第13話 突然の!
目の前を大量の星が飛んだ。
そこまでは記憶があったが意識も飛んでしまう。
ズキズキズキズキと、なんだか頭が痛い。
何が起こったのか、ガラルドはまったくわからなかった。
ウ~とうなって目を開ける。
横でシクシクと若い女が泣いていて、その横には老女がいた。
見慣れない顔だが、見覚えはあった。
このアライグマに似た女と福招きのばあさんは、新しく雇った家政婦だったかなぁと思いながら、ガラルドは頭に手をやった。
見事に腫れていて、これはタンコブじゃないかと非常に驚いた。
と、いうことは、何かがぶつかったのだ。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
女が繰り返しているので、どうやらこいつのせいらしい。
あたりをつけて記憶をたどったが、まったく身に覚えがなかった。
いったい何がどうしたんだ? と首をかしげる。
「冷やせば朝までには腫れも引きますからねぇ」
おお福招きが人の言葉をしゃべったと非常に驚いていたら、濡れたタオルを額にぺシャンとやられた。
「おいたがすぎましたねぇ」
ガラルドは珍しく言葉に詰まった。
幼児扱いをされても相手は年寄りだ。
確かにこのばあさんから見たら二十五歳の自分など子供だと納得してしまう。
かもしだされる雰囲気に目を細めた。
見た目に騙されそうになるが、普通の老婆とはとても思えない。
それが何から来る違和感か確かめる前に、不意に知っている声が届いた。
「このお二人が、サリ殿とミレーヌ様だよ」
「俺たちもいつも言ってるだろう? 来客もある玄関で服は脱ぐなって」
「今日から一緒に暮らすことになったぞ」
クックッとラルゴに肩を揺らして笑われて、ガラルドは眉根を寄せた。
服をポイポイ脱ぐことぐらい、魔具だの呪具の山に比べたら害がない。
なにが問題かさっぱりわからないが、ようやく意識がしっかりしてきた。
よく見たら隊員がベッド横に勢ぞろいしている。
ミレーヌ達とは反対側に、デュランやサガンなどの二つ名持ちが立ったり座ったりしていた。
ちなみに、部屋に入りきらなかった半分は面倒ごとを避けて、食堂へと移動している。
「なんで貴様ら五人がそろってるんだ?」
素朴な疑問を投げかける。
当たり前じゃないかと爆笑が返った。
「人生初の黒星の感想を聞こうと思ってな」
「見事にのびたじゃないか」
「ご婦人に失礼な口を聞くからだ」
「何が起きたか、わかってないだろう?」
おお、確かにわかっていないぞと思いながら、タンコブをなでた。
やはり本物である。
殺気も何もなかったのに、誰かに攻撃されたらしい。
まともに攻撃を受けた経験は、前奥義継承者との修行中まで遡る。
記憶も自覚もないことなど、生まれて初めての体験で呆然とする。
さすがにガラルドが無口でいると、ミレーヌが笑い転げている青年たちに喰ってかかった。
「もう! 笑い事じゃありませんのよ! 打ち所が悪ければ、どうなっていたことか!」
こんな大きなフライパンですのにと、愛用の品を握りしめる。
つい動転して持ってきてしまい、横の長椅子に座っている今も手にしている。
黒々と輝く巨大なフライパンが、ミレーヌと一緒にプルプルと震えていた。
そこでようやく、ガラルドは事態を理解した。
ミレーヌがフライパンを握りしめている図はシュールである。
玄関の出迎えになぜかフライパンを持っている妙な女だと思っていたが、寝室にまで持参するとは。
どこにでも持ち歩くのかとあきれてしまった。
しかし、アレでやられたのか。
武器とは呼べぬ武器であるが、想像以上のダメージである。
普通なら鉄甲で思い切り殴られたとしても、蚊に刺されたほどのダメージもないのに。
それ以上に、襲われたことすらわからなかった。
ただの女に倒されてしまうとは、俺は流派の長だぞ。
さすがに渋い顔になってしまう。
そんなガラルドを取り残して、場は笑いに包まれ、異様に盛り上がっていた。
「大丈夫だよ、剣で刺しても死なんのだから」
「ここで試してみようか? 本当に刺さらないどころか、なまくらだったら折れちまうんだ」
恐ろしい事を口々に言いながらけしかけようとするので、バカ者どもがとガラルドはむかついた。
が、意外なところからダメ出しが出た。
「いくらなんでも刺されたら死にますわよ!」
ここは戦場ではないと、顔を真っ赤にして怒っている。
「ケガをしただけで痛いし、剣で刺すだなんて、冗談でもよして下さい!」
冗談でも性質が悪いと他の者たちを怒っているミレーヌに、ガラルドは衝撃を受けた。
この女、本気で言っている。
一度でも顔を合わせれば噂通りと言われてしまうガラルドのことが、かなり強いだけの普通の男に見えているようだ。
真実、剣豪だの英雄だの言われても、現実としてケガだってするし、病気にだってかかる。
英雄だの伝説だの人の噂などどうでもいいが、人外扱いされる日常は面白くない。
誰かにかばわれるなど初体験だった。
ミレーヌをマジマジと見つめる。
他人の意見や古い血に惑わされることなく、自分自身の感覚で当たり前に評価できる貴重な女。
普通の人間として接する事のできる唯一の女。
きっとこの女は、一生その感性が変わらない。
直感が閃いた。
この世界には、唯一無二の存在だ。
「結婚してくれ」
飛び起きて、ガシッとミレーヌの手を握った。
シン、と場が静まった。
は? とミレーヌは固まっている。
今、妙な台詞が聞こえた。
耳が壊れたのではないかしら?
そんなふうに思って、握りしめられている自分の手を見つめる。
何やら本当に手をつかまれているようだ。
「俺と結婚しろと言ってるんだ」
返事は? と真顔で求められて、ミレーヌは非常に困ってしまった。
この人、おかしくなったのではないかしら?
「大変ですわ。それほど強く殴ったのかしら?」
ミレーヌが戸惑っていると、デュラン達も実に心配な顔になった。
「おいおい、急にどうしたんだ?」
「いくらなんでも会ったばかりの娘さんに失礼だろう? 自分が何を言ってるか、わかってるのか?」
「頭、打ちましたわよね? 大丈夫ですの?」
本格的に危ないのではないかと心配顔である。
頭がおかしくなったようだと全員が狼狽するので、ガラルドは非常にムッとした。
確かに痛いが、そこまでひどいケガではない。
「俺は正気だぞ。これは巡り合いだ。天啓を受けたと同じだ。運命ぐらい率直に感じるぞ」
真顔で言いきったガラルドに、まずいぞ! と声が上がった。
「これは本格的に頭がやられちまったぞ」
「変だ変だと思っていたが、更におかしくなって、どうすんだ? こんな厄介な奴を正気に戻す方法なんてあるのか?」
「どうしましょう? 医師を呼んだ方が……」
その場に動揺が走って、浮足立っている。
ミレーヌだけではなく厳つい男連中までオロオロしているので、ガラルドはふざけやがってと更にムッとした。
「だから、大丈夫だと言っているだろうが。どちらにせよ、お前のようにコロコロしたアライグマ、婚約どころか男と付き合うこともないだろう? 俺がもらってやると言ってるんだ」
「コ、コロコロ……!」
フンッと偉そうに胸を張って言いきるので、再びミレーヌは凍りついた。
なんだか聞いてはいけない言葉を、今夜は何度も浴びせかけられている気がする。
あまりにひどい悪言に返す言葉をすぐには思いつかなかった。
だが、いつものガラルドだとデュラン達は安心して、ようやくホッと息をついた。
「おお、正気だった!」
「驚かせるなよ、まったく」
「バカを言うな。勝手に騒いだんだろうが」
ガラルドはぼやき、顔色を失っているミレーヌに向き直った。
マジマジとその顔を見つめ、やっぱりアライグマだと嬉しそうだ。
表情から察するに、褒めているつもりらしい。
「実に面白い顔だ。美人でもないし、色気もないんだから、この先だって結婚できる保証などないぞ。歳だって随分くってるじゃないか」
十八歳以上ならもう行き遅れだと遠慮がなかった。
プルプルと怒りに震えながらミレーヌは、思わずフライパンをふりあげた。
「ふ、ふざけないで!」
プチッと切れていたので、ブンッとそのままの勢いで振りおろした。
うおっと叫んでガラルドはギリギリで避ける。
振り回される全てを避けられず、手の甲で受けるとゴイン! と澄んだ鉄の音がした。
ジーンと骨まで衝撃が響く。
巨大ハンマー以上の恐るべき威力だった。
こんなものをまともに喰らえば、次はタンコブではすまない。
今のはかなり危なかったとガラルドはドキドキしながら、ベッドの端まで跳んで逃げる。
戦場で遭遇する戦士たちの殺気よりも鬼気迫る何かが、炸裂するミレーヌのフライパンにはあった。
殺気とか、勝とうとする気迫とは違う。
あふれる強い意志の力で、当たるのが自然だと自分の意識が勘違いして、身体が吸い寄せられる気がした。
ただの女の腕力でただの打撃なのに、謎の力で受けるダメージが倍加されている。
通常なら無意識でも防御反応だけでフライパン程度なら粉砕できるのに、来るのがわかっているのに反応できない異常事態だ。
訳がわからないだけに恐ろしい。
魔法とも呪いとも古い血とも縁のない、今まで感じたことのない不思議な力だった。
「なぜ怒るんだ? 本当のことだぞ。アライグマそっくりじゃないか。お前がアライグマでも俺はかまわん」
上ずった声で弁解する。
まったくわかっていないガラルドに、ツンッとミレーヌは顔をそむけた。
「けっこうです! あなたのような方にもらわれなくても、間に合ってますから!」
きつく言って、ミレーヌはサリに笑いかける。
「おばあちゃん、わたくし、先に休みますわ。明日も早いもの。皆さま、失礼します」
「ハイハイ、おやすみなさいねぇ」
丁寧に礼をして扉からミレーヌは出て行った。
「失礼しちゃうわ、誰がアライグマですって?」
などとミレーヌは非常に憤慨したまま、大きな声でぼやきながら階段を下りていく。
目をパチパチと大きくまばたきして、ガラルドは閉じられた扉を指差した。
「間にあってるだと? 本当か?」
さぁね、とキサルは冷たく応えた。
問題はそこではないのだが、やっぱりガラルドはどこまでもガラルドだと思う。
「コロコロしてるのに、物好きも多いんだな」
俺だけじゃないのかと耳をいじっている。
それでも。
まだ未婚なのは間違いないとか、見た目より遥かに気が強いとか、どうやら本気のようで、求婚したのに反応が悪いとブツブツつぶやいている。
ガラルドのノーマルは常識から外れているのは知っていたけれど。
ハァッと一同からため息がもれた。
「なぁ、それで口説いてるつもりか?」
「俺たちはあんたが大真面目なのは理解した」
「だがなぁ、いくらなんでも、コロコロとかアライグマとか言われて、喜ぶ女はいない」
「嫌われたくてやってるようなもんだぞ」
何が? とガラルドはキョトンとした。
あのふかふかの丸さやチマチマした手の動きが可愛くて、褒めているんだと不思議そうだ。
嘘だの駆け引きだのに満ちた王宮や、戦場ではないのだ。力を抜ける自宅の布団の上で、自分に正直で何が悪いのかまったくわからない。
だいたい、正直でいられそうな女が目の前にいたから、結婚を申し込んだだけだ。
それのどこがいけないのか?
「なぁ、何が悪いのかわからない限り、お前、まともに口もきいてもらえんぞ」
気の毒そうにラルゴが進言した。
もちろんガラルドに届くなんて思っていない。
付き合わされるミレーヌが気の毒だと思っただけだ。
「善かろうが悪かろうが、これが俺だ」
ドーンとガラルドは胸を張った。
それ以上でもそれ以下でもないと、まっとうな顔をしている。
「確かにそうだろうよ」
なんだか反論する気も失せた。
その真っ正直さは裏目に出て、ミレーヌには永遠に届かないだろうが。
気の毒に、と皆で口をそろえる。
ガラルドが本気になればなるだけ、ミレーヌに軽蔑されるだろう。
見ている分には面白いが、少々落ち着かない毎日になりそうだった。
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