第21話 訃報②
灰色の目の者が相続人となるこの家で、
それはわかった。
だが真理子は?
本家の長男、
女だから、後継者になれないのか?
(フェミさんたちから怒られるぞ!)
片目しか資格がないからなのか?
「お嬢さんの真理子さんが、家を継がれるのではないのですか?」と
高太郎は答えなかった。
冷たくなったコーヒーカップに視線を落としたまま、黙っている。
静まり返った部屋に突然、扉が開く大きな音がした。
雅が部屋に入って来る。「話は進んでるかい!」と、ビールのロング缶三本を両手に持ち、お尻で扉を閉める。
「高太郎、どんなドラマや映画でもさ、刑事に嘘ついたり隠し事した奴の末路って、絶対いい事ないんだよ。あたし達はクガちゃんの前では正直にならなくっちゃ!」
言いながら雅は、正語と高太郎の前にそれぞれビールの缶を置いた。
「私は、いいよ」
「車ですから」
男二人は同時に断る。
雅は一人でビールの缶を開けると、グビリと喉を鳴らす。
「昼のビールは、たまんないねぇ」
またグビグビ。何口か飲んでやっと缶をテーブルに置いた。
「で? なに? どこまで話したの?」と正語と高太郎を交互に見る。
「真理子さんはなぜ、この家の相続から外れているのかという話です」と、正語は高太郎を見ながら言った。
腕組みしたままの高太郎はそっぽを向く。
「それで、この人ダンマリしてんの? イヤだねえ。あんたが人妻に手ェ出して真理ちゃんが出来たなんてこと、町中みんな知ってるよ。
クガちゃんが町で聞き込みしたら、大盛りにされた話、されっかもしれないんだからさ、今ここで話しといた方がいいよ」
雅はまたグビリ。
「真理ちゃんのお母さんは、
結局、早苗さんはこの家から追い出されて、別の男ンとこに嫁いでいったんだけど、翌年真理ちゃんが産まれて……ホラ、真理ちゃんの左目、気づいてた? 灰色だろ? 両目が黒かったら隠し通せたんだろうけどさ、片方が灰色の目の子が産まれたもんだから、早苗さんの旦那が怒っちまったんだよ。高太郎とまだ別れてなかったのかって、大騒ぎになったんだよ」
意外だった。この男にそんな色恋沙汰があったのか。
正語はあらためて高太郎を見る。
高太郎は無表情。そっぽを向いたまま微動だにしない。
「でさあ、怒った旦那、
ねっ、と雅が高太郎に向かい言うと、高太郎はやっと小さくうなずいた。
「佐伯は、『西手』の坊ちゃんまで誘拐したんだよ。あっ、『西手』の坊ちゃんって、一輝さんの弟のことね。女の子より可愛いくって、天使みたいらしいんだけど、その子をさらって、どっかの変態野郎に売り飛ばそうとしたらしいんだよ」
「……その佐伯は、まだこの町にいるんですか?」と、正語。
「もう出てきたかな?」と雅が高太郎にきいた。
「まだ服役中です」と高太郎が小さく答える。
「坊ちゃんの母親は半狂乱になっちまって、体こわしてさ、気の毒に、そのまま亡くなったんだよ……一輝さんを養子に出した後、何年も子供が出来なくて、やっと授かった子だから、それでなくてもとんでもなく大切にされてたらしいからね……この家と『西手』の仲が悪いのは、その頃からなんだって」
雅は自分のビールを飲み干し、高太郎の前に置かれたビールに手を伸ばした。高太郎に断りもなく缶を開けると一口飲む。一口の量が減っていた。
「……コータは佐伯とどっかの子持ち女との間にできた子なんだよ。女はコータを生んだ後、消えちまってさあ、真理ちゃんは置いてけぼりにされたコータの面倒を懸命にみてきたの。血は繋がってないけど、真理ちゃんにとって、コータは本物の弟だし、子供のようなもんなんだよ」
ビールのせいだけではないだろう、雅の目が赤かった。
「コータって……本当は高太郎っていうんだよ……佐伯高太郎っていうのが、あの子の本名なんだ。コータの父親は自分の妻を寝とった男の名前を息子に付けたんだ……ひどい嫌がらせだよ……だからこの町の人間は誰もコータを本名で呼ばないんだよ。みんなこの鷲宮の家に遠慮してんのさ」
電話のベルが鳴った。
「クガちゃんは神社の話が聞きたいんだよね?」と、雅が立ち上がる。「あそこはね、早苗さんが首吊ったとこなんだよ」
雅は電話に向かって歩きながら、話し続けた。
背を向けているので顔は見えないが、声がかすかに震えている。
「旦那から追い出されて、町中みんなから後ろ指さされて……辛くって、悲しくって……早苗さんが、自分の娘の前で死んでいった場所なんだよ。……早苗さんが死んだ後、真理ちゃんはこの家に引き取られたけど、戸籍は佐伯姓のままなんだよ」
受話器を取りながら雅は、首にかけたタオルで目尻を拭いた。
「はい、鷲宮です……ああ
「秀じぃからだよ」
「いないって言って下さい」と高太郎。
雅は再び電話に出た。
「高太郎は、話したくないって——ん、近くにいるけど、コミュ障なコドオジだからさ、許してやって——」
うんうんと電話に出ていた雅が、大声を上げた。
「えーっ! ガンちゃん、死んじゃったの⁈」
雅は受話器を高太郎に向けて振り回した。
「高太郎! 大変! ガンちゃんが死んじまったよ! 早く出て!」
高太郎はめんどくさそうに立ち上がった。「町の年寄りが亡くなったようです」と正語に断り、ゆっくりと電話に向かう。
「あたし今朝、ガンちゃんに会ったんだよ」と、雅はショックを受けた顔で高太郎に受話器を渡す。
「
「雅さん、少し静かに。話が聞こえません」
受話器を耳に当てている高太郎に言われて、雅は電話台から離れた。
正語の近くに来るとさっきまで高太郎が座っていた椅子に座る。
「ガンちゃんって、守親じぃさんの古い友達なんだよ。『西手』の坊ちゃんが、今日のテニス大会に来るんだけど、ガンちゃん、坊ちゃんに会えるのを楽しみにしててさ……最期に会えたんなら、いいけど……。
真理ちゃんもショックだろうねぇ……旦那に追い出されて行くとこのなくなった早苗さんと真理ちゃんの面倒を見てきたのは、ガンちゃんなんだよ……ガンちゃんが守親じぃさんを説得したから、真里ちゃんはこの家に迎えてもらえたんだ」
雅は首からタオルを外して、涙を拭き、鼻をかんだ。
「……早苗さんが亡くなった時、真里ちゃんは真っ先にガンちゃんのとこに来たんだって……『お母さんが桜の木にぶら下がったまま、おりて来ない』って、泣きながらガンちゃんの手を引っ張ったんだって……」
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