだ。


「兄上……その傷、まさか」


「あぁ、噛まれた」


 二人が絶句する。

 俺は進路上に飛び出してくるゾンビたちを切り捨て、ロベールを怒鳴りつけた。


「おい、ぼーっとすんな! お前が敵を斬らねぇで、誰がミルナサン守るんだよ」


「……っ!」


 さすがはダンの息子。動揺を押し隠し、即座に道中のゾンビ退治を開始。


「そんな……あぁ、そんな……!」


 ミルナは顔を手で覆ってしまう。

 彼女を苦しませるのは心苦しいのだが、一緒に逃げることは出来ないのでどこかで伝える必要があった。


「……申し訳ございません、兄上」


「あ?」


「ぼ、僕もすぐに教会に向かっていれば……!」


 ロベールの話をまとめると、例の童女を探しに行ったところで、彼女とその父親を含むゾンビに遭遇。


 事態の深刻さを悟り、その場を切り抜けてすぐにミルナを保護。それから騎士団の詰め所へ向かうつもりだったようだ。


 民を守る聖騎士としては、緊急時に自分の家族を優先してしまうのは失格かもしれないが、一人の男として家族を優先するのは正しいのだろう。


 ロベールの迅速な行動がなければ、少なくともミルナはゾンビになっていた筈だ。

 だがロベールは、その判断を悔いている。


 童女がゾンビと確定した段階で、彼女に噛まれたダンの始末に動くべきだったと。


「つってもなぁ……大して変わんなかっただろうぜ」


 ダンを教会で始末できたとしても、ゾンビの広がり具合を見る限り、焼け石に水だ。


 これは普通のゾンビ騒ぎではない。

 何者かが呪いに手を加え、意図的に、おそらく俺たちの帰還少し前に呪いを撒いたのだ。


 俺たちが帰ってきた時点で、この街は詰んでいたのである。


「……待って。アル、あ、貴方――誰に噛まれたの?」


 さすがは聖騎士の嫁。こういう時は鋭いな。


「いやぁ、油断しちまってね」


「貴方相手に、そんなことができる人なんて、そんなの――」


 誤魔化しは失敗。


「取り敢えず、折角馬もいることだし二人は逃げてくれ。あとのことはまぁ、俺がなんとかするわ」


 二人は今、俺がゾンビに噛まれてから転化するまでの間を生きている、と勘違いしていることだろう。

 これから俺はゾンビに成り果てるのだと。


 その方が話が早いので、それで構わない。


「だ、ダメです! 息子を置いていけるわけがないでしょう! ま、まだ手があるかもしれないではないですか!」


 意見それ自体は馬鹿馬鹿しいのだが、その気持ちが嬉しい。

 この底抜けの善人は、夫が拾ってきた孤児に、実の息子と変わらぬ情を注いでくれた。


「ありがとう、ミルナサン。でも、無理なんだ。俺はアルとして生きているように見えるかもしれないけど、もう死人なんだよ」


「そんな……」


 ミルナは子供みたいに、大粒の涙をぼろぼろと流す。


「それに、あのクソオヤジを、誰かがなんとかしないとな」


 話している内に、街の外へ繋がる門が見えてきた。


「よし。ロベール、ミルナサンを頼むぜ。守りきれなかったら、噛み殺しに行くからな」


 折角ゾンビになったので、ゾンビジョークを言ってみる。


 残念ながらウケなかった。

 笑いの道は険しい。


「兄上……」


 ロベールが、むかつくくらい整った顔を、くしゃくしゃに歪めて、俺を見た。


「なんだ、自慢の義弟よ」


「兄上も……自慢の、兄上です」


「そうか、俺のは冗談だったんだが」


「僕は、本気です」


「お前ってやつは、最後まで気に入らんな」


「は、はは」


 いつもと同じ、お決まりの会話だというのに。

 ロベールはいつもと違い、笑うだけでなく涙も流している。


「ロベール」


「はい、兄上」


「冗談ってのは嘘だ」


「はい、ずっと分かっていました」


 ロベールが、子供みたいに顔全体で嬉しそうに笑った。涙と洟で、折角の顔が台無しだ。

 むかつくからそれも嘘と言ってやりたかったが、最後の言葉が悪態ってのもなんなので、ぐっと堪える。


「ビオラ、お前は二人についていってくれ」


 ビオラは『お断り!』とばかりに首を揺すっているが、俺は彼女の首筋をそっと撫でる。


「頼むよ。俺の弟と母さんを、守ってやってくれ」


 らしくもなく真面目な声で頼むと、最後には『わかったわよ……!』とばかりに頷いてくれる。


「ありがとな」


 最初は中々懐いてくれなかったが、根気よく世話をしたり顔を合わせる度に毛並みを褒めていたら徐々に心を開いてくれ、最終的には無二の相棒になってくれた。

 門を通り過ぎる直前、俺はビオラから飛び降りる。


「……兄上、ご武運を!」


「アル、あの人のことを、どうかお願い」


 背中に掛かる義弟と義母の声に、片手を上げて応える。


 視線の先には、ゾンビと化した街の住民たち。

 温かい心で、全人類に呪いを振りまこうと動く屍共。


「こういう時、『ここを通りたくば、俺を殺してからにしろ』とか言うと格好がつくんだろうが、もう死んでるんだよな」


 二度目のゾンビジョークも、誰も笑ってくれない。


「お前らちょっと冷たいんじゃないか? 死体だから当然、か」


 二度ウケなければ三度目を放つ。


 みんな、あーうー言うだけで笑ってはくれない。

 なんだか悔しいので、いつか誰かをゾンビジョークで笑わせたいものだ。


 だが、その前に。


「始まったばかりで悪いが、お前らの永遠は今日終わる」


 全員、この悪夢から解放してやらねば。





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