第2話 双剣の使徒 

「王様と我らの長殿がお友達なんでね。お嬢さん、安全な場所へと送ろう。あてはあるかな?」


 国王は国と国民の暮らしを考える。

 四流派は世界と生命の成り立ちを考える。


 双剣をはじめとする、流派は退魔の技を担うのだ。

 流派の誓いは、国とはまったく関係ない特別なもので、一般市民には理解しがたいものだ。

 人の命にかかわる危険がある限り依頼がなくても動く。

 本来ならば国と流派は相いれない側面も持っているので、今回は稀なケースでもあった。

 今回はたまたま王からもたらされた情報で来たが、一足遅かったのだ。


 自然に差しのべられてきたので、娘は素直にその手をとった。

 自分を助け起こしてくれたデュランの皮手袋をはめた武人らしい手を、意外なもののように見つめる。

 この人も魔物と戦っていただろうに、返り血の一つもなかった。

 笑顔の似合う人のよさそうな顔をしていても、剣士としてかなり強い人らしい。


「あてと言われましても……旦那様の弟君が、この近くの村にいらっしゃいますが……あの、旦那様は?」


 夢中だったので他の者の様子は覚えていない。

 それでも魔物の襲撃の直後はひどい有様だったと思い出しながら、恐る恐る聞くと想像通りの返事が返ってきた。


「残念ながら、助かったのは君たち三人だけだ。では、弟君に弔ってもらうことにしよう」


 そうですよねと娘は肩を落として、気を失っている婦人と子供を痛ましげに見た。

 目が覚めたら辛い現実が待っている。

 帰る家はあっても、そこで暮らす人がいない。

 命が助かっただけでも僥倖だが、たくさんの物を失くしてしまったのだ。


 娘がぼんやりと考えているうちに、えぐれた大地の上にいくつもの遺体が並べられていた。

 損傷が激しくて、思わず目をそらしてしまう。

 ほんの四年ばかりだったけれど。

 一緒にすごしてきた人たちなのに、面影を残している遺体はほんのわずかしかなかった。


 これが夢だったらどんなにいいだろう。


 壊れた馬車の破片の中から荷物を拾い、青年たちは片付けに動いていた。

 今日の惨事を想定していたように、馬と小さな荷車が用意されている。

 驚くほどの手際の良さで荷車の上に遺体を積むと、隠すように布で覆う。


「いつでも出れるぞ。そっちは?」

「この親子も乗せてくれ」

「まぁな。死体と同じ荷車なのは気の毒だが、一番まともだろう」


 恐ろしすぎて意識を飛ばしているようだから、目覚めるには時間がかかるだろう。

 幸いこの親子も大きなケガもなかった。


 ふと、娘は顔を上げた。

 自分はただの雇われ人なので、村に行っても仕方がないほど赤の他人だった。


「ここから王都までは遠いのでしょうか?」


 行きとは違う旅程だし地理なんて知らないので、距離感がミレーヌにはわからない。

 気を失っている婦人と子供を安全に運べるように体を固定させていたデュランは、手を休めずに聞き返した。


「お嬢さんは、王都の人間なのかい?」

「ええ、祖母がおりますの。旦那様の商売が王都でしたから……賄いと子守りも失業ですわ。生きているなら、この先のことを心配しなくては」


 とりあえず、祖母の顔を早く見たかった。

 旅をするのも初めてだから、きっと心配していることだろう。


「おや、祖母殿がいるのか?」

「へぇ……娘さん、今から先の心配かい?」


 娘に興味を持ったのか、他の者たちが口ぐちに声をかける。


「ええ、できるだけ早く明日からの職を確保しなくては!」


 両手のこぶしを握りしめる様子に、青年たちははじけるように笑いだした。

 デュランはどこか控えめでも、事後処理を終え集まっていた他の四人は遠慮がなかった。


「いろんな現場に行ったが、あんたみたいに失業の話を持ちだした女は初めてだ!」

「さすがに木の棒なんかで戦うお嬢さんは一味違うなぁ」

「これはいい! 大したもんだ」

「まったくだ、ドレスの御婦人にしておくのが惜しい」


 ズケズケと言うだけでなく、腹を抱えて爆笑していた。

 そのうえ褒めているのだか、けなしているのだか、わからない評価を口ぐちに述べている。


 別に夢中だっただけだものと口の中で呟いて、娘は少しふくれた。

 正面切って反論しなかったが、魔物自体よりも混乱の場が恐ろしかった気もする。

 正確に言うならば、恐ろしすぎて気を失えなかった。


「これはこれは、気丈な方だ。あんなモノを見て、怖くはありませんでしたか?」

「普通ならばこうだ」と荷車の上で気を失っている婦人と子供を一人が指差した。

「助けていただいてなんですけど、不謹慎ですわよ」


 娘は少し眉根を寄せた。

 まだ実感がないだけかもしれない。

 だけど、怖かったとシクシク泣くのは祖母の待つ家に帰って無事を知らせ、一人になってからで充分だと思っていた。


「恐ろしいけど、とりあえず泣くのは後にします。皆様には心を砕いて頂いて感謝いたしますわ。わたくし、ミレーヌと申しますの」


 気が張っているその顔に、それがいいと皆が口をそろえた。

 大真面目なミレーヌの物言いが愉快だったので、男たちは必死で笑いを噛み殺そうとしている。

 言葉にはしなかったが、立派だと眼差しが褒めていた。


「ミレーヌさんか。馬には?」


 褐色の肌がサラディン人と示す、サガンと名乗った隻眼の男が問いかけてきた。

 東流派と呼ばれてる双剣持ちは、東のカナルディア国民だけだとミレーヌは今まで勘違いしていた。

 封鎖的な国情の西のサラディン国の人も、あたりまえにいるらしい。


 おちついてよく見れば、カナルディア人らしい風貌をしているのはデュラン一人だった。

 驚愕の事実だわと胸の内でつぶやきながら、ミレーヌは小首をかしげた。


 五人ともよく見れば非常に威厳のある顔つきと鋭い眼差しで、若いのにそれぞれ畏怖を感じるほどの貫録がある。

 二十歳のミレーヌとそう変わらないのか、全員が似通った年齢の青年なのに何かが違う。

 それなりに流派の中では偉い人みたいだわとチラリと思った。


 直接王都に向かうか、村に寄って遺族と面会するかもあわせて問われた。

 ミレーヌは少し考えて「わかる範囲のことは遺族の方にお伝えしたいです」と答えると「承知した」と返事が返ってきた。

 親切なことに遺体を引き取ってもらい遺族に別れを告げた後で、祖母のところまで送り届けると約束された。


「馬には乗ったことがありませんの」


 まぁそうだろうねとデュランが頭をかいた。

 商家へ奉公していたとはいえしょせんは賄いと子守りだ。

 それに下町生まれの奉公人そのものの物言いをするので、娘は馬とは無縁だろう。


「なるほど。なら、どいつがいい?」


 東のカナルディア人のデュラン。

 北のヴィゼラル人のキサル。

 西のサラディン人のサガンとラルゴ。

 南のスカルロード人のラクシ。


 出身国まで丁寧に紹介され、人種の見本市のようだとミレーヌは思った。

 好きなのを選べと言われて「どなたでも変わりませんわ」と答えると、ラルゴが再び爆笑する。


「俺たち相手にどれでもいいって? オイオイ、珍しいこともあるもんだ」

 その後で「あなたは何かに似ているな」とまじまじと見つめた。

「本当だ、どこかで見たことがあるぞ」

「なんだったかな?」


 青年たちは物珍しげにミレーヌの顔をジロジロと観察する。

 アレコレと候補を上げないので、どうやら口に出すのがはばかられるようなものに似ているらしい。


「なんですの? これでも初対面なのですから、失礼ですわよ?」

 まっすぐにその視線を受けて、ミレーヌは当たり前に返す。 

 まったくもって無礼な人たちだ。


「なぁミレーヌさん。俺たちといて少しは恐ろしくはないか?」

 どうやら反応を面白がっているようだった。

「恐ろしい? 魔物はもういませんわよ?」


 パチクリしているミレーヌの大きな瞳に、これはいいと五人はそろって大笑いした。

 何がおかしいのか、ミレーヌにはまったくわからなかった。


「たいした玉だ、実に面白い!」

「鈍いのか図太いのか、どっちだ?」


 ゲラゲラ笑いながらキサルがもらすので、さすがにミレーヌはムッとした。

 亡くなった人を運ぶのに、その横で爆笑するなんてそちらの方が鈍いのだと思った。

 それとも、こういった凄惨な場に慣れ過ぎて、心の感覚が鈍くなっているのだろうか。


「この中では一番まともにお話しできそうですから」

 率直にデュランにお願いすると、ハイハイと人のいい笑顔が返ってきた。

「確かに他の連中は口が悪くて、顔も並外れて怖いからなぁ、銅像だって相乗りは嫌がるさ」

 他の連中に向かって妙なからかいをしてはいたが、さっさと馬上へとミレーヌは引き上げられた。


 キサルとサガンは先に帰って騎士団に報告してくると言うや否や、王都に向かって出立する。

 ミレーヌが瞬きを一つする間に、姿が消えた。

 ただ走り去っただけだが、常人の目にはとらえられない速さだった。

 あきらかに古い血の濃い者たちの動きだ。


「あの、最初の方は? お礼を言い損ねましたの」


 聖獣を思い描くほど強烈な人で、パッと現れてパッと消えた。

 でも、間違いなく命の恩人だ。

 髪の色や肌の色はカナルディア人そのものだが、あの非常に大柄でがっちりしながらも無駄のない体格はヴィゼラル人のようだった。

 つまり、出身国が外見ではわからない偉丈夫だ。


「ああ、我らが長殿はあの通りの変わり者で、もう忘れてる。気にするとバカを見るよ」

「そうそう。生きてる奴なんか自分でどうにでもするさと、記憶から消去しちゃう人だ」

「俺たちのことすら、たまに忘れてるしな」

「ジャスティ王に知らせると先に帰ったが、どうだかなぁ。王城につくまで内容を覚えているかも怪しいものさ」


 全員が苦笑交じりだった。

 自分たちの長に対しても言いたい放題である。

 それでも、ミレーヌは驚きを隠せなかった。


 東流派の長だったのだ。

 名前は誰もが知っている。


 ガラルド・グラン。

 〈東の剣豪〉と〈双剣の盾〉の二つ名を持つ男。


 東の国きっての英雄。

 生きながらにして伝説を数多く持ち、自国他国を問わずに誰もが憧れる世界最強の男である。


 あれほど若くて精悍な青年だったとは意外だ。

 正しくは、年齢は知っていた。

 けれど、噂や伝説がありすぎて、実際に同じ時間を生きている人間だとは実感してなかった。


 すごい人を見てしまった。

 今日は驚くことばかりだわと、知らずため息をついてしまう。


 英雄に相応しく、目の保養になった気がする。

 もう二度とお目にはかからない人だけど。


 そして、ぽっかりと胸に穴が開いたことを、ようやく自覚した。

 見知らぬ人たちに囲まれて早足の馬に揺られていると、不意に「悲しい」と感じた。

 たくさんの人が亡くなったと胸にしみる。


 馬の背にゆられている、現実。

 たてがみに触れると確かなぬくもりがあり、これは夢ではないのだ。

 黙っていると涙がこぼれてしまいそうで、ミレーヌは空を見上げた。


 なんていい天気なのでしょう。

 広がる空は、青い涙のように透き通っていた。

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