第15話 特別な存在
「変なばあさんだな」
ガラルドはぼやいた。
前奥義継承者のほかに、教育・師事を受けたことはない。
サラディンの妖怪婆もいるが、あれは指導とは呼べないだろう。経験のないガキだったから力業で押さえ込まれただけだ。
今ではそんな不覚をとることなどないが、国を一つ背負っているだけあって喰えない相手だった。
サリは師匠のように、色々なことをガラルドに指導する気らしい。
もっとも、師匠との学びは剣技や流派が中心だから、身体で覚えることが中心だった。
こうしてとつとつと教えを語られることは、いまだかつてない経験だ。
どうにも調子が狂って仕方ない。
まぁいいかと、ガラルドは立ち上がった。
「面倒なことは好かん。ついでだ。あの女も、ばあさんも大事にしてやるさ」
あれこれ考える必要はなく、一緒に暮らすと決めたならそれで十分だ。
年寄りにとって階段を降りるのは難儀だろうと、ひょいと抱きあげたらせっかちな子だとサリは笑った。
「あらあら、こんなおばあちゃんに。まぁ、心はあっても、マイナスだねぇ」
ペチペチと頬を軽く叩かれて、下ろすように言われたからガラルドは素直に従った。
おお猛獣使いだと言いかけたが、賢く他の五人は口を閉じた。
聞こえたら拗ねて面倒だ。
ガラルドを扱える存在が現れるなんて想定外だったから、内心ドキドキしながら成り行きを見守った。
「何が?」
カラルドはサリが何を気にしているか、本当にわかっていないようだった。
ちょいと待っておいでと言って、サリはタンスをゴソゴソと漁った。
中から新しいシャツとズボンを取り出した。
「部屋の外に出るなら、服ぐらい着てごらん」
まずはそこからだとサリは笑う。
そう。ガラルドは、いまだにパンツ一枚でいた。
帰宅してからずっとほぼ裸のままである。
「ちょっと降りて、すぐにここで寝るんだぞ」
本当に面倒くさいので嫌がった。
「おやおや、困った子だねぇ」
ガラルドは実に奇妙な顔をした。
ふざけたばあさんだと思いつつも、なんとなく気にいっていた。
同等の目線で話せるだけでなく、あれこれ世話を焼かれるのは実に新鮮である。
機嫌を損ねたくはないから、言うことを聞いてもいいかとも思う。
う~ん、と頭を悩ましている様子に、ちょっといいか? とキサルが問いかける。
「お前、いつもそれで寝てるのか?」
パンツ一枚で寝るには王都カナルは寒い気候ではあるし、ついこの間まではここにいる全員が旅に流れていたのだ。
野外のような武装はさすがにしなくても、最低限の服は身につけておかないと落ち着かない。
それが剣士としての普通だから、ガラルドの感性を疑った。
「当たり前だ。詰所に起きてる奴もいれば、この家にはお前らがいるんだ。俺のところまで来るのは、妖怪婆の魂魄ぐらいだろう?」
世界で一番安全なのだから裸でグーグー寝ることの何が悪いと、ガラルドは口をとがらせた。
でかい図体をした厳つい青年がすねても可愛くないので、デュランがため息をついた。
「信用してくれるのもいいが、問題だぞ?」
「なにが?」
「もしものときはどうするんだ?」
ウンウンと他の者も賛同する。
「いいか? 俺たちはあんたがどれだけ強いか知っているから、非常事態には自分のことだけしか考えない。面倒な奴が来たら、全部あんたに任せてもいいと思ってるぐらいだ」
強く言った。
それにこの館で何か事件が起きたのならば、無敵のガラルドなんてほっとく。
とうぜん非戦闘員の安全を最優先にして、ミレーヌとサリを保護しに動く。
そんなふうに叱られて、流派の長の家を襲うバカがいるかとガラルドは吐き捨てる。
俺を襲う根性があるやつがいるなら、その顔を拝みたいぐらいだと偉そうに言った。
「剣などなくてもどうにでもなるさ」
ベロベロと子供のように舌を出す。
「だいたい、俺は素手でも奥義技ぐらい打てるし、この格好でも困ることなど何もない」
すがすがしいほどに言いきった。
双剣があれば便利だが、身一つでもなんら変わりはないのだと胸をそらしている。
もっともな言い分のようにも聞こえるが、一斉に白い目が向けられた。
「だいたいな、賊が入るだけじゃないんだぞ」
「あんた、東流派の長で、双剣の要だぞ?」
「王や騎士団の緊急呼び出しや、異国の使者にパンツで出る気か?」
「賊よりは、そりゃそうとう問題が大きいぞ」
やんわりとたしなめられ、服ぐらい着る時間は待たせておけばいいと当たり前に返した。
「俺で不足か? いつでも代わる」
さっさと次の長を見つければいいだろう、などと不遜な態度だった。
性格的に向いていない自覚があるので、お前らが気にいった奴を連れてこいと、ひどく無責任な事をガラルドは口にする。
「こりゃダメだ」
ラルゴだけでなく温厚なデュランまで、肩をすくめてため息をついた。
他に長役の勤まるものがいるぐらいなら、黒熊隊を結成しようなんて話は出なかった。
奥義継承者でないと長になれないのに、その条件を満たす者がガラルド唯ひとりなのだ。
どうやら、話すだけ無駄だったようだ。
「まぁどうでもいいさ。おやすみ」
あっさりガラルドを説得するのはあきらめた。
聞く耳のない者には、何を言っても時間の無駄だ。
常日頃から変だ変だと思っていたが、その奇人ぶりを再確認しただけだったので、ガラルドらしいけどなと言いながらゾロゾロと退出していく。
サガンが丁寧にサリに礼をした。
巫女長が国主を務めるだけあって、サラディン人は神秘の力を持つ女性は特に敬うのだ。
「サリ殿、裸のバカはほっとけばいいさ。俺が部屋まで送りますよ」
「あらあら、ありがたいねぇ」
そう言いながらもサリは、ちゃんと冷やすんだよと、ガラルドの頭にぬれタオルをのせた。
「おやすみ、明日にはコブも引っ込むからね」
「そうか、しっかり寝ろよ。また明日」
大きな身体をした幼児に対するような扱いをサリから受けていたが、別に嫌ではなかった。
こういった他人と繋がる好意を受けることに慣れないと、戸惑いはするものの悪くはない。
だから「おやすみ」と声をかけた。
良い夢を、と返事が返る。
そんなふうに、皆を見送った。
言葉にならないが、不思議な感慨が胸に湧く。
想いが去来するとは、こういう感じかもしれない。
扉が閉まり皆の足音が階下に消えた頃、やれやれとガラルドはベッドに寝転んだ。
家政婦を雇うとは聞いていたが、妙なことになってしまった。
どこで見つけたか知らないが、連れてきた奴は先見の明がある。
古い血やまじないなどに影響を受けない女なら、不浄を扱う自分たちの仕事に近づいても、その暮らしには何ら問題がないだろう。
そう思うぐらいで、昨日ミレーヌと顔を合わせたことなどすっかり忘れていた。
そんなことより珍しく自分を振り返っていた。
親兄弟も知らず、気がつくと一人でいた。
幸い幼児期に前奥義継承者に拾われたが、出会わなかったらどうなっていたか想像できる。
妖魔や魔獣と変わらない扱いを受けただろう。
時間が足りなくて、前奥義継承者からは技しか教わっていない。
もちろん継承者としての行動や心得は教わったが、人としての生き方など知る前に亡くなった。
ガラルド自身、自分が周囲から浮いているのは知っていた。
別にそれで不自由さを感じたことはない。
だが、足りないだけなら補い方があると言った、サリの言葉はなぜか心に残った。
身体能力が並外れた生まれのせいで、力を押さえることが大変なのだが、それを理解できる者は少ない。
当然ながら、ガラルドの普通は他とかけ離れる。
同じように古い血を持つ、流派の要であるデュランたちよりもさらに数倍能力が飛び抜けている。
比べることすら無意味だ。
そのため、ただの人として扱われることも皆無だった。
違和感を抱えながら、どこまでもこのまま生きていくしかない。
似た姿をしていても、存在として違う生き物なのだ。
それが当然だと思っていた。
だが。
理解されることはなくても、受け入れてくれる者が側にいたなら。
もっと「人」そのものを知って、共に生きることができるだろうか?
サリとミレーヌの丸い顔を思い出して、特別な人間だと強く思った。
きっとあの二人ならふさわしい。
還る場所。
四大流派の使徒なら必ず求める者。
やっと手に入れることができそうだと思いながら、ガラルドは眠りについた。
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