第6話 野々花

 目をきつく閉じ、男の動きに合わせて喘いだ。

 硬さに欠けるペニスが抜けないように、股間に力を入れ続ける。

 男の汗が顔に落ちてきた。


(早くイケよ、デブ!)


 顔を背けながらも、野々花ののかは嬌声を上げ続ける。

 この仕事を早く終わらせるために。


 汗まみれで腰を動かしていた男が、やっと最期の泣き声を上げた。


「……こわれちゃう……こわれちゃうよぉ」


 智和ともかずが射精する時のいつものセリフだ。

 初めてこの言葉を聞いた時、野々花はおかしくて笑ってしまった。

 そして今も、ぐったりとのしかかる智和の頭を撫でながら、口元が緩む。


(やっと終わった)


 ちびでハゲでデブ。タチが悪くて、遅漏。

 おまけに十歳以上も年上。


 それでも野々花は、この智和がそれほど嫌いではなかった。

 いや、むしろ結構好きかもしれない。


 智和の頭を抱えながら、小さくため息をつく。

 少なくとも智和は、野々花が今まで会ったどの男よりも誠実に思えた。

 それに、金回りもいい。


 シャワーを浴び終えた野々花が部屋に戻ると、ホテルのローブ姿の智和が背中を丸めてソファーに座っていた。


 野々花は隣に腰を下ろし、智和の手元をのぞき込む。

 彼の手には、液晶の割れたスマートフォン。


「おかしいよね、これ……落としただけじゃ、こんなには割れないよね?

 誰かが壊したんだよね?」


 智和の息子、鷲宮一輝わしみやかずき

 彼は去年八月、温室の中で熱中症で亡くなった。まだ三十五歳だった。


 ところが先週、行方不明だった一輝のスマートフォンが町外れの神社で見つかった。

 智和が手にしているのは、そのスマホだ。


「あんな所に、誰が置いたんだと思う?」


 智和は弱々しく野々花を見た。

 人の良さそうな下がり眉。


 野々花は微笑みながら、智和の股間に手を伸ばす。


「もう出来ないよ」

「まかせて」


 野々花は智和からスマートフォンを取り上げ、彼の手を引いてベッドに仰向けに寝かせた。

 睾丸を丁寧に揉みほぐしながら、縮こまったペニスを口に含む。


 優しく舌を使いながら、野々花は死んだ一輝のことを考えた。


 鷲宮一輝——不気味な灰色の目をした鷲宮家の跡取り息子。


 人を見下したような目つきを思い出し、野々花は怒りにクラクラしてきた。

 歯が当たったのか、智和がピクリと身じろぐ。

 野々花は再びゆっくりと裏筋に舌を這わせた。


 野々花がみずほ町に来たのは五年前。

 誰も知り合いのいない自然豊かな土地で、店を持つことが彼女の夢だった。


 役所から移住支援も受け、全てが順調だった。

 智和が野々花の店に入り浸るようになるまでは。


 小さな町ではすぐ噂が立つ。

 野々花は「後妻を狙う性悪女」とのレッテルを貼られ、智和以外の客は来なくなった。


 そしてある日、一輝がやってきた。


「あなたの身辺調査をさせてもらった。父にも全て話す」


 目の前が真っ暗になった。

 虚勢を張って一輝を見つめ返したが、足が震えそうだった。

 一輝からだけでなく、町中から後ろ指をさされているような気がしておびえた。


 十八からピンサロで働き、二十でソープ勤め。

 上下の口で男をくわえる仕事しかしてこなかった野々花は、金を貯めて過去を捨て、みずほ町にやってきた。


 この町に来て、やっとを手に入れた。

 願い続けたは、どんなことをしてでも守りたいものだった。


 徐々に硬さを増す智和に吸い付きながら、野々花は思う。

 ——鷲宮一輝がいなくなって、本当によかった。

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