第41話 贈り物のその後で
ある日の昼下がり。
ファナはラッピングをほどこした贈り物の箱を、しっかりと胸に抱えていた。
それなりに大きさがあるので、仮成人前の身体だと歩き辛そうに見える。
隣を歩く母親が交代しようと持ちかけても、フルフルと首を横に振った。
思春期に入る直前の頑迷さで拒否し、何度も箱を抱え直す。
「これは、私が受けたお届けものだから」
そう言って手を貸そうとする母親から遠ざかる。
見た目は大きいものの、中身は数点の髪飾りとエプロンなので軽いのだ。
布製の花束をサービス品にしたために、かさばって箱が大きくなったのはファナの判断だから、なおさら頑なになっていた。
普段なら注文以外の品はつけないのだけれど、ファナが布の花を作っている様子を見て、無骨そうな注文主が率直に褒めてくれたのだ。
よけいなことかもしれないけれど、とても嬉しかったから、直接自分の手で届けたかった。
「本当にあのガラルド様がうちに来たのかい?」
母親が不安そうな声を漏らす。
「本当よ」と答えるファナの声も戸惑いを隠せなかった。
大通りを抜けるだけならよくあることだが、王城と取引のある商家の層も越え、普段は足を向けることもない貴族の邸宅が並ぶ地域が見えてくると二人の足取りが鈍る。
いわゆる高級住宅街なので、下町の人間が気軽にホイホイとやってくる場所ではない。
配達だと自分に言い聞かせても、場違いな感覚は消せなかった。
ガラルド・グランといえば、泣く子も黙る世界的な英雄である。
東流派の長であり、生きながらにして伝説を持つ、誰もが憧れる世界最強の男。
そんな人がどうしてうちの店に? という疑問は、どうやっても消せない。
ファナの母親が経営しているのは、なんたって下町通りの小物屋なのだ。
店舗といっても服飾品のギルドに登録できないほど、小規模経営の小さな店だった。
裾の広がったワンピースを着た客が三人も入れば身動きが取れなくなるだろう。
父が早世してしまったので、日中は未成年のファナが店番をして、母親がお針子仕事に出ることで暮らしをたてている。
未成年の雇用に厳しい王都だが自宅の手伝いには鷹揚だし、お客の層も基本的に顔馴染みの下町の女たちなので、子供が店番でも問題はほとんど起こらない。
大手の仕立屋から買い取った余り布や端切れ、リボンの切れ端などを使ってチクチクと小物を作りながら母が帰ってくるまで店主代わりに座っている。
それがファナの日常だった。
そんな当たり前が崩れたのは数日前。
珍客が店にやってきたのだ。
突然訪れた二人組は武人で、小物屋には明らかに不似合いだった。
思わず見上げてしまうほど大きな男と、ファナと同年代に見える少年。
ファナが普段見ることのない格式のある立派な武人の着衣をまとい、腰に双剣を携えている二人組はとても凛々しかった。
思わず見とれてしまうほどの二人組だが、その後のやり取りを思い出すと、思わず吹き出してしまいそうになる。
「ここにある品を全部くれ」
そんなことを主人らしき大男がいきなり言い放つから、少年は心底バカにした視線を投げる。
そのまま軽快なやり取りが続くものだから、ファナは目を丸くしてしまった。
「買い占めして嫌われたいんだ、ふ~ん」とか「女の好みなど俺にはわからん」とか「贈り物なんてあきらめたら」とか「数があればひとつぐらい気にいるものがあるだろう」とか。
「品物がどうこうよりも、自分を思い浮かべて悩んでいる時間の長さで、彼の想いが伝わってくるわって女の人は喜ぶんだよ」
少年の言葉に心動かされたのか、悩めば悩むほどいいのか? と主人は本気で悩ましい顔になる。
大男は鋭い眼差しで、リボンや髪飾りの前に移動して、仁王立ちになった。
解答不可能の難題を前にしたように、険しい顔で数々の飾りをにらみつけている。
そのまま無言で5分間。
ピクリとも動かなかった。
「……おい、小僧。あとどのぐらい考えれば、悩んだことになるんだ?」
少年はツイッと天井を見上げ、ファナは笑い出すのを堪えるのに必死だった。
震えるほど怖い顔をした美丈夫に見えるのに、発言がかわいらしい。
だから「なにをお探しですか?」と声をかけて、想い人への贈り物だと聞いて胸が暖まる。
剛健な外見に似合わず、不器用で慣れていない感じが好ましかった。
いくつかのやり取りをして、家政婦をしている働き者の女性だとわかったので、さらに驚いた。
どこからどう見ても身分がある人に見えるのに、家政婦さんが想い人なんて。
見た目を裏切っている気もするが、身分や立場を全く気にしない感覚に、親近感を抱いてしまう。
だから、普段使いの髪飾りが相応しいのではないかと提案してみた。
綺麗好きなお嬢さんで毎日エプロンの色も違うと少年がつけたすので、それなら髪飾りとエプロンのセットもありますと、ファナは棚に向き直った。
髪の色や瞳の色に似合う色がいいかもしれないと、ふと思い付く。
「あの、いろんな色がありますけど、どんな方ですか?」
「おお、アライ……」
ズン! と地鳴りのような音がして、一瞬、ファナの身体がぴょんと浮き上がった。
なにが起こったのかわからず目を瞬いて振り返ると、大男は固く口を引き結んでうつむき、少年は心底楽しそうな微笑みを浮かべていた。
「洗いたての木綿のように、気持ちのいいお姉さんだよ、そうでしょ?」
ぐぅっと大男は喉の奥で唸りながら、深くうなずいた。
少年が矢継ぎ早に瞳の色や髪の色、年の頃や体形を語り出すので、ファナはうなずきながら棚に向き直る。
明るい春の色が好みみたいだと日常の服装の嗜好まで続くので、贈り物に相応しい品のイメージがわいた。
コレとコレと……と数点引き出して、この中から選んでもらおうと思っていたら、振り向く前に遠慮ない少年の言葉が届く。
「それ全部でもいいよね、買い占めを考えるバカだし」
ズン! と再び振動とともにファナの身体が浮く。
地震というには一瞬すぎるし、お客のふたりがまったく動揺していない。
ファナだけが地鳴りと振動を感じているのか、武人だから平気なのかわからないと思いながら振り向くと、勝ち誇った顔をした大男と、口を引き結んで呪うように床をにらみつける少年がいた。
二人そろって互いに近い足首を不自然に回している。
あの……と不信を問いかける間もなく、大男が「いくらだ?」と尋ねてきた。
金額を答えたら、心底驚いた顔になる。
「手間暇かかっているだろうに、それだけでいいのか?」
「え?!」
「俺に飾りの良さは全くわからんが、お前は大した職人だ。惚れた女が、この店が一番好きだと笑うから来てみたが、いい仕事をしている」
小さなカウンターの上に置いた作りかけの布製の花を見ながらそんなことを言うので、ファナは感激してしまった。
材料代さえ払えば充分だろうと買いたたくぶしつけな客もいるから、この人は心まで貴人だと尊敬のまなざしを向けた。
商品を裸のまま持ち帰ろうとするのを少年が押しとどめ、ラッピングをして配達を頼めるかを尋ねられたので、できますとファナは答える。
そして、配達先と名前を聞いて、腰が抜けそうなほど驚いてしまう。
ガラルド・グラン。
東の高級店ならまだしも、下町にくるはずもない人だった。
そして今に至る。
申しつけられた日時通りに配達しているけれど、ファナも母も次第に緊張してくる。
ガラルド・グランが本物であっても、騙る偽物であっても、下町の民には偉大過ぎる存在なのだ。
足取りは重くても、目的地にたどりつく。
少年から聞いた通りの特徴がある大きな武家屋敷を前にして、お勝手口に回るべきかどうか悩んだけれど、立派すぎてどこから入ればいいかわからない。
迷いつつゆっくりと玄関に近づいたら、バァン! とすごい勢いで扉が開いた。
中から飛び出してきた二人連れに、ファナは目を丸くする。
先日、店に訪れたガラルドと少年だった。
しかし言葉を失ったのは、ふたりが突然現れたからではない。
異様な格好をしていたのだ。
ガラルドはズボンを履き上着を軽く引っ掛けていたけれど、上半身はほぼ裸だった。
見事なほど割れた大胸筋・腹直筋・外腹斜筋……立派すぎる裸体に目のやり場に困る。
更に、その左腕に抱えられている少年といったら。
乱れた薄いシャツと、明らかに部屋着とわかるズボン。
寝乱れているのか妙な色気があり、靴もはいていない。
なによりも、その首にはめられた首輪から目が離せなくなる。
「む? すまんが急用だ。ミレーヌに俺からだと言って、渡しておいてくれ」
ファナを見るなりそう言って、ガラルドは疾風の速度で姿を消した。
走り去ったのだろうけれど、まばたきする間にいなくなったとしか思えない。
「ファナ、見た?」
「ええ、母様」
半裸の英雄が、首輪付きの美少年を抱きしめて逃走する図だ。
そうとしか見えなかったので頬が紅潮してくる。
あれはいったい?
いえ、そんなまさか!
疑問符が脳内を飛び交う中、奥から家政婦が出てきた。
それは顔見知りのミレーヌで「まぁ!」とお互いに驚いた。
ファナのいる店を選んだ理由を納得しながらも、意外なところで会うものだ。
ガラルドからだと贈り物の箱を渡し、それとなく聞いてみる。
「あの、ぶしつけなことをお聞きしますけど、ガラルド様とあのお付きの少年って、いつも一緒なのかしら?」
「ええ、片時も離れませんのよ。困ったものですわね」
「まぁ! 片時も離れない仲ですの?!」
「ええ。寝食も共にして、離れることのできない仲ですの」
内部事情を知らない、ファナとその母親は誤解を大きく膨らませる。
実際のところは呪具でつながっているだけで、ガラルドから離れられないだけなのだが。
目を離すとなにをしでかすかわからない死神の名を持つ少年を、野放しにするわけにはいかない。
それはホイホイ気軽に話せないことなので、ミレーヌは笑ってごまかす。
寝乱れたあの格好も、徹夜の仕事があったからだ。
早朝に帰宅するなり、ふたりそろって熟睡していたのだ。
ぐっすり寝行ったところで、流派がらみの事件が起こったとの知らせが入り、ガラルドが瞬時に飛び起きてそのまま出動した。
ただ、それだけである。
もっとも同じベッドで寝ているは事実だ。
勘違いを産んでも申し開きようがない状態でもあった。
なにしろ、美丈夫で剛健な英雄と首輪をした美少年の図である。
噂としても非常に美味しい。
その後。
下町の女たちを楽しませる話題として、英雄と少年のただならぬ関係が広まるのは、致しかたのない出来事だった。
【おわり】
こうして。
英雄と美少年のただならぬ関係の噂のおかげで、英雄の想い人は家政婦さんという事実が人の口に上ることはなかったのである。
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