第4話◇義弟と馬上

 



「まったく貴様というやつは!」


 ビオラに乗って街へ帰還している道中、部隊長の中年男は怒りっぱなしだった。


 金の髪に青い瞳をしているが、顔が怖いので爽やかな感じはゼロ。がっしりとした肉体はその鍛錬の程が窺える。


 彼の名はダン。俺の義父であり、上司でもある。


「まぁまぁ父上、兄上は昨日の功労者なのですから」


 ダンを宥めているのは、彼の実の息子であるロベールだ。


 一応は、俺の義弟ということになる。


 父親譲りの金髪碧眼と、母親譲りの甘い容姿を獲得したことで、奇跡の美青年となっている腹立たしいやつである。


 おまけに物腰が柔らかく、正義の心を持ち、賢く、強くなることに貪欲で、人望に厚い。

 その上、俺のようなやつを本気で慕っている。


 まさに完全無欠。

 聖騎士とは本来、こいつのような男の為に用意された言葉なのだろう。


 むかつくなぁ。


「ロベール! お前はアルに甘すぎる!」


 今も、俺を庇ったばかりに父からのとばっちりを受けている。


「僕は、聖騎士としての兄上を尊敬しているのです。兄上の武功は、王都の十二騎士にも劣りません」


 国中から集められた選りすぐりの聖騎士がそう呼ばれるのだが、具体的にどう選出されるかは不明だ。まぁ、王都の連中次第で適当に決めるのだろう。


 単純な魔獣討伐数などで言えば、確かに俺はそいつらに劣っていない。

 魔獣を殺した数で貰える称号に興味はないが。


「それは分かっておる! だがなロベール、こやつは三度も十二騎士候補に選出され、三度共落とされている! 実績に問題がないのに、だ!」


「……そ、それは」


 ロベール、目を泳がせるんじゃない。もう少し頑張って義兄を庇うんだ。

 お前が盾になってくれないと、俺が親父に説教されるだろうが。


「理由は毎回、『素行に問題アリ』だ! こやつには騎士たる者の品格がない!」


 それにしても声のデカイおっさんだ。

 見ろ、鳥が驚いて木から羽ばたいていったではないか。


「俺達は本物の騎士サマじゃなくて、聖騎士だろ。魔獣殺しに品格を求める方がおかしいね」


 騎士と言っても様々だが、権力者に仕えて武力を提供するといった意味での騎士と、俺達聖騎士は違う。


 騎士は主君の為の存在だが、聖騎士は民の為の存在だからだ。

 もっと言えば、騎士は主君を守るのが仕事で、聖騎士は魔獣を主とした脅威を殺すのが仕事だ。


 元々は、一部の騎士が魔獣を殺したのが始まりで、だからこそ魔獣殺しが仮にも騎士を名乗っているわけなのだが、ぶっちゃけ聖騎士は大抵が一般人だ。


 本物の騎士や貴族の中にも、聖騎士の仕事に携わる者がいるが、数はそう多くない。

 よって、ダンの言う品格うんぬんは、やはりピンとこない。


「我々は、王国全体に尽くした『始まりの聖騎士』様の遺志を継ぎ、無私の心で民を守らねばならない!」


「俺は『助けてやったから抱かせろ』なんて言ってないぞ? あくまで相手の厚意だ。それもダメだっていうなら、昨日の村で一泊すること自体、無私の精神に反してないか? 礼の気持ちを受け取るのは騎士の理念に反するからって、わざわざ野宿をしたのかよ?」


「ええい屁理屈をこねるな!」


 ダンがますます不機嫌になる。


 まぁ、彼は父親として、義理の息子にしっかりとしてほしいのだろう。

 それこそ、自慢のロベールのような出来た人間に。


 けれど、無理だ。


 女性が好きなのは変えられんし、男の前で見かけを取り繕うことに価値は感じない。


 唯一、この剣の腕だけは、俺が望んでいるものかつ、ダンの役にも立つものだ。

 俺自身の生き方の中で、たった一つだけ。


 それがあっただけでもマシだろう。

 これがなければ、貧民窟で朽ちていたであろうガキを拾い育ててくれたダンという男に、恩返しをする術など見つからなかっただろうから。


 まぁ、魔獣を殺した分、そのあと何かしらの理由で説教されるまでがワンセットなのだが。


 俺には興味のない話を右から左に聞き流すという特技があるので、問題はない。

 自分の言いたいことを言ったあとは、ダンの長々とした説教は頭には入れない。


「……それにしても、兄上」


 弟も慣れたもので、父の説教中だというのに俺に馬を寄せて話しかけてくる。


「なんだ、自慢の義弟よ」


「兄上も、自慢の兄上ですよ」


「そうか、俺のは冗談だったんだが」


「僕は本気です」


「だからお前が嫌いなんだ」


「ははは」


 俺が睨むと、ロベールは星みたいにキラキラした笑顔を作る。腹立たしい。

 この一連の流れは、俺達義兄弟にとって、いつしかお決まりのやりとりになっていた。


「それで、なんだよ」


「いえ、ここのところ、ますます剣の腕に磨きがかかっているように思いまして」


「おだてても何も出ないぞ」


 ポケットを漁ると銅貨が出てきたので、ロベールに放り投げる。

 ロベールは微笑みながらそれを受け取った。


「銅貨が出てきましたね」


「今のが有り金全部だから、もう出ないぞ」


 苦笑してから、ロベールは真面目な表情になった。


「先程の話ですが、兄上は十二騎士の資格を充分に満たしていると思います」


「だから、もう何も出ないぞ」


「兄上」


 冗談は終わり、と視線で示すロベール。


「王都はこの国で一番安全な場所だぞ? しかも十二騎士以外にも聖騎士団の本部にうじゃうじゃと戦力が集められている。十二騎士が実際に戦うことは滅多にないって話だ」


 一番安全な場所に一番強いやつらが集められているわけだ。


「……確かにその通りです。ですが同時に、聖騎士団支部の手に負えぬ魔獣が出現した際に派遣されるのも、十二騎士です。つまり、国中の強力な魔獣と戦う資格が得られる」


「資格っていうか、義務じゃね?」


「この地域での魔獣出現数は、確かに急激に増加しています。ですが、どれだけの数がいても、この一帯の魔物のレベルでは、兄上には物足りないのでは?」


「……どうした? 大好きな兄を、故郷から追い出したいのか?」


「僕は――」


「ロベール」


 今度は俺が、真面目な話は終わりだと視線で告げる。


 ロベールは悲しげな顔になったあと、最後とばかりに呟く。


「……どうか、悔いのない選択を」


 ロベールの言ったことは正しい。


 これだけ沢山の魔獣と戦えば、腕が落ちることはないかもしれない。

 だが、より強くなりたいのならば、より強い者と戦える環境に身を置くべきではないか。


 義弟は、俺が何かに遠慮して、この土地に留まっていると思っているようだ。


 俺は確かに、強さを求めている。

 もう、誰にも何も奪われないように。

 世の女性を守れるように。


 だが、貧民窟の孤児から、聖騎士に育ててもらった恩義も無視できない。

 きちんと返し終えるまで、どこかへ行くわけにはいかない。


 だがロベールはそこまで見抜いて、行けと言いたいのだろう。

 つまり、俺は、ダンの一家への恩返しを既に済ませているのだと。


 しかし、ロベールは分かっていない。

 拾ってもらった恩は、聖騎士になって数年くらいでは、とても返しきれない。


 結局、俺は恩返しを達成することは出来なかった。


 悪夢の始まりまで、もう少し。


 それは、街に帰還してから起こる。



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