第14話 ガラルドとサリ
黙りこくったラルゴたちに代わって、ずっと黙ったまま成り行きを見守っていたサリが、おかしそうにコロコロと笑った。
「欠けた御人かと思ったら、足りない御人なんだねぇ。損するばかりだろうに、ねぇ?」
は? と首を傾げた後で、ガラルドはベッドの上に胡坐をかいた。
やっぱりこの老女は普通の人間とは違う匂いがする。
福福とした見た目に騙されそうになるが、シン深く澄んだ気配をまとっている。
ガラルドは目を細めた。
似たような気配を記憶から手繰り寄せる。
「ばあさんこそ変わってるな。ないものは、ないんだ。あるものだけしか人は使えん」
それで十分さと言いきると、普通の人ならそれでいいんだけどねとサリは笑った。
「まずは知ることだよ? 覚えておくことだねぇ。欠けた部分を探すよりも、足りない所を補うのはたやすいんだ。あんたのお師匠さんは大事なことを伝える途中で亡くなって、ずいぶんと心残りだったに違いないよ。私の知っていることだけでも、あんたに教えてあげようねぇ」
おっとりとサリは笑った。
「きっといつかは役に立つさ。それにしても、あんたの声はよく聞こえるねぇ」
穏やかな声に、ガラルドだけでなくサガンたち五人も顔つきを変えた。
当たり前の言葉のようでも、ただの年寄りではないと初めて理解した。
ニコニコした人のいい老女の顔をしていたが、自分たちとは違う分野で古い血が濃いらしい。
耳ではなく、心で他人の声を聞いている。
フン、とガラルドは鼻を鳴らした。
「サラディンの妖怪婆のような口を聞く奴だ。薬師のくせに巫女の匂いまでする」
またそんな口をきく、とラルゴたちは酸っぱい顔になった。
サラディンの妖怪婆とは月と太陽の神殿の巫女長で、国主も務める年齢不詳の老女である。
齢百年とも千年とも噂され、既に人の域を超えていた。
神秘と魔術の国では生き神と等しく、魔力も神力も世界最高の能力を誇っている。
本来は流派と無関係だったはずだが数代前の長たちの間で、何らかの取り決めがあったらしい。今では生死の境目で受け継ぐしかない流派をつなぐ役割を負い、生き神様らしく知識として技を後世に引き継ぐ任も負っていた。
偉大なるサラディンの巫女長は、その姿も存在感を放っていた。
神々しく見目麗しければ天は二物を与えたと心酔するものも増えるだろうが、乾物のように見える年季の入った容姿なのだ。
妖怪婆という呼び名はあまりにはまっていた。
毎日のように聞いていると、周囲までつられて本来の名を忘れてしまいそうで困る。
仮にも生き神様に等しい国主を妖怪呼ばわりするのはよせと言っているのに、ガラルドは全く改めない。
何より親密な仲なのだ。
自由奔放で制御の利かない少年時代に寝食を共にした事もあり、古い血を押さえるまじないを施されたうえいろんな意味でかわいがられているので、本音をズケズケ言える親密な関係だと開き直る始末だ。
まったくもう! と苦情を申し立てても、今のように聞こえないふりをして終わりだ。
幸いというか意外というべきか、ガラルドはじっとサリの言葉を待っている。
「巫女とは違うんだよ。だけどね、医療とまじないは切っても切れないものだからねぇ?」
率直なガラルドの言葉に、ウンウンとサリはうなずいた。
ずいぶん前に薬師だったとポツンといった。
薬師とは言霊で人の生きる力を増したり、小さな手順を踏むことで持って生まれた幸運の量を増したりするのだ。
「もう二〇年も離れているのに、そこまでわかるなら、やっぱりあんたは並みの生れではないね」
サリは気の毒そうにガラルドを見た。
有名ではなかったが、サリはまじないの力が並外れて強かった。
サラディンからの勧誘もあったほど、強く濃い古い血を持っているとサリはとつとつと語った。
異国で神事に従事るより、医療を待つ地方の人々のために生きたいと、断ったのだ。
「だからね、私の持つ力は、魔法ではないんだよ? だがねぇ、あんたたちが望むなら現役に戻ってもいいんだ。おいぼれでも、あと少しぐらいは使い物になるだろうからねぇ」
まっすぐに見つめてくるサリを、ガラルドはジッと見つめ返して「よせよせ」と言った。
「俺は魔術もまじないも好かん。それに、いい歳なんだぞ? わざわざ短い寿命を縮めることはないさ。そのままのばあさんでいろ」
「そうかい?」
答えがわかっていたようにサリはニコニコと人の良い顔でいた。
「まぁ、私に残ってる時間も少ないんだ。でもねぇあんたが古い血に振り回されないよう、人らしい生き方ぐらいは教えられるさ」
「なんだそれは?」
ガラルドはどこか憮然としたまま問い返す。
「おまえさんたち、王都はしんどいだろう?」
サリはガラルドだけでなく、部屋の中にいる青年たち全員を見回した。
ガラルド以外は小さく肩をすくめた。
環境に馴染めるかどうかの表面的な問題ではなく、自らの異質さが浮き上がるのだ。
自然に同化するには時間がかりそうだった。
流れて歩く普通の双剣持ちならともかく、自分たちは流派を担っている。
立場だけでなく、同じ流派の者といても異質さは隠せない。
馴染もうとすれば、心身に負荷がかかるのはいたしかたない事だった。
並大抵の覚悟では、王都に暮らすのは困難だった。
だが、ガラルドだけは憮然とする。
サリが何を言いたいか、理解はしている。
偶然出てくる古い血は遺伝でも何でもなく偶然の先祖返りらしいが、ガラルドだけでなくこの部屋にいる 五人も並外れて濃い血を持っている。
この部屋にいない他の五人も同じだ。
一般市民と似た日常生活を送ることは、かなり無理をして自分の力を押さえなくてはいけないので不自由だった。
だからといって、ハイハイそのとおりですから誰か助けてくださいと、簡単に泣き言を出せない理由もあった。
「ばあさん、俺たちは流派の中では広告塔だ。普通の人でいてはいかんのだ。これぐらいでちょうどいいんだよ」
やっぱりあの人たちは違うのよね、と距離を置かれているぐらいでちょうどいい。
力を持て余している不自由な本音なんて二の次だ。
しんどいしんどい、もう嫌だなんて、絶対に口にしてはいけないのだ。
「だけどねぇ、もうわかっているだろう? 旅を捨てて、王都を選んだんだからねぇ?」
能力は今以上の物を突き詰めて研ぎ澄ましていく必要がある。
けれど、暮らしや日常は一般市民に同化していくことを求められる。
「王都に来たからには、そう簡単には出ていけないよ」
ガラルドはガリガリと頭をかいた。
やはり、ただの年寄りではないと思った。
今は王都民でも、街道も未発達な頃や戦争も多い時期に旅慣れているせいか、世局を読むことも得意らしい。
神殿と共存している西流派と違い、歴史上は国策と真っ向から立ち向かう事が多かった東流派にとって、王都カナルは居心地の悪い場所でもある。
王権とのきわどい駆け引きや、流派としてこの地になじむまでや、相当の苦労があるのは仕方のない事だった。
それでも共存することを選んだのだ。
前例もないことだし、どう暮らすかは試行錯誤中でもある。
「チッ頭のいい女は嫌われるぞ。さっきのアライグマぐらい、頭も勘も鈍いぐらいで丁度いいんだ」
立派な都民を目指せ、程度の浅い悪態で納めろとぼやく。裏に隠れている事情はともあれ、目指すところは同じなのだから、こまごまと面倒なことを考えなくてすむ。
言葉を尽くして流派の心得を一般民に説明するなど、無意味だし疲れる。
立派な市民とやらに同化することが目的なのだから、理屈など飛び越えたところでお互いの行動利害が一致すれば楽でいい。
利口でもないが、愚かでもないなら、それでいいのだ。
考えれば考えるほど、ミレーヌはガラルドの好みにはまっている。
実にいい、と呟く。
「おやおや、おまえさん。あの子のことまでわかっているのかい?」
サリは笑った。
「鈍いんじゃないよ。ミレーヌは古い力にまったく影響されない生れなのさ。それこそ、遺跡だろうが封印だろうが、あの子には何の意味もないんだよ。あんたたちみたいな濃い血を持つ御人ほど、見慣れない反応に驚くだろうさ」
非常におかしそうだった。
「あの子はねぇ、普通の生まれなのに古い血にも惑わされない。不思議な星に生まれついてねぇ~あんたたちの濃すぎる血だって気にしない。それこそ太陽みたいな子なんだ」
サリは可愛い孫を思い出して目を細めた。
持って生まれた特性だけでなく、明るい性格がそれを強化している。
おかげで、共に暮らしても私の能力に気付かないと、サリはからかうようにガラルドを見た。
こぉんな年寄りにはあまり時間は残ってないけどねぇと、さほどの感慨もなくつぶやく。
「私がおさらばすれば、ミレーヌがいるよ? あの子はあんたに丁度いい。大事にしておくれ」
「う~ん、なんだか丸め込まれそうだ」
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