第5話 涼音

 涼音すずねは子供のころから、お金の心配ばかりしてきた。


 大人になった涼音は思う。

 なぜ自分はあんなにも、親の顔色ばかり伺っていたのかと。


 涼音の両親は、よくお金のことでいがみ合っていた。

 原因は母親の浪費癖だったようだが、幼い涼音にとっては父親の野太い声がただただ怖かった。


 父親が怒鳴り声を上げると、涼音はすくみ上がり、身動きができなくなる。

 母親が責められているリビングを通り抜けてトイレに行くこともできず、その場で粗相してしまったこともあった。


 買い物帰りに母親がレジで財布を取り出すとき、涼音は不安げな顔で母親を見上げたものだった。


(……お金を使ったら、またお父さんに怒られるのに……)


 ハラハラしながら、母親が支払いをする様子を見つめるのが常だった。


 涼音が小学校に上がる直前、父親は自己破産した。

 その後、両親は離婚。


 勤めていた会社を辞めた父親は、自分の生まれ故郷に涼音を連れて帰ることにした。


 涼音は母親と暮らしたいと願ったが、口には出せなかった。

 大人たちの決め事にただ黙って従うしかなかった。


 成人してから知ったことだが、母親は娘と暮らしたがらず、親権を争うことすらしなかったという。


 父親の生まれ故郷は、S県にある人口数千人ほどの小さな町だった。

 かつては瑞穂村と呼ばれていたが、平成の市町村合併で近隣の村々と統合され、「みずほ町」と名を変えた。


 みずほ町に移り住んだ涼音にも、お金の悩みはついて回った。


 高校生になった涼音を、父親は当然のように大学に進学させようとしていた。

 だが、涼音は父親が自分の学費のために借金をしていることを知っていた。


(これ以上、父親に迷惑はかけられない)


 そう思った涼音は、大学どころか高校を辞めて働いてもいいとさえ考えていた。


 あの日、武尊たけると手をつなぎながら歩いているときも、涼音の頭は先々の不安でいっぱいだった。


で、一輝かずきさんのスマホが見つかったんだって」


 一年前に亡くなった男のスマートフォンが町外れの神社で見つかったことを、武尊が教えてくれた。


「誰が置いたのかな。コータがやったんじゃないかって、みんな言ってる」


 涼音は自分の悩みに囚われながら、武尊の話を上の空で聞いていた。


「『西手』の智和さんは警察を呼ぶみたいだ」


 初めて好きだと言ってくれた男の子と歩いているのに、涼音には年頃の少女らしい浮き立つような気持ちは湧いてこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る