おまけ

第39話 煉獄の幻魔堂

「なんだこの注文は?」


 ゴードンは届けられた布の包みを開き、出てきた物に眉根を寄せた。

 東流派の精鋭たちが黒熊隊と名乗り、王都に居を構えたのはつい最近のこと。

 そこから届くとなると誰もが武器・防具だと予想するはずだ。

 それなのに、柄が不自然にグニャリと曲がったフライパンと一枚の紙。


 ここは退魔用の武器・防具を扱う工房なのに、何故、巨大なフライパンが届く?


 壊れたフライパンの修理依頼をするにしても、ゴードンは武器を作成する鍛冶屋なのでお門違いだ。 

 反射的に投げ捨てようとしたが短気はいかんと思い返して、ペロリと薄い紙を取り上げる。


【婦女子が片手で扱えるほど軽く、ドラゴンの炎にも耐え、氷魔の槍も防ぐ硬度を持つ、世界最強の実用品を頼む】


 東流派からの直接の依頼だと示す紋章もご丁寧に入っている。

 署名は黒熊隊の隊員たちの連名である。

 不思議なことに、長であるガラルド・グランの名前だけない。


「……ふざけおって、あの熊どもが……!!」


 な~にが世界最強のフライパンだ。

 プルプルと紙を持つ手が震えてしまう。

 武器・防具屋に調理器具を注文するなど訳が分からない。


 そんなものを何に使うというのか?

 武器専門の鍛冶屋に頼む神経はわからないが、調理の腕を磨き世界に誇る料理人を目指すための使用を求められるならまだわかる。

 フライパンそのものはどこまでも家庭用品で、世界最強の、などと御大層な銘文をつける必要はない。


 封書に入っていないからポイ捨てして適当に流そうと思っていたのに、正規の武器注文の様式だった。

 くぅっと低く唸る。

 これでは見なかったことにできない。


 もともとゴードンは、地方を流れ歩く鍛冶屋だった。

 難民の出だが古い血が濃く、周囲から浮いていたからさっさとそこを飛び出し、冒険者になった。

 そのうち武器そのものへと興味が移り、世界各地を転々としながら様々な工房を流れ歩いた。

 大きな都市ではなく、地方を巡れば日常の鍛冶屋が武器の作成をすることも多く、僻地であればある程、古代から伝わる特殊な武器も伝承されていてその魅力に取りつかれてしまったのだ。


 才能がそれなりにあったのと、地方で特殊鍛冶を継承できる人材は少ないことで、銘入りの武器の価値が出てきたのもここ数年である。

 このまま辺境の鍛冶屋で名をあげるのもいいと思い始めたところで、東流派から声がかかった。

 剣豪が拠点を決め自分の隊を持つから、おまえもこないか? と。


 もちろん断った。

 冒険に出たこともあるのだ。

 東流派が世界にとってどれほど必要な存在かは身に染みて分かっているが、そんなしがらみに縛られくない。

 そう言うと思ったと笑いながら、交渉に来たキサルはニヤニヤ笑って言った。


「工房も店舗も全てこっちで用意するし、普段は自由に商売すればいいからさ。急ぎの仕事や特注の品を優先してくれるだけでいい。損はさせないぜ」 

「損はさせないってことは、こき使うぜって意味だろうが!」

「おいおい、お互いに損のない取引ってことさ。お前の腕を買ってるんだよ」


 嘘つき野郎が、と思ったものの。

 少年時代に一緒に冒険してやんちゃをした仲なので、交渉とは思えない気楽さで肩を組まれた。

 ペイッとその手を汚い物のように払っておいたが、確定の声音で取引を持ち出されると、色々とあきらめるしかなかった。


 嫌だといって断っても、どうせこいつらは地の果てまでも依頼を持ってくるのだ。

 他の奴にはできそうもないからと、頭を抱えるような無理難題ばかり要望として出してくるから、俺にだってできるもんか! と叫んだことは数知れず。

 意地でその要望をこなすゴードンも相当の偏屈者だが、毎回毎回常識知らずの依頼ばかり持ち込んでくるから、あんなしんどい思いはごめんこうむりたいのが本音だ。


 多少の損はしてもいいから、自分勝手な奴らの都合でこき使われるのは腹立たしい。

 と思ったものの、箱モノだけでなく財務管理や店員の手配もしてもらえ、流派からの仕事をこなせば財務的に破たんすることもないと請け負われると、大いに心が揺らいだ。


 それに、何度も縁を切ろうと他国に出ても、意味がなかった実績がある。

 とんずら出来たと意気揚々と新生活を始めたころ合いに、憎たらしくなるほど朗らかな笑顔で「よう!」と玄関先に現れたことは一度や二度ではないのだ。

 竜だの魔人だのを日常的に相手にしてる連中に、人間レベルで太刀打ちできると思うのが間違っている。


 逃げるだけ無駄だ。

 ならば、うなずくのが賢い選択だろう。

 そしてゴードンは、黒熊隊と契約することを決めたのだった。


 カナルディア国の王都カナル。

 愛と自由を謳う、物資に満ちた豊かな美しい都市。

 まさか、世界最大規模の都市に自分自身の工房を持てる日が来るとは!

 実際に店舗を手に入れると、気持ちが浮き立つのを押さえられる訳もない。


 新しい店。新しい炉。

 新たな生活の第一歩。

 火をいれ、これから王都の鍛冶屋としての俺の第一歩を踏み出すのだ!


 そう思ったところでの注文がコレ。

 しかも、初仕事である。


 なぜ、なにゆえ、フライパン?

 せめて、ナイフにしてもらえないだろうか?


「……ふざけおって、あの熊どもが……!!」


 他人の人生だからといって、気遣いの一つもないのが腹立たしい。

 細かいことは気にすんなと笑う顔まで浮かんだが、新たな人生の第一歩にフライパンは受けたくない。

 どれほど無理難題でも、命がけの武器・防具の作成依頼なら、心気を注ぐのだが。


 ゴードンは丁寧にフライパンと注文書を包みなおし、文句を言ってつき返してやろうとガラルドの館に足を運ぶ。

 とにかく署名をした連中の一人でいいから捕まえて苦情を申し立てるつもりで、黒熊隊の詰め所をのぞいたら、ちょうどよくキサルが残っていた。


「よう! もうできたのか?」

 ニヤっと笑われて、今朝の今でそんな訳があるかと思いつつ「違う」と正直に答える。

「だろうな~」と笑いながら、キサルはこいこいと手招きした。


「ちょうどおあつらえ向きに、大将が大嫌いな王宮から帰ったところだ」

「大将? おい、台所じゃないのか?」

「まぁ、見ればわかる」


 面白い物が見られるぞ~とウキウキと先導する背中について行き、ゴードンはあり得ない光景に愕然とする。

 なぜか半分服を脱ぎ上半身をはだけたガラルドが、若いご婦人に追い回されていた。


「どうせ全部脱ぐんだから、どこで脱いでも一緒だろうが!」

「またそんなことを! おまちなさい!」


 ゴードンが預かった物とは一回り小ぶりだが、磨き抜かれたフライパンがご婦人の手に握られている。

 ロングワンピースの裾を片手でからげ、ふっくらのんびりしたおっとり娘の外見を裏切る俊足を発揮していた。

 絶妙な距離で剣豪を追いまわすなんて大したものだ。


「……あれはいったい……?」

 瞬きをするのもついつい忘れ思わずつぶやいたら、ハッとキサルは鼻先で笑った。

「傍若無人な長殿(おさどの)を、まともな人間にしつけてる最中なのさ」


 なんとなく事情を察し「なるほどねぇ……」とゴードンはうなった。

 ガラルドの困った自由人ぶりは、一緒に仕事をこなしたこともあるので、実はよく知っている。

 そして、その頑強な無敵ぶりも。

 ガーゴイルに体当たりされても何もなかったように立ち、双剣持ちの頂点なのに拳骨でブン殴って粉砕するような奴なのだ。

 普通の人間の常識は、一切通用しない。

 頼むから双剣でとどめを刺してくれとぼやかれていたことは、世間に浸透している英雄像を守るため記憶の奥に封印している。


「当たるのか? 剣豪相手に」

「毎回仕留める。剣豪相手に」


 バタンキューと倒れるガラルドを面白おかしく手ぶりで示すキサルに、ゴードンは目を丸くする。

 まさか、剣豪を倒せるとは思わなかった。

 一般人相手に手加減しているのかもしれないが、普段のガラルドを知っていれば冗談としか思えない。


「それで、ドラゴンだの、氷魔だの、訳のわからん注文になる訳か」

 そういうこと、と気さくにキサルがうなずくのを待たず、はぁと一つため息をつき、ゴードンは追いかけっこの光景から背を向けた。

「事情は分かった。必要だって意味もな」


 じゃぁな、と歩きだしたところで、ゴイーン! と鈍い音が響いた。

 パタ、と人が倒れる音まで聞こえた。

 思わず合掌する。


 ガラルドの存在は英雄と呼ばれていても、暴れ出せば制御のつかない化け物と同じだ。

 それがいとも簡単に、あんな御婦人に倒されてしまうとは。


 どうりでガラルドの署名がない訳だ。

 そしてこの調子なら、あのフライパンも壊れる日が近いと予想できた。


 ハハッと腹を抱えてゴードンは笑いだす。

 人生の再出発に手掛けるのが、化け物を人にしつけるための品とは面白い。

 バカバカしい注文だと思っていたが、何世代も使えるほどの最高の品を作ってやろうじゃないか!


「こいつは東の剣豪をぶちのめす武器として承るさ」


 そしてゴードンは、その言葉を裏切らない素晴らしい品を作り上げる。

 頑強な特大フライパンと、対になったフライ返し。

 非常に軽く丈夫で、扱いやすい最高の調理器具が誕生した。

 調理だけでなく、英雄のしつけに使用されたことは公然の秘密だ。


 煉獄の幻魔堂から生まれた武器は数多くとも、戦闘を主目的としない製品が生まれたのは、後にも先にもこの時だけである。



【おわり】


※ いつもはガラルドから離れられないオルランドですが、この日は幸い(?)にも奥義技の現場実地を目的に、ラクシのお散歩ワンワン状態でワイバーン狩りに出向いています。

 そして、シレッと自分のことを一般人だと言い張るゴードンさんは、二つ名持ちの冒険者なので普通ではありません。お前が一般人を語るなとキサルにしょっちゅうどつかれています。二人は仲良し♬

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